39 押しかけ勇者
突然出てきた雄太を見て竜人はピタリと動きを止めた。新宿ダンジョンで最近産まれた特殊個体モンスターの彼ではあるが、知識や経験は少なくと生存本能は敏感に反応した。
滝のような脂汗が全身を滴り落ちて自然と足が後ろへ後ろへと下がってしまう。口は半開きになり、目はうつろで狼狽える。生まれ持った感覚でわかってしまう。これに逆らうべきではないと。
「……あぁん? なんだてめぇ」
雄太がギロリと竜人を睨むと、竜人はおびえて縮こまった。
「お、お兄ちゃん⁉ 来てくれたの?」
「おー梓、いきなりお守りで呼ばれたからなんだと思ったけど、もう大丈夫だぞ。あとは任せておけ」
「うん、お願い!」
雄太は軽く後ろを振り返って妹を思いやると、手にしたエコバックなどを無限収納に納めて改めて竜人を睨みつける。ゆっくりと雄太が足を踏み出せばその分だけ竜人は後ずさる。雄太は顎に手をやって一人ごちる。
「お前……そうか新宿ダンジョンがね、随分舐めたまねすんじゃねぇかよ。お前のせいで俺がクリコ庵の店員さんに質問するだけして商品買わない痛い客になっちまったじゃねぇかよクソが」
「オ、オオ、オアアァ……」
嫌々と頭を振って狼狽する竜人を追い詰めていくと、やがて戦いもせずに観念した竜人は足に力を込めて退却せんと試みた。だがそれは無駄に終わった。
「逃げるな」
一言雄太がそう言うと、ビタリと竜人は凍り付き目だけが雄太の姿を追った。動悸が激しくなり、息は荒く弾む。日本語でそう言われただけなのに、もう竜人は逃げることができなくなった。自分の体なのに自分の自由にならない感覚に竜人は戸惑った。
竜人は覚悟した、もうこうなっては目の前の敵を倒すしかないと。
自分の体が勝手に得体のしれない威圧感に恐怖してなぜかわからないが逃げることができない、ならば立ち向かうしかないのだ。竜人は意を決して牙をむき、雄太に襲い掛かった。
「ガアァァ!」
唯を戦闘不能にした攻撃をより一層強力にした右拳を見舞う。だが岩をも砕く殴打を雄太はたやすく掴んで見せた。竜人は驚愕に目を見開く。
「⁉」
「どうした、それだけか?」
「ガアア!」
動揺を悟られまいとして、気がふれたように左拳による攻撃を繰り出したが、目にも見えない斬撃によって竜人の左手は消し飛んでしまう。おびただしい血が流れて、地面を赤黒い血が染め上げる。
「お兄ちゃん気を付けて! そいつ再生能力持ちだよ!」
「ほーんそうなんだ。まぁ関係ないさ」
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「お兄ちゃん危ない!」
余裕をもって振り返って梓を見る雄太。その隙に竜人は最後の賭けに出た。左手を再生する手間をかなぐり捨てて爆発的エネルギーを右手に込めて禍々しいエネルギーに輝く右ストレートを叩きつけた。だがその拳は空を切り、次の瞬間にはいつの間にか懐に飛び込んで左手の平を竜人の胴体に柔らかくあてがう雄太の姿があった。
「はい、おしまい」
ドンと鋭い衝撃音が新宿ダンジョン深層階全体に響き渡ると、竜人の胴体に大穴が空き、再生させる暇もなく手先足先から砂となって特殊個体竜人モンスターはダンジョンの露と消えた。
梓は顎が外れんばかりに驚いた後にすっくと立ち上がって拳を振り上げて叫んだ。
「うおおおおおおおおおお! お兄ちゃん最強! お兄ちゃん最強! もうお兄ちゃんしか勝たん!」
こうして新宿ダンジョンから発生した特殊個体事件は雄太の登場であっけなく終息した。通常新宿ダンジョンのような規模のダンジョンで特殊個体が発生した際はこのような被害で済むはずがない。国中、もしくは他国からの応援も要請して冒険者ギルドや国際国家間でことに当たらねば解決できないケースもあるからだ。今回も雄太がいなければ恐らく竜人モンスターは易々とダンジョンを出て新宿を火の海に変えたであろうことは想像に難しくない。
未曽有の事態を未然に防いで見せた雄太は、帰って来てもやはり勇者だったのだ。
「はっはっは、そうだろうそうだろう」
特に感慨もなく余裕そうに構えて笑う彼を見て、遠くでゆらりと立ち上がる人影があった。
「……雄太? ほんとに雄太なの?」
「げぇ! おっ、お前は唯! なんでこんなところに⁉」
「なんではこっちの台詞よ! 一体どうなってるの? 異世界からいつどうやって帰って来たのよ!」
「いやまぁそれはその、色々あってな。ちょ、ちょっと今は娘にお昼ご飯作ってあげないといけないから、また今度な!」
「ちょっと待て! あんた異世界で子供まで作ったの? こっちの気も知らないで!」
「あ、あははは……梓! ここはもう大丈夫だからあとよろしく! じゃあな!」
「あっ! お兄ちゃん!」
そう言い残すと、雄太は煙のように消え去って、後にはあけっけにとられた梓、レナ、唯の三人が残された。
回復した唯はがっしり梓の肩を掴むと鬼の形相で詰め寄った。
「あずちゃん? ここを出るまで詳しい話を聞かせてくれるんだよね?」
「あっ……そのええと、はいぃ」
「ひぃ」
梓とレナは怒りに燃える雄太の幼馴染を見て、先ほどとは違う恐怖に震えるのだった。




