42 再会の井の頭公園
朝が来て雄太は外出の準備をしていると、眠そうな顔をして梓とレナが起きてきた。父と母はもう出勤しており、家にはこの二人と娘を残すのみだ。
「じゃあ行ってくる、クロエを頼むな」
「任せといて、行ってらっさい!」
「お、お気をつけて~」
朝方まで起きていたこともありすやすやと眠りにつくクロエを妹達に託して雄太は家を出た。行き先は井の頭公園であり、その中で雄太は七月の厳しい日差しにさらされながらも涼しい顔をしてゆったりと待ち人を待ち続けた。やがて訪れたのは約束通り、幼馴染の白浜唯だった。
「ごめんね、待った?」
「いや別に、俺が早く来ただけさ」
「そう……変わらないね、なんかそういうところ」
「なにが?」
「人に気を使ってるのにそう思わせないようにする感じがだよ」
「そうか?」
「うん、ちょっと安心した。見た目は全然違うけどやっぱ雄太なんだね」
「まぁな」
それきり二人は黙ってしまった。湖の良く見えるベンチに腰かけている雄太と唯だが、他所のカップル達が楽しそうに話しているのに比べて、どこかよそよそしく重たい空気が立ち込めていた。
「あずちゃんからも聞いたけど、大変だったんだよね」
「ああ、死ぬかと思ったことは両手じゃ足りないし、生きてここまでこれたのは運が良かったんだ。でもお前の方も大変だったんだろ? トップ帯の冒険者になるのには並大抵の努力じゃ不可能なはずだ」
「そりゃあね、こっちも色々あったけどさ、なんとか雄太を見つける方法が知りたくて必死だったから……いつか雄太に会ったらさ、言いたいことがあったから諦めきれなくて」
「なんだ言いたいことって」
「……それほんとに言ってる?」
「ああ」
「あのさぁ! あの日、雄太が新宿ダンジョンから異世界に飛ばされたあの時、突然現れた時空の裂け目に吸い込まれそうになった私を庇って犠牲になったのはあんたじゃない!」
「あぁ、そんなこともあったな」
「そんなことって! 私はあの時のことが忘れられなくて、ずっと……」
唯は両手で顔を覆って泣き出した。雄太は慰めるでもなく黙ったまま湖面を眺めていた。
「俺で良かったんだよ」
「……え?」
「あの時異世界に召喚されたのは俺で良かったんだ、お前なら異世界の地の底で確実に死んでいた、だから俺で良かったんだ」
唯を見つめる雄太の目は超然としており、どこかこの世ならざる雰囲気を感じさせた。雄太を見殺しにしてしまったという唯の長年の罪悪感が、行き場を失って迷走する。
「俺でなければ邪神を倒してあの世界を救うことはできなかった、だからあれでよかったんだよ。もうお前が気に病む必要はないんだ」
「そんな、私はずっと雄太に謝りたくって!」
「必要ない、そもそも俺が勝手に身代わりになったことだしな」
「それは、そうかもしれないけど、でも!」
「手の平を上にして両手を出せ」
「えっなに?」
「はいこれどうぞ」
「こ、これは」
朱塗りの鞘に浮かぶ梨地の艶やかさと無骨な鍔、まっさらな柄巻を揃えた拵えの打ち刀は、ずしりと唯の手の上にあって存在感を主張していた。先ほどまでの色んな感情や涙が一気に引っ込んで、思わず聞いてしまう。
「抜いてみてもいい?」
「どうぞ」
唯は慣れた仕草で鯉口を切ってゆっくりと刀身を引き抜くと、夏の日差しの下に涼し気な白刃をさらした。そしてひとりでに感想を口走る。
「きれい」
「そうだろうそうだろう、銘は不如帰。深層にあっても必ず持ち主を家族の元へと帰す刀だ。それがあればこないだの奴くらいは楽勝だ」
「えっ! これくれるの? なんで⁉」
「この間愛刀を折られてたからな、代わりがいるだろ」
「それはそうだけど、でもこれ高かったんじゃないの? 不思議な魔力を感じるし、ダンジョンボスの宝箱でも出ないよこんなの!」
「大声出すな、早く収納アイテムにしまえ、銃刀法違反で捕まるぞ」
