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 間違いなく今までで一番の盛り上がりを見せIN YOUR FACEのライブは幕を閉じた。

 名残惜しくもいつまでもやまない歓声が、客席を覆う。

 無論、優勝はIN YOUR FACE。

 発表後に再びライブハウスは歓喜の渦に包まれた。


 ベッドの中で朱里は呆然としていた。いつの間にかスマホは手から落ちていた。 

 これはIN YOUR FACEであるようでIN YOUR FACEではなかった。似て、完全に非なるもの。

 それは自分がそこにいない、というだけの違いではない。海里の正確無比かつ暴虐的で支配的なギターがそこにある、というだけでも、ない。

 無論、海里のギターが引き金となってはいる。

 その引き金がIn Your Faceの世界を変えていた。次元を変えていた。全てを変えていた。

 大地が、ーー見たことのないようなフロントマンとしての存在感を発揮している。

 大地が纏っているものは憤怒、激情、目につくもの全てに嚙みつかんまでの敵愾心。

 ーーそうだ、これはサポートに留まるべき海里が、あまりにも完璧なギタープレイとバンドマンとしての存在感を発揮するものだから、それに負けたくなくて大地は今までにない苛烈で激昂するステージングを成し遂げているのだ。

 それに気づいて朱里は震え上がった。

 これは自分では決して成し遂げられないものだと確信して。

 大地は、優しい。

 ステージ上では同じギターを奏でているということもあり、自ずと自分のサポートとしての立場を担っていた。

 自分がソロを奏でる時には、引き立つようにその土台となる力強いリフを刻み、自分をどこまでも高く高く飛び立たせてくれた。

 でもそれは流麗で、典雅である分メタルバンドとしては弱点とも転落しかねない要素でもあった。

 美しいもの、輝くもの、煌びやかなもの、それらをこよなく愛する朱里にとって、でもそれは自分の内より生れいずるものとして必然でもあった。

 しかし今朱里の目前で世界を産み出すIN YOUR FACEはーー。

 屈強で支配的で、時に暴虐で最強の、完璧なメタルバンドだった。

 自分がいては絶対に完成することのなかった、ヘヴィでスラッシーな最強のメタルバンド。

 客の盛り上がりも異常なまでに高まっていた。かつて自分がこんなにも観客を狂喜させたことがあったろうか、暴れさせたことがあったろうか。

 朱里の下唇が小さく戦慄いた。そしていやだいやだ、というように頭を振る。

 逃げたかった。忘れたかった。

 でも、目を背けてはならないという使命感が朱里の胸を覆った。朱里はバンドのコンポーザーだったから。これが現実。海里が自分の代わりとなってバンドを最高潮に引き上げた。これは、紛れもない現実。

 大地にこれほどの力が眠っていたとは、つゆ知らなかった。これほどの説得力と支配力と、圧倒的な存在感を秘めていたとは。

 ルアンも、そう。ダイナミックなドラミングはその限界値を知らないようにどんどん、どんどん熱を帯びてくる。

 大河も三人に必死になって食らいついている。正確無比、というだけではない、新たな境地を拓いている。大蛇が地を這うような誰も手出しのできない、問答無用のベース。

 ーー私がいては成し遂げられなかった、IN YOUR FACEがそこにはあった。そして多分、否、絶対にこの三人もそう確信している。海里だからこの高見まで来れたのだと。


 それを確信している人物が、しかしバンドとは別にもう一人、いた。


 「ラッキーだったな」

 楽屋で機材の片付けをしているところに、大地は本日の審査員の一人であるリョウからライブハウスの裏搬入口に呼び出された。そして第一声そんな言葉をリョウから告げられることとなったのである。リョウはしかし強ち皮肉、というのでもない、将来性ある若手バンドを讃えるような微笑をその口元に浮かべていた。

 大地は一瞬その意図を計りかねる。

 ーー自分たちよりももっと優れたバンドが出場しなくてラッキーだった、ということだろうか。だとすればそれは、本来であれば自分たちのバンドはヴァッケンに出場できないレベルであった、ということを言いたいのだろうか。

 「運も実力の内って言いますよ。」大地は気丈に返す。

 リョウは面白そうに大地を見下ろした。

 「そういうんじゃねえよ。……今日のライブ、お前にとって最高のライブだったろ?」

 大地は不思議そうにリョウを見上げた。なぜそう思ったのか。褒めてくれているのだろうか?

 「急遽サポートで海里が入って、お前は死んでもこいつには負けたくねえって思ってあのステージングをやり遂げた。そうだろ?」

 大地はこの人は何をどこまで知っているのだろう、と恐れながらゆっくりと頷く。

 「もちろん海里が出てきた瞬間の客の盛り上がり、あれはヤバかった。あの掴みはお前らにとって正真正銘のラッキー。でも、そこでお前の嫉妬の炎に火が付いた。そこからのステージングは実力がベースになっていることは当然だが、実力以上の力が出たと俺は見ている。」

 「ほだ。」大地は素直に答えた。「あんちゃんに負けだぐねえって、これぁ俺のバンドだって、俺を観ろって、そう思ってやりました。」

 「それをヴァッケンでできるのか?」

 大地はたじろいだ。そんなことを、今の今まで考えてもみなかったから。

 「……元のギター、海里の弟でお前の幼馴染なんだって?」

 大地は黙した。

 「お前にとって、どんな人なの?」

 自分にとって朱里は何なのだろう。最高の作曲家、コンポーザー。でもそれだけではない。可愛いと思うし守ってやりたいと思う。物心ついた時からずっと一緒にいる幼馴染でもある。どれとは言えない。

 やがて従順な子犬のように、リョウの目を見上げて言った。「……一番大事な人、です。」

 それがバンドマンとして、というものだけではないことはさすがにリョウにも知れた。

 「その子をヴァッケン連れていくの? 海里じゃなくて。」

 「ほだ。あんちゃんはたまたま出てもらっただけ。今回一回こっきりだけだべ。」大地は勢い込んで、唾をぺっぺと吐き出しながら言った。「俺らのギタリストは朱里だ。俺らの曲作ってるのも朱里だ。朱里がいながっだら、俺らはねえんだから。」

 「でも、そうしたらお前は今日みたいなステージングはできない。元のギターが弾いてたら、IN YOUR FACEが今日優勝できたかも怪しい。」

 大地は一瞬顔をこわばらせたものの、否定しなかった。できなかった、というのが正しいかもしれない。たしかにリョウの言うように、ギタリストが違うだけでこんなにも自分のパフォーマンスに影響を与えるものだとは、今日の今日まで気づかなかったのだから。

 「これはあくまでお前と同じフロントマンからの忠告だが、ヴァッケンでやるなら間違いなく海里を連れていった方がいい。幼馴染で仲良しだっつうバンドが微笑ましく受け入れられるのは今の内だけだ。ヴァッケンでメタルバンドとして歴史に名を刻みたいんなら、私情に流されねえでプロのバンドマンとして人選すべきだ。」

 大地の胸中で憎しみが、怒りが、火を灯し始める。

 ーー何を言っているんだ。そんなことは考えられるわけがない。ヴァッケンに出るにあたって朱里を置いていくなどとは。次こそはどんなに体調が悪かろうとも連れていく。歩けなければ背負っていけばいい。ステージで立てなければ座らせてだって。それで自分の隣でギターを弾かせる。

 そこまで考えて、はた、と思考が停まった。

 朱里に無理をさせることが良いことなのか? それで朱里が死んでしまったら?

 「お前らには可能性がある。今日のステージングなら間違いなくヴァッケンでも名を残せる。そう思ってあえて面倒くさい忠告をした。無論聞き入れるか聞き入れないかはお前次第だ。……じゃあ、またな。」

 リョウはそう言ってぽん、と大地の肩を叩くと颯爽と去っていった。

 その後姿を振り返った瞬間、そこにルアンと大河が立ち竦んでいるのに気づき、大地は深いため息をついた。

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