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29 タコ討伐




「アイエエエエエエエエ! ナンデ! タコ、ナンデ⁉」


「おばあちゃん! あずちゃんがおかしくなっちゃった!」


「大丈夫よクロエちゃん、この子は昔からこんなだから」


「ちょっとお母さん酷くない? じゃなくてなんで湖の主がタコなの⁉ おかしいでしょ! グオオオ言うてたし!」


「確かにグオオ言ってたな」


「でしょ? てかザリガニちゃうんかい! どないなっとんねん!」


「まぁ地球じゃあタコみたいな頭足類は浸透圧調節能力が低いために淡水では生きられないとかって聞いたことはあるな。汽水域の浜名湖なんかにはいるみたいだけど、異世界なんだからこんなもんなんじゃないか?」


「いや、それを言ったらなんでも異世界で片付くぢゃん!」


「だって普通タコはグオオとは鳴かんだろ」


「そりゃそうだけど!」


 娘と会話しながらもクロエのお願いを守って雄太の雄姿を録画し続ける進は、謎のプロ根性を漲らせていた。ちなみに雄太と梓は幼い頃からテレビで関西芸人の漫才やコントを見て育っているので、興奮したりふとした瞬間にそれっぽい言動になってしまうのだった。


「がんばれー! パパがんばれー!」


「おーまかしとけ」


 クロエがぴょんぴょんしながら応援すると、雄太も振り返って余裕の笑みで答えた。だがそれが良くなかった。


 このままでは敵わないと思ったのか、大タコは忍ばせていた触手を大きく振りかぶってビターン! と勢いよく雄太に叩きつけた。それは大地を震わせるほどの衝撃であり、雄太はぺしゃんこに叩き潰されたように見えた。


「ああっ! お兄ちゃーーーーん!」


「パパーーーー!」


「雄太⁉」


 一瞬ぎょっとした宮本家の面々だが、すぐに安心して胸をなでおろした。なぜなら雄太の姿は振り下ろしたタコの腕の上にあったからだ。


 本人はというと、これも至って涼しい顔をしており、なにやら別のことを考えているようであった。


「ザリガニばっかりでも困るなぁと思ったらタコか……。たこ焼き以外にどうやって食べるべきか」


 雄太の不穏な呟きに恐怖を覚えたのか、湖の主は奇声を上げて再び触手を振るった。いや、振るおうとした。


「遅い」


 雄太がぽつりとそう言うと、人差し指から伸びた細い光線が、吸い込まれるように大きな両目の間を貫いた。すると瞬間に赤黒い体色が一瞬にして真っ白になり、スライムのように弛緩して草地に力なく体を横たえた。


 雄太が放った光線はと言えば、そのまま空を駆けて積乱雲を穿ち、宇宙空間まで飛んで行って浮遊する小惑星を砕いてようやく止まった。


 魔法の目でそれを見た雄太は困ったように眉をひそめる。


「う~ん、手加減が難しい。俺、やっぱりまだ強くなってるんだな」


「お、お兄ちゃん、大丈夫なの⁉」


「おー平気平気」


「パパ!」


 クロエが駆けだして雄太に飛びつくと、父は慣れた様子で抱き上げて額を突き合わせる。


「パパすごかったよ! かっこよかった!」


「ふふ、まぁな」


 きゃっきゃと喜ぶクロエと雄太を尻目に唖然とする両親と妹だったが、ようやく起動した母が雄太に訊ねた。


「あんた、これ、ど、どうするの?」


「あ~っ、みんなでたこ焼きパーティーでもする?」


「たこ焼きパーティーって、いったいこれで何人分あると思ってるのよ……」


 一同がなおも呆然と現実感のない光景をぼんやり見ていると、タコの亡骸に異変があった。雄太が明けた眉間の辺りがバリバリと避けて極彩色の光がそこから飛び出して来たのだ。強烈なまばゆい光が周囲に満ち満ちて後しばらくすると、やっとそれが落ち着いた。そして一つ一つの光がバラバラになって周囲の空間に幻想的に浮かんだ。


「こ、こんどはなに⁉」


「パパ、ピカピカいっぱい!」


「そだな」


「おお~こりゃ壮観だな」


 よく見るとピカピカ光ってふわふわ浮いている光源の正体は羽の生えた小人の群れ、つまり妖精達であった。そして最後に一際強い光がタコの眉間から輝くと、人間の成人女性程の輝きを纏った少女が現れた。しかしその全体は透き通った青色であり、人ならざる者であるのは明白だ。彼女はにこりと笑って語った。


「ありがとう勇者、あなたが侵入者を倒してくれたおかげでようやく表に出ることができました。これでこの地に秩序が戻りました」


 湖の乙女がお礼を言いながら雄太の頬に軽くキスをすると、案の定クロエがむくれた。ぶんむくれだ。梓は陸に上がったフグのように膨れたクロエの頬をちょんちょんつつきながら、愛おしくて仕方がないという風に抱き着いている。


 話を聞くと雄太が邪神を下してからというもの、その眷属であったり負のエネルギーが行き場を失って、各地で騒動を起こしているらしい。この湖でもいつしか姿を現わしたタコのモンスターが妖精達や湖の精霊を吸い込んで、この地を支配してしまったそうだ。


 それをたまたまピクニックに来た雄太が討伐して、晴れて開放されたということらしい。ほとんど人間を辞めて神の世界に片足突っ込んでいる雄太とすれば、これ以上世界の一大事に関わるのは避けたいところだが、今回は成り行き上仕方ないなと思うことにした。


 雄太はタコに内蔵されていた巨大な魔石を湖の精霊に渡して役立ててほしい旨を述べると、お返しに精霊は雄太とその家族に祝福を授けてくれた。みなの周囲のキラキラとした光が体に吸い込まれて消えていく。


 さっきまではしゃいでいたのに急に早く帰ろうと言い出すクロエをなだめて、そそくさとお暇することにした。


 宮本家の自宅に着いてもクロエは雄太の胴体にしがみついたままで離れず、父は難儀していた。


「クロエ、ほらもうお家だから降りなさい」


「いやい~」


「いーじゃないでしょ、ほら」


「いいー」


 トリモチのようにくっついたクロエの背中をトントンしながら母を見ると、彼女曰く。


「女の子はね、小さく見えても三歳過ぎたらもう立派に女なのよ。その辺をわかってないと今に大変な目に遭うわよ」


「そこは母さん助けてよ」


「あら私はダメよ、だって私はクロエちゃんの味方だもの。ねー?」


「あい」


 直子がクロエのもちもちな手を握ってそう言うと、クロエもむっつりと応えた。基本的には聞き分けのいい子だと思っていた雄太だったが、思わぬ嫉妬深さに先が思いやられるのだった。

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