「わわ、ごめん。でも本当にもらっちゃっていいの?」
「当たり前だ、お前のために俺が作ったんだし、結婚祝いも兼ねてるからな」
「……やっぱり知ってたんだね」
「そりゃそうよ、おめでとう」
「あ、ありがとう」
「俺も帰って来たことだし、これで心置きなく結婚できるだろ?」
「うん、そうだね。そっか」
木陰を縫って爽やかな風が二人の座るベンチを吹き抜けた。唯は刀をしまって湖を眺める。
「相手の人は良い人なんだろ?」
「そうね、私にはもったいないくらいよ。雄太のことを気に病んでるのを知っててずっと待ってくれていたの、それでそろそろ吹っ切らないとなと決心したところに帰ってくるんだもの、しかも娘付きで」
「そりゃ悪かったな」
「……八年、八年か。長いよね」
「長かったよな」
唯は立ち上がって雄太を振り返った。
「ねぇ、もし八年前にあんなことがなかったらさ、私達付き合って結婚してたかな?」
「……かもな、でもそうはならなかった」
「そう、だね。結婚式は来てくれるの?」
「おいおいやめてくれよ、お前自分の式にいわくありげな幼馴染の男を招待するつもりか? 新郎さんは気を悪くするぞ」
「だめか、彼は気にしないと思うけど」
「お前自分がもう有名人なこと忘れてるだろ、ゴシップのネタはない方が良いに決まってる」
「そっか……じゃあ連絡取り合うのもしない方がいいのかな」
「まぁ新婚のやることじゃないな」
「いつか落ち着いたらさ、また話そうよ。昔みたいに」
「おう、そのうちな。幸せになれよ」
「うん、ありがとう。またね」
それきり唯は離れて行った。見上げた空はどこまでも青くて、涙はとめどなく流れ落ちた。雄太はベンチに座ったまま静かに瞳を閉じた。しばらくするとスマホを取り出して梓に電話をかける。
「は、はいもしもし?」
「みんなでこっちにおいで、レナの魔法で盗み聞きしていたのはとっくにバレてんだから」
「きぇぇぇぇぇ! やっぱそうですよねぇぇぇぇぇぇ!」
「パパーーーーーーー!」
雄太は席を立って弾丸のように走ってくる娘を全身で抱き止めた。クロエはすでに号泣しており、真っ赤に泣きはらしていた。
「どうしたのクロエ、なんで泣いてるの」
「だって、だってパパ、あの人のことずっと好きだったんでしょ! そうでしょ?」
「んんまぁね」
「でも、でもお別れしなきゃいけないんでしょ! そんなのないよ!」
「ははは、お前さんは唯のこと嫌ってたじゃないか」
「もう! そういうことじゃないの!」
クロエは泣いたり怒ったりと忙しい。どうやら自分がこんなに心をかき乱されているのに余裕綽々な父が許せないようだ。ぷりぷりとしながらポカポカと胸を叩いている。これは雄太だから耐えられているが、常人なら胸骨が折れている強さだ。雄太は優しく頬の涙を拭ってやりながら語って聞かせた。
「いいかいクロエ、八年だ。長い間あいつにはあいつの、俺には俺の時間が流れたんだ。お互いが自分のことだけしていられる頃はとっくに過ぎてそれぞれ大人にならなきゃいけなくなったんだよ。それに悪いことだけじゃないよ、良いこともあったさ」
「なぁに?」
「可愛い娘ができたからね」
「……びぃえええええええええええええええ!」
「はっはっは、ほらほら泣かないで」
「もう! パパが泣かないからクロエが代わりに泣いてあげてるんでしょ! パパのせいだよ!」
「そっか、俺の代わりに泣いてくれてるのか。クロエは優しいな、ありがとう」
「んんっ……ひぐっ、うえぇぇぇぇぇぇぇん!」
雄太はなおも泣き続ける娘を抱き上げて赤ん坊をあやすように背中を優しく叩いて撫でた。梓も泣きたい心境ではあったが、遠くから魔法で盗み聞き通訳してくれていたレナもすでに号泣していることから、宮本兄弟はそれぞれの相手をあやすのに精一杯だった。
次回が最終話の予定です




