37 深層の死闘
梓とレナは声を押し殺して恐る恐る忍び足で進んで行った。ダンジョンが産んだ特殊個体であろう竜人モンスターは、未だ豪快に同じモンスターを食らっており、こちらに気が付く様子はない。
慎重に足を運んでいくと、急にこちらを振り返った竜人がレナと目が合い、睨みつけた。階層内に咆哮が轟く。
「ガァァァァァ!」
「ひぃぃぃぃ!」
恐怖から一瞬ですくみ上り動けなくなってしまったレナを庇い、襲い来る竜人の前に進み出た梓は盾を構える。
「でぇぇぇい! ぐぅ! 重い!」
「ガルァァァ!」
梓の額に油汗が流れる。事前に雄太の魔法によって強化されている盾ではあるが、それをもってしても敵の攻撃は早くて重く、気を抜くと一気に体ごと吹き飛ばされてしまう。だが梓は懸命に迫りくる連撃に耐え続けていた。それというのも、後ろにレナがいるからだ。
自分のわがままで巻き込んでしまった宇宙からの友人を守らなければいけない一心で、梓は巨大な敵と戦っていた。
「レナちゃん、逃げて!」
「でっ、でも」
「あたしのことはいいから早く逃げて!」
攻撃をしのぎ切った梓はありったけの勇気と気力を振り絞ってそう叫ぶと、荒い息を整えて再び盾を構えた。対する竜人は余裕そうに首を振って牙をむき出してニタニタしている。
今はなんとか耐えきれているが、こちらに有効な攻撃する手段がない以上、じり貧なのは明白だ。ならばレナだけでも先に上層へ逃がした方がいいというものだ。
これまでの梓だったらくじけていただろう局面だが、帰って来た兄のことを思うと自然と勇気が湧いてきた。
「お兄ちゃんはさ、きっと異世界でこんなピンチを何度も経験してきて、全部それを乗り越えてきたんだと思うんだ。あたしはお兄ちゃんみたいにできないけれど、でも絶対なんとかしてみせる! だからレナちゃん、安心して先行ってて! 必ず後を追うから!」
「梓さん……」
梓の強がりにレナの頬を涙が伝う。恐怖で腰が抜けて立ち上がれない状況だったが、そんなことは言っていられない。杖に縋りついて必死に立ち上がると、レナは梓に補助魔法をかけた。
「レナちゃん⁉」
「梓さん、生き残るなら二人で、ですよ! 私達ならきっとできます!」
「うん……そうだね!」
レナの真剣な目を見て梓は考えを改めた。例え敵わなくてもギリギリまであがこう。この強敵に食らいついていこうと覚悟を決めた。
兄の雄太が帰ってこれたのは運もあるが、なによりも本人が強く生きる希望を捨てなかったからだ。とうてい不可能と思える道のりを経て兄は帰って来てくれた。それも飛び切り可愛い娘を連れて。
家族みんなの笑顔を思い浮かべると、梓の中でふつふつと闘志が湧いてきた。梓はメイスを取り出して強く握りしめる。
「二人で勝って帰ろう! みんなのところへ!」
「はい!」
「ガアアアアア!」
「はああああっ!」
竜人の拳を盾で受け止めてメイスで反撃する。レナの補助もあり、力では負けていない。繰り返される攻防の中で梓の心中に僅かながら勝利の期待が湧いてきたその時、竜人の視線が忌々し気に後ろにいるレナを見た、嫌な予感が電流のように全身を駆け巡る。
「レナちゃん避けて!」
「グラァァァ!」
「ひいっ!」
咄嗟の襲撃に対応できず、レナは襲い来る竜人を前にしてあろうことか目を瞑って縮こまってしまった。竜人は梓の強さの秘密がレナにあることに気が付いたのだ。梓が慌てて叫ぶがすでに遅い。竜人が大きく振りかぶった右拳は易々とレナを打ち抜き、絶命させるだろう。その瞬間、二人は死を覚悟した
。だがしかし。
「はあっ!」
「グゥゥ!」
血飛沫が上がって竜人の右手が宙を舞った。梓とレナはなにが起きたのかわからず混乱していると、いつの間にかレナの前に一人の精悍な女性が刀を構えて立っていたのだ。
見るからに上級者な装備に立派な刀、そしてなにより梓にはその人物に心当たりがあった。
「そんな……まさか唯さん⁉ なんでこんなところに?」
「なんではこっちの台詞だよ梓ちゃん、引きこもってるんじゃなかったの? でも話は後だよ、今はこいつをなんとかしなきゃ。梓ちゃんはその子を守って!」
「はい!」
突然目の前に現れたのはなんと昔からの幼馴染である白浜唯《しらはまゆい》だった。
彼女は雄太と同級生であり、高校生時分までは家も近所であった。雄太がこの新宿ダンジョンで異世界に消えたあの日、あの時に、一緒にいた人物でもある。突如開いた時空の穴に飲み込まれたとはいえ、雄太を救えなかった後悔から唯は最強の冒険者を目指して日々鍛錬し、豊かな才能もあいまって今では世界でも名が知れた上級冒険者として有名だ。
これで三対一となり、しかも相手は右手を失っている。形勢は逆転した。これには見ていたクロエも狂喜して歓声を送る。するとその分も彼女らのステータスが向上した。
「きゃーーーー! いけいけやっちゃえぇ!」
唯は低い姿勢から刀を繰り出して器用に敵の攻撃をいなしながら斬撃を加え、がむしゃらになった攻撃も梓が盾で丁寧にガードする。レナが二人にバフをかけ、クロエが声援を送りそれを後押しする。そんな理想的な戦闘態勢が展開されていく。
大きな傷ではないものの、刻一刻と手傷を負っていく竜人は危機を覚えて一気に距離を取り、目をむいて吠えると、禍々しい光が全身を覆った。体表に赤い血脈が浮かび上がり瞳が赤くなる。そしてなんと失った右手が再び生えてきた。怒りに満ちた竜人は三人を睨みつけた。
「ガアアアアア!」
「そんなまさか……変身した⁉」




