22 雨
「う~ん頭いらい」
「あ、あずちゃんだ、大丈夫?」
「うん平気だよ」
「まだ治ってないのか」
「いや、たぶんこれは純粋に寝すぎで頭痛が酷いんだと思う。お兄ちゃんポーションちょうだい」
「市販の頭痛薬飲めばいいだろ、ほら」
「ありがと、お兄ちゃんはなんでもすぐ出て来るね。さすがドラ〇もん」
「だから違うっての、ほら水だ」
「ありがと~」
パジャマ姿の梓がヨロヨロになりながら薬を飲んでトイレを済ませてくると、どっかりとソファーに座ってクロエにもたれかかって抱き着いた。
「わ~!」
「色々心配してくれてありがとねクロエちゃん、ちゅきちゅきだいちゅき♡」
「やめろ、酔っ払いじゃあるまいに」
「もー保護者がうるさい」
「当たり前だ、ところで肝心の体重はどうなったんだ」
「あーそれね、お陰様でここ最近ろくに食べられなかったこともあって二㎏も痩せちゃった。でもその割には体に力が漲っているから変な感じなの」
「レベル上がってるからな、力入れすぎると色んなものが壊れるから気を付けろよ」
「うん、でもずっとダンジョン行かないと落ちてくるんでしょ?」
「攻略をサボればそうなるな、街中に魔素は少ないからしょうがない」
「じゃあお兄ちゃんも段々レベル下がってくるの?」
「俺の場合はそういう段階をとっくに超えてるから大丈夫」
「えーずるい~」
「そう言われてもな」
平日の午後、穏やかな時間を雄太とクロエ、梓は過ごしていた。本当ならクロエと一緒に散歩にでも行こうと思っていたのだったが、午後の雲行きが怪しくなっており見合わせていたのだった。
クロエは掃き出し窓の大きなガラスに手をついて、じっと中から外の雨が降る様子を眺めている。
「パパ、雨すごいね」
「そうだな、本当は曇りの予報だったんだけど、こんなに降るんだな」
「あ~ゲリラ豪雨ってやつ? そういえばお父さんとお母さんって傘持って行ってたっけ?」
「母さんは持って行ってたぞ」
「ただいま~」
ちょうどその時に宮本家の母、直子が帰って来た。話を聞いてみると、父の進は傘を持って行ってないという。そこで雄太がスマホのSNSアプリ、レインで連絡してみると、案の定傘を持ち忘れて会社に行っていたようだ。もう帰るらしいが、帰りに買って帰るつもりだという。
「え~? お父さんまたそんなこと言ってるの? 安物傘ばかりどんどん玄関に増えてるのに、もったいないわよ。こないだせっかく良いの買ったのに全然使ってないし」
「そうだね」
「おばあちゃん、じゃあクロエがおじいちゃんに傘持っていくよ!」
「あらぁ、いいのクロエちゃん。お外大雨よ?」
「大丈夫、パパも一緒だから!」
「ふふ、お兄ちゃん強制参加だね」
「みたいだな」
「パパ! こないだ買ったの着てこ!」
「ああレインコートな、いいぞ。今おじいちゃんに連絡するからちょっと待っててな」
そう言うとレインで連絡してクロエと一緒に会社まで傘を持っていく運びとなった。案の定父は悪いからと遠慮したが、クロエがおニューのレインコートを着て歩きたいだけだと説明して納得してもらった。
クロエは駅前ショッピングモールのアプタで買ったレインコートと長靴を身に着けて準備万端だ。
かわいいひよこのキッズレインコートを羽織って、足も黄色い長靴だ。周囲はもう暗いが夜でも目を引く色なので、かわいさと安全性を併せ持つ合理的な装いなのだ。
「はいこれ、お父さんの傘」
「クロエが持つよ!」
「あらえらいわね~じゃあお願いね」
「うん! いてきます!」
ブンブンと玄関まで見送りに来てくれた直子と梓に手を振って、大きな傘を両手で抱えたクロエは意気揚々と外に出た。それに傘を差した雄太が続く。
しとしとだった雨がいつしかざあざあ降りになったけれど大丈夫、クロエのひよこレインコートは立派に雨粒を弾いていた。兄元に水溜りがあっても心配ない、新品の長靴が完璧に水に侵入を阻止しており、快適なお迎えを約束してくれているからだ。嬉しくなったクロエはスキップするように歩き出す。
「クロエ、自動車も通るから跳ねてると危ないよ」
「うん、わかった!」
上機嫌な幼い我が子に行き先を指示しながらなるべく安全な道を行く。父の進にはたぶん遅くなるから連絡入れるまで会社の中で待っていてと伝えてある。親子は余裕をもって雨の日のお散歩を楽しんでいた。
だがしばらくするといつもの要求がやって来た。
「パパ!」
「ん~?」
「ちょっと抱っこしてほしいかも!」
「じいちゃんの傘持ってるから無理だぞ、それにパパびしょびしょになるだろ」
「そっかぁ……んーじゃあお手手つなぐ?」
「それならいいよ」
「えへへ♡」
雄太は道路側をクロエに合わせて歩いた。たまに行きかう人から微笑ましい目で見られたりしつつ進んでいくと、じきに父の会社近くまでやって来た。
誰もいないので収納魔法でスマホを取り出して空中に浮かべ、念力で操作して父にもうすぐ着くと知らせると、すぐに了解! と動くゆるキャラのスタンプで返事が来た。割と現代文明を使いこなしてるなと思いながら会社の入口にある保安センターの前で立っていると、すぐに気が付いた父が駆けてきたので、雄太は自分の傘に入れてあげた。
「やあ、悪いね二人とも。こんな雨が強いのに」
「ほらクロエ」
「うん! はいこれ、おじいちゃんの!」
「ああ~ありがとうねクロエちゃん。傘持ってきてくれて」
「パパと一緒だったからへっちゃらだよぉ!」
「そうかそうか、えらい子だ」
進はよしよしとレインコートのひよこフード越しにクロエの頭を撫で、にじむ涙を拭った。そこに同じく帰宅中の同僚に出会って、うらやましがられてしまう。
「あら宮本さん、今日は息子さんとお孫さんが迎えに来てくれたんですね。素敵じゃないですか」
「いやいやまぁ今日は傘を持ち忘れてしまいましてねぇ、届けてもらったんです」
「クロエが持ってきたんだよ!」
「そうなんだ、えらいねぇクロエちゃん」
雨脚が強くなってきたので挨拶も早々に切り上げて、宮本親子は家路についた。帰りは進とクロエが手を繋いで帰った。手に持っていたビジネスバッグはしれっと雄太が自分の収納に入れてしまってある。
幼子の明るい笑い声を聞きながら、一行は温かい夕食が用意されている自宅を目指してゆっくり家路につくのだった。




