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メタルバトル・ジャパン、別名ヴァッケン選考会、と言っても実態は通常のライブもといフェスとそう変わらない。
エントリーは10数バンドということもあり日昼から夜にかけての長丁場ではあるものの、いつものようにメタルヘッズを自認する数多くの猛者たちが客席を埋めていた。お目当てのバンドが出るとメロイックサインを掲げ、怒声を上げる。お決まりの光景であった。
ただし、PA席の後方に今日ばかり審査員という役割を担ったレコード会社の幹部、ライブハウスの店長、メタル雑誌の編集員、それから日本のメタルシーンを担うバンドマンがずらりと並んでいるのはさすがに平生とは異なっている。今回は観客と審査員、この双方による投票形式で優勝者を決定し、そのバンドにヴァッケン出場権を付与する、というものであった。
審査員席には昨年ヴァッケンに出場した海里の姿もあった。
既に時は夕刻。ようやくおよそ半分のバンドのステージングが終わったばかりである。
海里が頬杖ついてどこか遠い目をしながらステージを見つめていたのは、ヴァッケンでのライブを頭に思い描いているのか、単に退屈であるのか……。
手元の資料には何やらバンド歴だの本日の集客数だのが書き込まれているが、見ている形跡はない。
一応日本の代表を決めるのだから真面目に審査してくれよ、と隣の席のCARCASSのTシャツ着たメタル専門レコード会社の幹部がちらと呆れた目で海里を見やったが、お構いなしである。
そればかりか、突如、「あー、しょんべん出そうだ。ちっと便所さ行っでぐるわ」海里はそう言って立ち上がった。
ぎょっとしてレコード会社の幹部は目を見開いた。
「もう始まりますよ!」
海里は知らん顔で伸びをしながら歩みだす。
そして観客に紛れながらトイレを当たり前のように通過し、そのまま楽屋へ入った。
「次のIn Your Faceは今日はギターが体調不良で、サポートで出場するとのことです」
メタル雑誌の編集員が審査員に注意を促した。
「でもたしか、あそこはギタリストがメインソングライターを担ってるよね。そこが別人となると、……どうなるのかなあ」
「今回は難しいでしょうねえ。まあ、そういう状況でもここに臨んだというだけでよくやったというか、なんというか……。」
審査員席で若干のざわめきが生じた。
「あ、そうだ。ここって、たしか海里さんの弟が在籍しているバンドでしょう? 海里さん、……あれ? いない?」
「トイレに行っちゃいましたよ」
「まったく、しょうがないなあ」
「自分がライブ出ないからと言って、本当やる気の欠片もないよ」
海里が戻らぬ間に客席のライトが落ちた。客席のざわめきは一気に歓声へと変わった。
幕が落ちた瞬間、耳を劈くような凄まじいギターソロと共にステージの中央に進み出たのは、ーー海里であった。
客席はおろか審査員席までもが総立ちになり、しかしさすがに後者は何やら声援ではない叫びを盛んに発している。
大地は嫉妬交じりにちらりと海里を横目に見やると、即座にその隣に進み出る。
ここからは自分の出番だ、と言わんばかりに中央にセッティングされたマイクに向かってグロウルをがなり上げた。
客席から次々に拳が突き上がる。
海里は心地よさそうにヘッドバンキングを決め、重々しいリフを刻んでいく。
ーー負けてたまるか。
大地の胸中はかつて朱里がいた時とは完全に異なる、嫉妬と焦燥で満ち溢れていた。
ーーあんちゃんのサポートには感謝はしているけれど、それはそれだべ。ここでは俺が唯一無二のフロントマンだ、負けられねえ。
客席は開始と同時に弾けんばかりの熱気である。予想だにしていなかった海里のギタープレイが観られるという僥倖に加え、何やら大地の気迫がいや増したように感じられる。さすがヴァッケンをかけた戦いだ。来て良かった。そんな満足でいっぱいである。
「おめがいいなら、俺が代わりに出てやる。」
海里はベッドに伏した朱里に対し、そう静かに言い放った。後ろにいる大地と大河、ルアン全員が呆気に取られている。
「もちろん、今回はキャンセルして来年に備えるってのも手だ。でも所詮今回は予選だべ? ヴァッケンに出ることが真の目的なら、今回は誰が出たってかまわねえんでねえのが?」
朱里は青白い顔で曖昧に頷く。
「ヴァッケンまではあと三か月もある。それまでにはさすがにおめの体もよぐなってくるはずだ。おめは本番に備えて今は休んでおけ。代わりに、予選は俺が弾いてくっから」
「あんちゃんが弾いてくれんのが? 本当が?」ルアンがそう言って海里にしがみついた。「俺らバトルジャパンに出れんのが?」
「朱里がいいっつえば、だ」
朱里は目を瞬かせる。
「手前味噌だがな、おめの曲をあと十日間で完璧に仕上げられるギターは、俺をおいて他にはいねえべ。俺は、おめがどんな思いで曲作ってるのがもわがっでる。喋れねえ苦しさも、ほんで、周りに勘違いされで悩んだごども……。」
朱里は涙ぐみながら頷く。
「え、いいのかよ、あんちゃん。日曜の午後だど? ライブとか、予定入ってねえのかよ」大地がいまだ心の中では整理を付けられぬままそう尋ねた。
「予定は入ってるべ」
「ほれみろ」大地はそう言って鼻を鳴らす。
「ライブかあ?」大河が尋ねた。
「いや、ほうでねえ。審査員だべ」海里は再び何でもなさそうに答えた。
「審査員? あんちゃんが何の審査できんだべよ」ルアンが遠慮呵責もなく言った。
「ヴァッケンバトル・イン・ジャパンの審査員だべよ」
「はあ?」期せずして三人の声が重なった。
「審査員だからおめらと同じ会場にいんべよ」
三人は目を合わせた。
「あんちゃんが審査員? ……審査員がサポート出ていいのかよ!」大地が怒声を浴びせかけた。
「審査員はサポートしちゃなんねえとは、言われてねえど?」
「ほっだらごどわざわざ言わめ! ほっだらごど考えもしねえんだからよ、普通は!」
「言わねえならいがべよ」面倒くさそうに海里は言った。
「ファウルだべよ! ファウル! 下手すりゃレッドカードで一発退場だべ!」ルアンも叫んで頭を抱える。
「……でもよお、再来週だど? あんちゃんが言うように、あんちゃん以外にいねべよ。俺らの曲弾ける人」恐る恐る大河が絞り出すように言った。
大地もルアンも一気に押し黙る。
朱里は布団の中から細い腕を差し出し、海里の手を握った。握り、締めた。それは海里に自分のサポートを任せたいという願いだった。海里は全てを悟り、そっと抱きしめる。
大河は俯きながら言った。
「ヴァッケンに今年出たいってなったら、……頼むんならあんちゃんしかいねえ。朱里の曲も全部知ってるし、なんてったってギターの腕はピカ一だし。……そらたしかに、ヴァッケンに出だごどある人が予選に出るのはルール違反かもしんねけんど、とりあえずエントリー用紙さ見てもそんな項目はながっだし。……今もうこの時期で頼めんのは、あんちゃんしかいね。茨城から出てきたばっかのバンドに力貸してくれて、しかも本気んなってヴァッケン狙ってくれるギターなんつうのはよ。大地もルアンもいまちっと冷静に考えてみればいいべ。」ぼそり、ぼそりとでもいうような呟きではあったが、一言一言が大地とルアンの胸にしみこんでいく。
「あんちゃん、弾いてくれるが? よろしく頼みます。」そう言って頭を下げたのは大地である。
「ほだ。お願いします」ルアンもその隣で頭を下げた。
海里は朱里を抱く腕を緩めた。朱里はしっかりと海里を見上げ、そうして頷いた。海里はそれを見、「だいじだ。俺が最高のギターさ、弾いてやる」と言った。
リハーサルの時間もそうそうはなかった。海里とて自分のバンドの練習もある。それで二晩程スタジオに入り、曲を合わせただけだったが海里の腕前は確かであった。音はひたすら重厚で、力がある。
それはたしかに繊細で華麗な朱里のギタープレイとは全く異なっていたが、新たな朱里の曲の局面を開き得るような新鮮さがあった。最後まで海里によるサポートを心情的には受け入れ難かった大地でさえ、もしかすると海外においては海里のギターの方が受けるかもしれない、とちらと思ってしまった程である。
誰が聴いても地肉躍るいわゆる正統派のメタル、の音がそこにはあった。
藪から棒になるのは面倒であったので、海里はIn Your Faceの出番直前まで何食わぬ顔して審査員席に居座っていた。
あまり真剣にやり過ぎると席を外した瞬間に訝しがられる。だからあえて不真面目に、適当に、あわよくば「お前、もう帰れ」と言ってくれればよいと思いながら、居座っていた。学生時代の授業態度の模倣である。
身内の欲目でIn Your Faceに優勝を勝ち取ってはほしいという気持ちはあったが、でも、正直なところ、出場バンドの中でも随一の若さを誇るのであるから、来年以降でも十分であろうとも思ってはいた。 ただ特にルアンが一年でも早く海外に打って出たいと思っているのを間近で見て来たし、それ以上に朱里が身勝手な理由でこのタイミングにライブに出られなくなったということへの危機感が強かった。
バンドが崩壊すれば、脱退を強いられれば、朱里は自分の居場所をなくしてしまう。それはバンド内、というだけではない。バンドが失われれば、朱里は社会との一切の関係性が立たれてしまう。そうすれば生きがいをなくしてしまう。
海里にとって朱里はこの世に生まれてからずっとかわいい弟であったし、それは今も同じであった。だからこそなんとか、自分のできることであるならば尽力してやりたかった。それが甘いと言われようが、過保護と言われようが関係ない。朱里は唯一無二の弟なのだ。
当然審査員の立場でサポートとしてライブに出ることは、ルール上危ういとはわかっていた。でもこのような危ない橋を渡る以外に伝手があるわけではない。
でも、仮に責任を追及されることになったとしても、その対象は弟たちではなく自分であろう。そう思ったので、海里は抵抗なくこの危険な橋を渡ることに甘んじることができた。
朱里でなければ、また、大地や大河、ルアンでなければ、別に自分が怒られるぐらいはなんてことない。開き直って堂々とステージに出てやって、ライブの始まるその瞬間に度肝を抜いてやろう。それはそれで面白いではないか。俺はバンドマンだ。議員の一族で随一の落ちこぼれ。反逆分子。それが鈴木海里だ。
海里はそう思ってステージに躍り出たのである。




