36 深層の怪
ゴールデンスライムの特殊スキルである転送魔法によってダンジョン内をランダムに飛ばされてしまった梓とレナは、見覚えのない路地で立ち尽くしていた。
予習していた低ランク階層にこのような景色のものはなかったので、恐らくは新宿ダンジョンの中層から深層なのだろう。現実を直視して梓のすすり泣く声が響く。
「ごめんねレナちゃん、あたし、またやっちゃった。なんていうかここぞという時についてなくてさ、色んな人に迷惑かけちゃう。お兄ちゃんがいなくなってから、あたしがしっかりしなきゃって時に大学でうっかり優しくした男子にストーカーされて引きこもりになっちゃったしさ。今ならなにか変えられるかもって思ったんだけど、気のせいだったみたい。あ~あ、あたし向いてないのかな、生きるのに……」
「元気出してください梓さん! まだ希望を捨てちゃだめですよ! 雄太さんだって異世界で勇者になって帰って来たじゃないですか! もしもの時のために食糧なんかも多めに用意しましたし、きっとなんとかなりますよ! 地道に上への階段を探していきましょう!」
「うう、レナちゃん……ありがとう」
めそめそしながらも梓は周囲を警戒しながら歩き始めた。幸い近くに敵影はない。このエリアはさびれた神殿や街の遺構で構成されており、青空の下に崩れ落ちた白亜の建築物がわびしく佇んでいる。そんな時、遠くで物音が聞こえた。
「レナちゃん、あっちでなにか聞こえたよ! もしかしたら他の冒険者の人かも!」
「でしたら帰り道を知っているかもしれませんね!」
「うん、行ってみよう! こんにちはー! って……」
「ブモォ?」
路地を曲がって二人はそれと対面した。牛の頭に人間の体、巨大な斧を持つそのモンスターは、こう呼ばれている。
「ぎょえぇぇぇぇミノタウロスだぁぁぁぁぁ!」
「ブモォォォォォ!」
のけぞって悲鳴を上げる梓。ミノタウロスは最初こそ驚いたものの、次の瞬間には斧を振り上げて梓の頭をかち割らんとしていた。見ていたクロエが慌てて叫ぶ。
「避けてあずちゃん!」
「はっ! でぇぇぇい!」
「ナイスです! ええい!」
梓は誰かに呼びかけられたような気がしたと同時に、間一髪のところ体が動いてミノタウロスの強撃をかわした。そしてさっきまでの自分が嘘のように胸からふつふつと勇気が湧いて来る。これはクロエの声援が時空を超えて梓の力になっているからだ。そしてこの力をレナも感じていた。威力の増したファイヤーボールを放つとミノタウロスはたたらを踏んで一旦距離を取った。梓とレナはお互いの顔を見合わせて頷きあう。
「レナちゃん、不思議な力を感じない? これクロエちゃんの声援の力だよ。きっと家で私達のことを応援してくれているんだ!」
「そうですね! 私達、無事に帰らないと! 行きますよ!」
「うん! でやぁぁぁぁぁ!」
さっきまでとは打って変わって闘志を漲らせた梓はメイスを手にしてミノタウロスの斧の柄に叩きつけた。普通ならレベル差があるので押し負けるはずが、クロエの声援とレナの補助魔法のお蔭で僅かに梓の方が優っている。
いけると踏んで果敢にメイスを繰り出し、距離があいたらすかさずレナの魔法が飛ぶ。二人は最高のコンビネーションで強敵を追い込み、ついには梓の一撃で腹部を強打し、ミノタウロスは大斧を落として絶命した。二人は手を取り合って喜んだ。
「や、やった! やったよレナちゃん! 私達二人でミノタウロスを倒したんだ! ジャイアントキリングってやつだよ!」
「やりましたね! 今のうちに魔石を回収しましょう!」
「おっとそうだった! ……誰もいないから丸ごとポーチに回収しちゃおうかな?」
「そうですね、良いと思います!」
「勝てたのはレナちゃんのお蔭だよ! ありがとう!」
「いえいえ梓さんが頑張ったからですよ!」
興奮冷めやらぬ二人は手を取り合ってお互いの無事を喜び合った。ひとしきり感動を分かち合った後、梓はなんとかやって行けそうな気がしてきた。
先の戦闘で出てきたミノタウロスはこの階層においても上位種なのだろうから、そこをしのげたのであれば生還に向けても期待できるというものだ。二人は周囲を警戒しながらも上階への階段を探していた。
「……でもそれにしてもさ、さっきから敵に会わないよね。こんなもんなのかな?」
「そういう階層なのかもしれませんが、ちょっとわかりませんね。油断せず行きましょう」
「うん!」
新米冒険者の二人は慎重に歩みを進めて、やがて広場へと続くであろう大通りに出た。周囲は依然として奇妙な静寂が続いていたがこの先が上階へと続く階段があるはずなので、行くしかない。梓が恐る恐る身を乗り出して広場内部を確認すると、そこには驚愕の光景が広がっていた。
「なに……これ」
「ううっ!」
広場一面にミノタウロスの死体が転がっており、中央には二足歩行する人型の恐竜のようなモンスターがガツガツと倒れたミノタウロスの内臓を食らっている。周囲には死臭がたちこめており、その冒涜的な光景にレナは声を殺して吐き気をこらえていた。
幸いとでも言うべきか、相手はまだこちらには気が付いていない。この機に乗じて一気に階段に向かって走り抜けるべきだろう。冒険者の常識ではモンスターは基本的には階層間を移動できないとある
。おそらく目の前のモンスターは特殊個体だろうが、その原則は当てはまるはずなのだ。
意を決して梓はレナの顔を見て決意を促し、二人は一縷の望みにお互いの生存をかけることになった。
クロエは水晶玉を覗き込み、己のことのように息を殺して成り行きを見守っている。雄太はまだ帰ってこない。買い物に時間がかかっているようだ。




