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第十七話 何者でもない者の挽歌 Ⅲ





カピッ________ピッ_________





『もう撮れてるのかにゃ?』





『はい。202X年4月30日午後20時48分。カメラに向かって、お願いします』





『はい。まぁ...今回指名手配されてる武器商人の猫にゃ』


『他にも拉致してきた人間を顧客に売る人身売買、あと銃の密造もかにゃ?まぁそのあたりがこの"猫"っていう職業だと理解してくれれば(さいわい)いにゃ』


『この映像は...第28代目猫が後継者を残せなかった時のための映像にゃ。つまり私が死んだ時のためのビデオテープ』


『通常先代の猫は自分の子供を後継者に残すにゃ。生まれた瞬間からその(わず)かな粘土を削り取って整形するように。そうやって無理やり初代に似せる』


『でももう私には...そんなことする時間も余裕もないにゃ』


『...でも別に...だからといって、困るのは犯罪組織以外いないにゃ。私が死んでも困る人間なんかそいつらぐらいだし』


『まぁ要するに、運悪く70億分の1の確率を引いてしまった哀れな子供に武器製造密売の役割を押し付ける必要もないってことにゃね』


『色々稼がしてもらった業界に言うのもなんだけど、こんなことが横行しているこの業界は中々に終わってるにゃ』


『百年続いた"猫"の歴史は終わり、穢れた遺伝子は根絶される。あ、でも別の奴が猫の代わりに台頭するのか』


『今回の法制で根絶やしにしてくれればいいのににゃあ〜...』






そう言って、猫は呆れるように嘲笑って紅茶に口をつけた。





「...」


「ジャーナリストとして質問したいのですが、猫さん。あなたは言わば裏社会の大物とお見受けします」


「なぜ自ら映像を撮ることにしたのか、宜しければ教えて貰えませんか」






『君ぃ、それ知りたがるにゃあ。まぁ別に教えないことも無いけど』


『...怖いんにゃ。猫っていう名前だけ独り歩きして、誰も本当の私を知らずに忘れていくのが』


『だから誰も知らないありのままの私を...せめてビデオテープに残しておきたい』





「...」


「必ず残します。僕が責任を持って」






『...』


『...ふっ...君良い奴だにゃ。よくもまぁこんな死刑同然の人間の話を聞いてくれるにゃ』


『...良い奴すぎるにゃ』





「...」





『...さぁもう家に帰れにゃ。お前はここに居るべき人間じゃない』






ギィ...






『もう疲れたから寝る。録画は終わりにゃ』





カツ カツ カツ カツ...






「...」


「...猫さん」





ガタッ





「猫さんッッ!!」






『にゃ...?』





「あんたそんなんでいいのかよ...確かにあんたは極悪人で、人殺しも(いと)わない犯罪者だよでも...ッ」


「でもまだ本当のあんたを撮ってねぇんだよッッ!!」





『...』





「生まれた時から死ぬまでの猫って呪い...僕からしたら、あんたも歪んだ大人にぶっ壊された被害者にしか見えない...」


「でも世間にはそんなの知られず極悪人"猫"のまま死んでいくってそんな話...ッ」


「それじゃあんたが救われねぇんだよクソがッ!!」





猫の驚くような見開いた瞳。


彼女の瞳は綺麗な青色だった。


依然録画は続いている。


僕の声も入ってると思う。


しかし僕は彼女のような人間が分からない一般人だから、つい感情を抑えられず腹の虫を吐き出した。


この怒りの原因も...きっと猫という女のせいでは無いのだろうに。





『...ノイアー。深入りしすぎだにゃ』





「...っ」


「...すいません...つい...」





『そういう青臭いのは嫌いじゃないにゃ。だからといって、ノイアー』


『それで今更、私達は救われるのかにゃ?』






「...」





否。


これを私が世間に公開したとして、彼女が救われるとは思えない。


というより、猫の事情を理解したとしても誰もが彼女の極刑を望むだろう。


"結局お前は人を食い物にしてきた怪物じゃん"って。


僕には...どうすることもできない。





『全ては遅すぎた。私が一般人として生きる手段はもうないんにゃ』






「...」






『ふふっ...いやぁ、ひっさびさにこうまともな人間と会話したかにゃあ。正直かなり嬉しいにゃ』


『悪いけどもう本当に疲れちゃった。私は明日ここから消えるから、朝のうちに君も出ていきなよ。多分警察来るから』





猫はレジ奥の扉を開けて、部屋をあとにしようとする。





「あ、あの猫さん________ッ」






『あー。わーってるにゃ』


『熱心に真実を追い求めるお前にプレゼントをやるにゃ。明日の朝、紙に書いてやるからもう寝るにゃ』





「...は?」





『ふふーんっ...この秀才猫様は、青年の考えなど全てお見通しなのにゃあ』





純粋な笑顔だった。


歯を見せ、頬に右手のピースを付けている笑顔。


これから死にゆく女とは思えないほど純情で、可憐な少女の姿であった。





「...」





僕は...迷わずシャッターを切った。





_______________________





「...す...ん...」


「すぅ...あ"ぁ...起きた...なんとか...」





冷えた空気に起こされる。


時刻は朝5時20分。


まだ部屋の中は青暗く、太陽は登りきっていない。


だが...





「...」






カサッ...





枕横に置かれた一切れの紙。


猫は私が起きるまでに何かが書かれた紙を約束通りに置いて消えたんだろう。





ペラッ






「...」






やはり内容はぺズ姉さんの所在地と、もう一人の処刑対象になった女の所在地だった。


必要なのは姉さんの情報だけで良かったのだが、もう一人の所在地を書き留めたのは猫さんからの"プレゼント"なんだろう。


これからジャーナリストとして生きる僕に向けた。






ペリリ...






「...?」






その紙切れの中に、何か剥がれかけのセロハンテープで固定されていたものがあった。


折りたたまれた...厚紙?






剥がしてその厚紙を開いてみる。






「__________」








________________________


私は猫じゃない猫じゃない猫じゃない猫じゃない。


猫になりたくないなりたくないなりたくない、怖い。


年々歳を重ねるごとにあの初代と姿が似てきてる。


誰も本当の私を知らないの私も本当の自分を知らないの。誰か助けて。


私は一体誰で誰の子でなんのために産まれてきたの?


私は猫じゃない。そうじゃないと信じたい。


誰か私を殺してください。


________________________








「...」


「づ...ッ」






何故だろうか。


僕は寝起きにこのクシャクシャの厚紙に目を通した(のち)、泣いた。


だってもう猫さんはここにはいないし、昨日の笑顔でピースをしていた彼女も消えてしまったように思えたから。


ただ無念だった。


僕がここを出たのは30分間泣いた後だった。





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