第十六話 何者でもない者の挽歌 Ⅱ
カチョッ ジジィ...
首相から緊急事態法制が発表されたその翌日。
僕は会社を辞めた。
「...」
「(フランクフルトの土曜は一日中人が雑渡しているのに...こんなに人が出歩いていないことがあるのか)」
普段は賑わっているはずの飲食店もカフェテリアも、全てシャッターが閉まって店仕舞いを。
ただ冷たい風が中央道を何度も撫でているだけである。
そんな光景を手帳に記して僕はシャッターを切った。
カツ カツ カツ カツ___________
「先ぱぁい、どうもお久っす」
「会社辞めたって本当すか?」
「あぁ、久しぶり」
このネイビーのロングコートを羽織った細目の男は高校時代の後輩。
名はクラウス。
同業者と言いたいが、こいつは生粋のジャーナリストだった。
3度ウクライナ軍に同行したが、ピュリッツァー賞を3度逃し現在は故郷イギリスに身を潜めている。
「うん...うんうんうんうん。先輩、こりゃあピュリッツァー賞一番乗りじゃないすか?」
「...ははっ。そうだな。今回撮った写真をアメリカの新聞社に売り込めばなんらかの賞は間違いなしだろ」
「撮った写真は全部お前にやる。その代わり、給料は出せないから」
「全然いっすよ。もうこんな事態になった以上、金より人生最高の栄誉でしょ」
「でも先輩。先輩はなんの動機でいきなりジャーナリストに転職したんすか」
「▅▅▅金儲けだけが目的なら死にますよ▅▅▅」
彼は首を傾けその細目の表情を私に向ける。
一気に彼の雰囲気が明るいものから禍々しくドス黒いようなものに変わったような気がした。
「...」
「僕もお前と一緒だ。ある人を探してこの場にいる」
「金なんて必要ない。もしいっぱい貰えたら、慈善団体にでも寄付してやるか」
「んふふ...そうこなくっちゃ」
ポトッ...ジジュゥ...
僕は冷えきったコンクリートに吸殻を捨てて足で踏み消した。
「...さて。これからどうしましょうか、先輩」
「俺としてはさっさとベルリンに行って__________」
ヴ______ゥゥウォァアアア____ッッ___
「____________」
...なんだ。
何か、近づいてくる。
猛々しいエンジン音が僕らに向かって。
ブヂッ____ヂャゴア_______ッ___
バギャン_______ッッ!!
「__________」
瞬間、隣にいたクラウスの上半身が僕の顔に覆い被さる。
既に彼の腰から上はちぎれ、大量の血液と大腸の一部がコートに巻きついた。
「...」
思考が止まる。
後ろを向くと飲食店の外壁に頭をめり込ませたセダン車が燃料を漏らしながらクラクションを永遠に鳴らしているのだ。
...スッ
________僕は思わずシャッターを切った。
カシャッ
もしこの写真に名前をつけるなら...そうだ。
僕は"der beginn(始まり)"って、そう名付ける。
...ガチャッ
「...ッ」
チャリッ チャリッ チャリッ チャリッ...
「...チッ...記者共が...」
「おれがこの世で...一番ムカつくのは...チーズに集るドブネズミ共だ...」
「あ"ぁ...クッソ痛ぇ...」
中から血まみれの運転手がゆっくりと出てくる。
頭部を切り血を流し、左腕が逆方向に曲がった男が出てくる。
手に持ってるのは...刃渡り50cmの山刀。
地面に擦り付けながらこっちに近づいてくる。
パシャッ...ジィ、カシャッ
「(どうせこいつは事故でゆっくりでしか歩けない。刃物を持ってるからといって、自分の距離まで来るまでに余裕がある)」
「(完璧な画角で撮ることもできる...でも)」
タッタッタッタッ
「(ここは逃げる。あんな衝撃で事故を起こしても走ってくるヤク中もいるらしい)」
こうして僕のジャーナリストとしてのキャリアは始まった。
ここから一切の法が適用されないベルリンまで突っ走る物語が。
______________________
カツ カツ カツ カツ...
「(随分遠くまで歩いてきたな...少し休もう)」
もう10キロも歩いてきた。
赤い夕日も沈みかけて間もなく夜が訪れる。
最早都市のビルの群れは捌け、大自然の木々共が僕を嘲笑っている。
バカが。徒歩でベルリンまで行けるわけねぇだろって。
...んなこと分かってんだよ。
「(...ただバスも列車も止まってる。一体どうしろって言うんだよ...っ)」
「(...いや...落ち着け。正直疲れて焦ってる。呼吸を整えて考えをまとめろ)」
「ぐ...はぁ...はぁ...」
カチョッ
「...っ」
後頭部に嫌な触感が伝わる。
細長くて、冷たい金属みたいな筒。
拳銃。
僕は今、背後から拳銃を向けられてるんだ。
「あのぉ...なんか、食いもんとか持ってないすかね」
「...は?」
「だからぁ...食いもん。スーパーも閉まってるから2日もなんも食ってないんだよ」
「しかも政府は善良な市民様とやらにしか飯を配達しないんだって...それっておかしくないすか?」
「俺はマフィアでもなんでもねぇってのにさぁ」
「(こいつ....ヤバい。本当に飢餓状態なのか知らないがまともな状態じゃない)」
「(手も震えてる...本気でころ...殺される...ッ)」
「さっさと出せよ!もうチョコバーでも豆でもなんでもいいからなんか食わせてくれよぉぉおッ!!」
「...持ってない。このカバンにも何も入っていない」
「悪い...でも本当なんだ」
「...」
「じゃあお前食っていい?」
「...ッ!!」
「こっから都市まですげぇ距離あるし。人間の肉は焼けば豚肉の味に似てるってネットで見た」
「あー...そっちの方が早い。最後の手段って思ったけど...仕方ないや」
「屠殺する時の気持ちってこんな感じかぁ...」
カチョロッ
____あ_______死__________
バスッ______バスバス_______ッ
「__________」
カツ カツ カツ カツ...
「おみゃー私の縄張りで何してるにゃ?」
死の淵。
真っ赤に燃える夕陽を背に、アサルトライフルを抱えた茶髪の女が僕に向かって歩いてくる。
「はぁ...ッは....はぁ...ッ!!」
「...猫さん。こいつまだ生きてますが、どうしますか」
「あぁ、ガードレールにでもぶん投げとけにゃ。その後は血を洗い流すにゃ」
「野生動物でも寄ってきたらたまらんにゃ」
い...生きてる。
きっと目の前にいる女とその取り巻きが背後の男を撃ったんだ。
その持ってるアサルトライフルで。
ペチペチ
「おーい。聞こえてるかにゃー」
「私はなんで縄張りに居るのか聞いてるにゃー」
「ゔ...はぁ...はぁ...」
「ぼ...僕は...じ、ジャーナリストです」
「こっからベルリンまで...行こうとして...ました」
「...」
「徒歩で?」
「...列車も止まってるから...」
「...」
「こいつバカだにゃ。あはははっ!!」
「...」
「はーあ...お前面白いにゃあ。大丈夫、別にとって食ったりはしないにゃ」
「疲れたにゃろ。私の家で少し休むといいにゃ」
「...」
僕は思わず写真を撮った。
彼女を、燃える夕陽を背景に。
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それは真っ暗な森の中を進んだ先にあった。
小さな明かりの灯ったボロボロの木造小屋だ。
「ばーか、中に入ってみるにゃ」
「....っ」
...以外。
そん中は純白のシルクのように美しく光り輝いていて、辺り一面には無数の時計達。
まるでこれは...
「まるで時計屋って、そう言いたげにゃ?あたりにゃ」
「なんせ私は武器商人及び時計屋の猫にゃ。ま、簡単に言えば今回の緊急事態法制でぶち殺し対象に加わった犯罪者って思っとけばいいにゃ」
「さぁ、座るにゃ。茶でも入れてやるにゃ」
「あぁ...どうも」
トスッ
チャポチャポチャポ...
「...それで、君なんて言うんだっけ」
「ノイアーです。フランクフルトから来ました」
「ノイアー?君サッカー選手かにゃ?」
「いえ...違います」
「結構似てるんだがにゃあ...まぁいいにゃ」
「君の持ってるそのカメラで映像撮れるかにゃ?」
「...」
「映像?」
「あぁ、そうにゃ」
「それで私を撮るにゃ」
「それは...なぜ?」
「私はどのみち死ぬ。政府の処刑対象にされてしまったからにゃー」
「...しかし、緊急事態法制下の犯罪組織は逮捕で済むのでは...」
「お前知らないのかにゃ?私はぺズに手貸して銃殺が許可されてるんにゃ」
「__________」
ぺズに...手を貸した?
こいつ______姉さんを知っている______
「あーそっか。一般人には知られてないのにゃ」
「ごめんごめん。君には関係のない話にゃったな」
「...」
「はい」
「では先程の映像の話を」
「ん。じゃー話を戻すにゃ」
「君は今晩ここに泊まる代わりに私を撮る。私は最期を映像に収める義務があるにゃ」
「ま、半ば強引だけど引き受けてくれるかにゃ?」
「えぇ」
「早速準備をしましょう」




