40.暴れ魔獣事件
「はあ、レオ様にはほんと困ったものだわ。どこまで本当で、どこからが冗談だったのか…」
エレノアは店の転移陣でアリスカフェに移動し、店の横にある温室で苺を収穫している。もちろんカフェで使用する用の苺だ。見た目が可愛からと、嫌な事があると温室に癒されに来る習慣がついている。
「ふふふ、今日も可愛いわね。私の苺ちゃんたち。あまり摘みすぎると、使いきれなくて土人形ちゃんたちに怒られるからこれぐらいにして置こうかしら。」
カゴいっぱいになった苺を眺めてご満悦のエレノア。
「マスター、リヒト様がお見えです。」
「まあ、今日はお客様が多いのね。ありがとう、ハッター。」
ハッターとは、アリスカフェで働く男の子の姿の土人形ちゃんである。エレノアはカゴをハッターに預けて、お店の方まで走って行くと、入り口にリヒトが立っていた。もちろんいつもの様に変装している。
「やあ、エリック。」
「リヒト様、いらっしゃいませ。今お店が満席の時間帯だから、庭にお席を用意しますね。」
温室と店の建物で死角になっているが、その奥にはちょっとした果樹園と庭園を作っている。魔法で椅子とテーブルをセッティングして、エレノア自ら紅茶とケーキを用意する。
「ありがとう、エレノア。いつ見ても最高の手際の良さだね。いただきます。」
「リヒト様に褒めて頂けると嬉しいです。」
「うん、すごく美味しい。」
「ふふ、ありがとうございます。」
ここ数日であった出来事や、お店が順調な事、レオナルドが先ほど全店制覇した事などを話しながら、穏やかな時間を過ごしていると、エレノアがある事に気がついた。
「あれ、リヒト様お疲れですか?」
リヒトのカップを持つ手がぴくりと震えた。表情は笑顔のままだ。
「え、どうして?」
「いえ、ごめんなさい。何となく…表情が固い気がして、お疲れかもと。」
リヒトが困っている気がして、エレノアは謝罪する。隠していたのかもしれない。
「いや、大丈夫。怒ってるわけじゃないから。ただ、エレノアに隠し事は出来ないなと思って。」
リヒトが眉を下げて笑う。やはり困っている。
「実は、北の山で魔獣が暴れる事件が多発していてね。山沿いの街や村にも降りてきてしまっているから困っていて。」
「ああ、サルヴァ山の事ですか?」
エレノアは手に持っていたカップをソーサーに置く。
「そうだよ。知っていたの?」
「ええ、ロスタルのシンデレラカフェの近くにも暴れ魔獣が降りてきて、帰しても帰してもまた出てくるからキリがないなと思っていたところでした。」
エレノアは表情を曇らせて頷く。
「やはりそうか。他の街や村の証言とも一致している。しかし、騎士団が麓で討伐してある程度間引いていてもこれだから、本当にすごい数なんだと思う。」
「山で何か起きているのでしょうか?」
「そうかもしれない。数日中に調査団を向かわせる予定なんだ。」
「調査団…それでお疲れなんですね。」
「どうしたの?何かひっかかる?」
エレノアが一瞬何か考えたのをリヒトは見逃さない。
「調査団の内訳は?」
「危険な事はもちろん分かっているよ。魔獣学者、魔法学者、山岳専門家、それから魔術師団、騎士団も加えて万全を期している。」
「そうですか。くれぐれもお気をつけて。山の中の魔獣は人の居住地域に降りてきているものよりも格段に強く、その元凶に近づくほどさらに危険かと。」
「…肝に銘じるよ。」
リヒトは来た時よりもさらに疲れた様子で帰っていった。エレノアは脅して申し訳ないと思いつつも、嫌な予感がして仕方がなかった。




