25 宮本家のカレー
早朝に宮本家の若い衆でお菓子をつつきながら映画鑑賞しようということになり、クロエが見ても楽しめる内容のものということでなんだかんだあって、クレヨンけんちゃんの映画を見ることにした。見るのは中でも名作と名高い大人帝国の復讐だ。
正直雄太や梓は何度も見ている映画ではあるが、お互い面白いというのを知っているし、久しぶりということもあいまって今作を選んだ。それになんといってもこの映画を作っているスタジオ本社は田無にあるのだ。地元民としてはその偉大さを知っておいて欲しいという気持ちがある。もっともだからといってやりたい放題な主人公の所業を真似されるととても困るのだが。
映画の中でけんちゃんと仲間達が縦横無尽に暴れまわっているシーンではクロエも声を出して応援していた。
映画の概要は、昔のテレビや生活を再現した「20世紀博」に夢中で仕事をしなくなる大人達に異変が起こり始め、それは大人の回顧心を使って未来の時間を奪う秘密結社のオトナ帝国化計画だった。陰謀に気が付いたけんちゃん一家や仲間達が未来を取り戻すために立ち上がるストーリーだ。
ラストでのケンちゃんの名台詞、いつか大人になりたいから! は、どうにも強くクロエの心を打ったようで、泣きながら声援を送っていた。それでいてどこか寂しい気持ちがあるのか、雄太の膝の上からは離れようとはしないのだった。
映画を最後まで見終えて衝撃を良くも悪くも衝撃を受けたのか、放心しているクロエを見て刺激が強すぎたのかと思った大人達は、その後は猫街歩きなどの動画を見ながら落ち着くまで雄太はクロエを抱っこして背中をさすりながらゆらゆらするマシーンになった。
そうしているうちに梓はなにやらキッチンでごそごそとやり始めた。気になった雄太がクロエを抱きながら台所へ行くと、そこには慣れないエプロンを付けた梓の姿があった。それを見て雄太の目が丸くなる。
「おや、どうした梓。朝飯作ってくれるのか? 食う専門で作るのはあたしの仕事じゃないとか言ってたのに」
「ん~まぁたまにはね。そういうつもりで買い物行ったんじゃなかったんだけど、色々物色しているうちに思いついちゃって。お兄ちゃんさあ、クロエちゃんってカレーは食べられそ?」
「あー大丈夫だぞ、お前と違って好き嫌いはほとんどないし、たぶん好きな方だな」
「うおーすいませんねぇニートなのに好き嫌いがあって!」
「……あずちゃんなにしてるの?」
「お料理作ってるんだよ~そのうちできるからいい子で待っててね!」
「うん!」
クロエのぷくぷくの手を触ってにぎにぎすると、幼子は嬉しそうに笑った。
「カレー作ったことあったっけ、なにか手伝おうか?」
「ふっふっふ大丈夫、あたしにはユアチューブ動画という強い味方があるのだ! てゆうか大体野菜切って肉焼いて煮込むだけって、それ一番言われてるから大丈夫。ルーもちゃんといつも家で使ってるのを買ってきたし」
「ふーんそうか、後は起きてきた父さんと母さんが朝からカレーを食べられるかどうかが問題なんだが」
「それは……そうだけど、可愛い娘がたまに作るんだから無理やり食べればいいじゃない!」
「養ってもらっているとは思えん強気だな、でもいいんじゃないか? 余っても俺が食うし好きにやりなよ」
「もーお兄ちゃん、存在自体が便利すぎ! じゃあほら後はあたしに任せてテレビ見ててね」
「あいあい」
その後は目が覚めてしまったクロエと大人しくリビングで日本語の勉強をしたり、謎の踊りを踊ったり、動画を見たりで過ごしていた。その中で時々リビングからうおー! とか、ひええ! とか声が聞こえてくる度に不安になって覗いてみるが、その度に大丈夫だからとリビングに押し返されてしまう。一回だけ玉ねぎ切るのに目が痛いというので保護魔法をかけてあげたくらいで、他には手助けをしていない。そうしてようやくカレーが出来上がった。
「よし、でぎだぁ!」
梓がカレーを作って喜んでいると、朝の六時頃になって母の直子が起きてきた。
「まぁ騒々しい。朝から若い人達が集まってなにができたの? あらカレーだわ、なにあなた達寝てないの?」
「おはようお母さん、今日の朝ご飯の用意はしなくてもいいよ、あたしが作ったから!」
「珍しいこともあるものね、でも朝からカレーねぇ……最近お父さんはまた朝から食べるようになったけど、どうかしら」
「そこは無理やり食べさせるから大丈夫!」
「あらー善意の押し売りだわ、立派な娘になったこと。それに梓、あんたルーどうしたの?」
「買ってきたの使ったけど、ちゃんといつも家で使ってるやつだから大丈夫だよ」
「違うわよ、まだ残ってるのあるのに新しいの使ったってことでしょ? なんで古いのから使わないの」
「えー? 知らないよそんなの」
「普段台所に入らないから知らないんでしょうが!」
「あーもーお母さんうるさい! カレー食べさせないぞ!」
「おぉなんだ朝から元気だな」
「お父さんおはよう」
「はいおはよう」
「今日は朝からカレーよ、梓が早起きして作ってくれたんだって」
「ほーそりゃあご奇特な」
「だからあたし達、強制的に食べさせられるみたいよ」
「ええ? 朝からカレーを?」
「朝からカレーを」
お互いに顔を見合わせる夫婦はなんとも言い難い表情をした。
「もう! せっかく娘が初めてもらったお給料で買って作ったカレーを食べさせてあげるんだから感謝してよね! ほら、みんな座った座った!」
「そう言われると、食べざるをえんなぁ」
やいやいと追い立てられたみなが座卓に座ると、得意満面な笑顔で梓がカレーの鍋を持って現れて、お玉で白米が盛られたカレー皿に流し入れる。
「お父さん、お母さん、ご飯こんなちょっとでいいの?」
「今起きたとこだからね」
「あんたは寝てないのにやたら元気よね」
「うへへ、これ食べたら寝ます」
「まーご立派だこと、でもなかなか美味しいわね」
「でしょ! ユアチューブの動画見て肉もステーキ用のいいやつ使ったんだから」
「あずちゃん、これ美味しいよ!」
「ありがとうクロエちゃん、いっぱいあるから食べてね」
「うん!」
小児用の小さな椅子に座らせてもらってニコニコとスプーンでカレーを食べるクロエ。それを見て周りの大人達もつられて笑顔になる。雄太は立ち上がって異世界産の茶葉で薬湯を作り、人数分のカップに注いだ。
程よい苦みで五臓六腑の働きを整えて消化を促進するハイエルフお墨付きの薬湯のお蔭で食欲が出てきた直子と進は結局おかわりして、梓も後は寝るだけだというのに二杯もおかわりしてしまっていた。
これはまたすぐに太るなと言った進の一言に、梓以外の宮本家の面々は笑いあうのだった。




