21 久しぶりのお手伝い
「た、ただいま……」
「おただいま」
「おおかえり、思ったより早かったね」
「そうでもないよ、もうちょっと早く帰るつもりだったのがトラブルがあってね、少し手間取った」
「へーそうなのか」
「へーそうなのかって、お父さん! 大変な……とても大変なことがあったんだよ!」
「どうした梓、みんなで異世界に行ってたんだろ? お前一人だけ生まれたてのヤギみたいになってるけど」
イレギュラーボスを倒してから田無の実家へと転移した雄太達は玄関で靴を脱いでから、洗浄魔法で身を奇麗してリビングに上がって来た。するとそこにはすでに父の進が座って新聞を読んでおり、キッチンでは母が夕食を作ってくれていた。
「おじいいちゃんあのね! パパ凄かったんだよ!」
「おーそうだったんだね、よしよし」
「クロエ、部屋でお着換えするぞ。お話は後でな」
「うん!」
「梓はしばらく腕輪してた方が良いぞ」
「う……ん。わかった」
「お着換え、お着換え~♡」
ご機嫌でぴょんこらぴょんと二階に上がっていくクロエの後について階段を登る雄太とそれを老人のような足取りで追う梓。
「梓ー、あんた帰って来たのなら料理手伝って……って大丈夫なの?」
「ごめん、怪我とかはなにもないんだけど、もうダメかも」
「なにがダメなのか知らないけど、あんたも着替えてきなさいな。今日はお手伝いはいいから」
「うん、ありがと」
ふらふらしながら二階に消えた梓は、それから夕食が終わってもずっと心ここにあらずであった。
「雄太、今日は二人を連れて異世界に行ってたんだろ? 梓が打たれまくったボクサーみたいになってるけど、なにがあったんだ?」
「ん~ちょっとね。たいしたことじゃないんだけど、向こうのダンジョンでレベル上げしてたらイレギュラー個体に出くわしちゃってさ、それで驚いたんだと思う」
「へー」
「……なくない」
「え?」
「たいしたことなくなくない! あれ、相当やばかった!」
「そんな凄いのが出て来たの? やだもう雄太、大丈夫なのそんなところにクロエちゃん連れて行って」
「あのくらい平気だよ、クロエは楽しんでたし」
「でも危ないのが出て来たんでしょう? どうしたのそれから」
「母さん、それがね……お兄ちゃんがさ……こう、ていってしたらさ。真ん中からズルズルズルっパカって」
「パカってか」
「うん……あのさ、お兄ちゃん自分で勇者だって痛いこと言ってるけどさ、ほんとそうだったんだよ。マジ勇者。だってこーんな大きな山みたいな敵を武器もなしで倒しちゃうんだもん。信じらんない」
「痛いとか言うな。次元を超える転移魔法の方がもっと凄いんだけどな、なかなか理解されない」
「……おっ打ったー! やったー!」
テレビを見ると、プロ野球の試合を放送しており、父の進が応援しているチームである阪神タイガーズが逆転のヒットを打ったようだ。
進の出身地は富山県なので、地元に属するプロ野球団というのはない。進がタイガーズを応援するのはあんまり強くないから応援しがいがあるという理由であり、特に選手や大阪阪神地区にシンパシーがあるわけでもないのだった。
ちなみに母の直子は生まれながらの田無っ子であり、今住んでいるこの家も持ち家をリフォームして使っている。今は亡き直子の両親が残してくれた財産だ。進はいわゆる入り婿というやつで、元々の姓は田中だ。
局面は八回の裏ということで、このままいけば阪神の勝ちは揺るがないだろう。進はうまそうにビールを飲んでいる。
「お父さん、もう勝ったようなもんなんだからお風呂行けば?」
「いや、しっかり勝ってヒーローインタビューを見てやらんといけないよ。なんせあんまり勝てないからね」
「はいはいそうですか、じゃあ雄太か梓行ってらっしゃい」
「母さんは?」
「あたしは片づけがあるもの」
「手伝うよ、梓行ってきな、腕輪はまだ取らないで」
「ああうん、わかった……」
雄太は母親を手伝って洗い物し、父は引き続きテレビを見てクロエも興味深そうにそれを見ている。母の直子は雄太に話しかけ、気になっていたことを聞いてみた。
「ねぇ雄太、梓は大丈夫なの?」
「ちょっと刺激が強かったみたいだけど問題ないよ、むしろこれからの方が大変なんじゃないかな」
「なんでよ」
「ダンジョンで俗に言うレベルが上がるって現象知ってる?」
「お母さんはダンジョン嫌いよ、可愛い息子を異世界に飛ばしてしまうようなとこだもの」
「まぁまぁ。簡単に言うと、モンスターを倒すと相手の魔力を吸収して自分が強くなれるんだけど、それに順応するのに熱が出たり筋肉痛になったりするんだ、梓はこれからそれが出て来るはずだよ」
「へぇそうなのね、そういえばそんなようなこと聞いたことある気がするわ」
「ふわっふわだね」
「だって興味ないんですもの」
「なるほど」
「要するにこの間のクロエちゃんみたいになるってことなの?」
「うん、まぁそんな感じ」
「なんでまたそんな大変な目にあいに行ったの」
「ダイエットしたいんだと。異世界のダンジョンなら知ってる人もいないからって」
「あらお馬鹿ね……でもありがとうね、あの子を外に連れ出してくれて。これを機に引きこもりが少しはマシになればいいんだけど」
「そうだね、うまくやれば上級冒険者になれるかも」
「ええー? いくら引きこもりじゃなくなっても、冒険者になるのはねぇ。ムキムキになったらお嫁さんにいけなくなるじゃない? そんなの困るわ」
「じゃあずっと母さんが面倒を見る?」
「それも困る~!」
「ははは」
「やったー! 勝ったー! ばんざーい! ばんざーい!」
「ばんじゃーい! ばんじゃーい!」
久しぶりに皿洗いのお手伝いをしながら話をしていると、雄太はなんだか高校生の頃に戻ったかのような温かい気持ちになった。居間ではタイガーズの勝利に喜ぶ父とそれを真似するクロエの楽し気な声が響いている。
そして梓はと言うと、案の定ベッドの上でレベルアップの瞑眩現象に三日間程苦しむ羽目になったのであった。




