28 湖の主
母直子を除いた宮本一家の面々は次々と異世界のザリガニを釣り上げていった。途中クロエも釣りに参加してはかわいらしい黄色い声を上げて喜び、すかさずそれを雄太はスマホで録画していた。
「お兄ちゃん、それにしても多くない? 元々ここはこんなんじゃなかったんでしょ?」
「ああ、妖精や精霊が住み着く良い湖だったんだがな。ちょっと来ない間に荒れ果てちゃったみたいだな」
「えー妖精とかいるの? 私会ってみたいかも! かわいいんでしょ?」
「そらかわいいっちゃあかわいいけど、イタズラ好きなのも多いからなぁ。油断するとたまに大変なことになる」
「へー……でもこの湖がザリガニまみれになった原因はなんなんだろう」
「うーんここに元々いた湖の精霊がいなくなってるんだよな、それが理由なんだろうが、なんでいなくなったのかがわからん」
「精霊さんお引越ししたの?」
「そうかもね」
「雄太、ここの人らはザリガニをどうやって食べるんだ?」
「普通に焼いたり塩ゆでしたりだと思う、あんまり調理法にはこだわらないよみんな。家ではどうしようか。エビチリにでもする?」
「日本のザリガニだとエビの代用でエビチリにできるだろうけど、尾っぽの部分だけでも歩留まりがすごいよこれ。ロブスター食べるみたいにするしかないんじゃないか?」
「細かく刻んだらもっと他の料理にも使えるかも。なんかエビの頭なんかを集めて油で揚げる中華料理があったような」
「ああシャーユか、エビ油ってやつだな。最近じゃあ通販でも買えるけど、中華料理屋でラードから作ってるところのチャーハンは美味いぞ。米全体に香ばしいエビの旨味が詰まってるからな」
「へーいいね、俺も作ってみようかな」
「おいおい、それは大変だぞ。これが入る大きな中華鍋なんて普通には売ってないだろ」
「その辺は自作するから大丈夫、火も魔法で出せるしね。問題なのはたっぱり調理場所かな、家で作るわけにもいかないしね」
「はは、そうだな。お母さんに怒られそうだ」
進はそう笑うと、缶ビールを一口飲んだ。酔っぱらうほどには飲んでいないが、気の置けない家族と共にいて随分とリラックスしているようだ。
「パパぁ」
「どうした?」
「クロエね、ザリガニ屋さんひらく」
「そうか、どんな料理を出すんだ?」
「んーとね、これ焼いて、マヨネーズ付けたの!」
「あーそれいいね、一味なんか入れてもいいかも。クロエちゃんはいいコックさんになるな」
「うん! えへへ!」
「欧米風にバター塗ったり、オリーブオイルでアヒージョ作るのもいいかもね」
「うわーそれ美味しそう! でもさすがにちょっとこの量は食べれないな。クロエちゃんじゃないけど個人消費は難しそうだね、毎日ザリガニ食べなきゃいけなくなるよ」
「そうは言うけど朝昼晩と毎日違う料理食べるのは世界でも珍しいんだぞ、日本は恵まれているんだ」
「だとしても、もうその生活から抜け出せないよね。我々はパンとご飯を交互に食べる運命から逃れられないのだ」
「ふふ、かもな」
梓による謎の達観を聞いた雄太は、微笑んだ後で急に真顔になって言った。
「梓、それちょっと貸して」
「え、なに? やっぱりお兄ちゃんもザリガニ釣りたいんじゃん! もーそれならそれと早く言ってくれればいいのに」
「いや、そうじゃなくてだな」
グン! 急に大きく糸を引いた釣竿を慌てて持ち直した梓は体ごと湖に引きずり込まれそうになり、必死に踏ん張った。クロエが悲鳴を上げる。
「パパ! あずちゃんが!」
「ぎゃーなにこれー! お兄ちゃんパス!」
「おう」
手際よく梓の竿を掴み取った雄太は片手でそれを握って湖面を睨む。
「みんなは下がってて、どうやら湖の主がお出ましのようだ」
「ええ、主? そんなのいるの!」
「梓、もうちょっと下がりなさい、後は雄太に任せよう。クロエちゃんもおいで」
「パパがんばれー!」
「おーまかしとけ」
凄まじい水しぶきが湖面から上がって明らかに今までとは違う緊迫した雰囲気が周囲に漲った。ここで心配になった直子が起きてきた。
「あなた達さっきからなにやってるのよ、あれどうなってるの?」
「わかんないけど主がいるんだって!」
「主ってザリガニの大きい奴?」
「多分そう!」
「あらやだそうなの? でもザリガニばっかり獲れてもねぇ、飽きちゃうわよね」
「そういう問題じゃないよお母さん! これはいわゆるボス戦なんだよボス戦! ピンチだよ!」
「そうなの? でもその割に雄太は余裕そうだけど」
「おじいちゃん、おじいちゃん!」
「どうしたクロエちゃん」
「パパのかっこいいとこ撮って!」
「おおそうだな、よしきた任せなさい!」
「あっ、じゃあお兄ちゃん、こっちに目線下さーい」
「余裕あるな君ら」
「だってお兄ちゃんがなんとかしてくれるんでしょ?」
「そらそうだが」
「パパ! ピースピース!」
「ピース? いえーい」
娘の要望に応えつつも激しく震える釣竿を片手に微動だにしない雄太は、さすが勇者を思わせる貫禄がある。対して一向に雄太を引き込めない湖の主は、焦れてとうとう自らの姿を現わせた。
ザバンと轟音を立てて湖面をかち割るようにして現れたそれは、大きくいなないた。
「グオオオオオオオ!」
釣り餌に絡んだうねる触手、大きなぬめる赤黒い体に不気味に光る瞳、その姿は正しく……
「たっ……タコだあああああああああああああ!」




