41.嫌な予感
その嫌な予感は外れるように祈っていたが、そういう訳にはいかなかった。
「すまないエレノア。」
「私の出番ですね。」
その日のリヒトは、最後に姿を見た時よりもさらに疲労困憊であった。エレノアはリヒトを安心させるように微笑む。
リヒトの話によると、エレノアの忠告を受けて、調査団には回復専門の白魔術師と転移魔法を使える特殊魔術師を追加してサルヴァ山に向かった。しかし、山の中腹に差し掛かったところで早くも手も足も出なくなり、非戦闘員を転移魔法で退避させた後、戦闘要員たちも命からがら逃げ帰ったという。
「エレノアの忠告がなければ、調査団を全滅させていたかもしれない。ありがとう。」
前回と同じようにアリスカフェの果樹園にテーブルをセッティングして、気分が安らぐハーブティーを入れた。
「いえ、お役に立ててよかったです。それよりもこの後はどうされるのですか?」
エレノアはリヒトの向かいに座り、話を続ける。
「少数精鋭でサルヴァ山に入り、元凶まで正面突破する。調査している場合ではなかった。」
そりゃそうだろうと思うが口には出さない。エレノアは暴れ魔獣を目の当たりにして、その強さと異常さを体感しているからそう思うのであって、報告を聞いただけであればリヒトと同じ判断を下したかもしれない。
「嫌な予感がしていたのに、リヒト様に丸投げしてしまい、申し訳ございません。今回は私も同行させていただきます。」
「ありがとう。また大事な店を空けさせてしまう事になるが、申し訳ない。」
リヒトは眉を下げる。
「では、俺の出番という事だな。」
リヒトの背中越しに大きな人影が現れた。
「レオ様!どうしてここに?」
数日ぶりのレオナルドだ。彼を果樹園に案内した事はない。
「言っただろう、俺は勘が良いんだ。エレノアがどこにいるのかなんて、すぐに分かる。」
そう言いながらくしゃりと笑顔を作る。
「怖いな。」
「ストーカーですね。」
「おい、そういう話ではないだろう!やっと恩を返す機会が回ってきたんだ。邪魔者扱いを受けながらもエレノアカフェをひと通り下見していた甲斐があった。」
「邪魔者という自覚はあったんだな。」
「下見とはどういう事ですか?」
「エレノア不在の間、俺が店を巡回してやるよ。他にも仕事があれば任せてもらってもいい。」
「いえ、結構です。うちの土人形ちゃんたち優秀なので。」
エレノアは間髪入れずに断る。ちなみにレオナルドは立たせたままだ。
「ひどいな。父上と母上に、アランデルに恩を返すか、エレノアにプロポーズが成功するまでヘレンツェに帰ってくるなと言われているの……。」
ガシャン。
レオナルドが言い切る前にリヒトが素早く立ち上がると、身を乗り出してエレノアの視界いっぱいに入る。
「プロポーズが成功する事など未来永劫ないから、ここは恩を返してもらおう。レオはふざけたやつだが、頭と顔と勘はいい。何かしらの役に立つだろう。」
物凄い勢いで説得してきた。
「エレノアしかやっていなかった仕事なんかもあるだろ。」
リヒトの肩の上からひょっこりと顔を出してレオナルドが言葉を付け加える。
「……分かりました、お願いします。」
「よし、任せろ。」
レオナルドのパアッと表情が明るくなる。本当に何か恩返しをしたいのだろう。
「リヒト様、出発はいつですか?」
「明朝を予定している。」
「分かりました。今晩中には王都に帰っておくようにします。それまではレオ様に引き継ぎを行いますね。」
リヒトは何度も振り返りながら心配そうに王都に帰っていった。
「そんなに心配しなくても、きちんと王都に戻るのに。」
「そういう心配ではないと思うが……まあいい。時間がないから早速始めてくれ。」
急に頼もしさを発揮するレオナルドに、エレノアは目を丸くしながら引き継ぎを始めた。




