13 団欒
食事が終わってしばらくはテレビを見ながら家族団欒をしていたが、そのうち梓はゲームをしに部屋へと戻り、母は後片付けをした後は朝が早いからと就寝した。結果、残った雄太は父の寝酒に付き合うこととなった。クロエはリビングに小さな布団を出してもらってすでに眠っており、薄明りの中で父と息子は酒を楽しんでいた。
「また飲み過ぎると母さんに怒られるんじゃないの?」
「そこはあれだ、お前さんのお薬を頼らせてもらうよ」
「まぁいいけど。欲がない割にはそういうのは欲しいんだね」
「この年になると健康が気がかりでな」
「一応寿命を延ばす薬とか持ってるけど」
「ええ? そんなのあるのか!」
「声が大きいよ、クロエが起きる」
「ああごめんごめん。でもそうか、異世界ではそれが常識なのか」
「いやさすがにあっちでもレアアイテムだけど、ない訳じゃない」
「そうか……でもせっかくだけど、僕はいいかな。別段長生きしてやりたいこともないしね。雄太が無事に帰ってきてくれたんだから後は梓が嫁に行ってくれれば思い残すことはないよ」
「そっか」
しばらく無言でビールを飲みあってお互いに酌をして時間が過ぎていく。ぴくぴくとクロエの瞼が動いており、なにか夢を見ているのかも知れない。父はできるだけ自然を装って話を切り出した。
「なあ、雄太は向こうでどうやって暮らしていたんだ? どうしても僕だけは聞いておきたくてな」
「色々あったよ。最初は王様を名乗る奴から一方的に説明されて、勇者候補として祭り上げられたら一緒に召喚させられた奴らとダンジョンである大穴に落とされてさ。そこからは本当に地獄の毎日だったよ」
父の進は黙ってビールのグラスを傾けた。小さくなった氷がカランと乾いた音を立てた。
「なんでも昔からのお告げで魔王を倒すには大穴の底にある勇者の証が必要だってことでさ、色んな世界から集められた人達が強制的に最深部を目指すようにされて、今まで誰一人として帰ってこなかったんだ。モンスターとの戦いはもちろんだけど、人間同士の足の引っ張り合いなんかもあってさ、酷いもんだったよ。そこで仲良くなった人もいたけど、結局自分以外誰も生き残れなかった」
「……そうか。食べ物とかどうしたんだ?」
「モンスターを食べたよ、不味そうな奴が意外と美味かったりするから不思議だよね。戦って戦って、何度も死にかけるような経験をして、そのうち自分が自分じゃなくなるのがわかった。なんていうか日本にいた頃が嘘のように思えてきたんだ。それでも運の良いことが続いて生き残った俺は最深部を目指して、そこでの戦いも勝利したよ。穴を出てからの魔族との戦いでも勝ち続けてきた。でもそのうち疑問に思うようになったんだ、敵にも家族がいてそれなりの理由があって戦っていたんだよ。だから戦争を終わらせるために向こうの言い分を聞きたくて魔王城を訪れたんだ。一人でね」
「一人で!」
「うん。穴を出てからの俺は誰にも負ける気はしなかったし、実際負けなかったよ。軍勢を率いて話を聞かせてくれと頼んでも難しそうだったからさ」
「そんなこと言って、襲われなかったのか?」
「襲われたけど問題なかったね、むしろ俺は怖がられていたから誰も目を合わせずに自然と道が開けていったよ」
「時代劇のお殿様みたいだな」
「実際そんな感じだった、それで魔王、つまりクロエの実の父親と話している時に問題が起きたんだ。魔王の配下に邪神崇拝者がいてね、そいつが無理やり魔王の体を依り代に邪神を復活させたんだ」
「ええええ! 復活されちゃったの!」
「うん、それで戦わざるをえなかったって感じかな」
「戦って勝てたの?」
「まあね、ちょっと危なかったけど、その時に邪神が異世界を掌握したら次は地球を征服してやるとか言い出したから、ちょっとカッとなってさ、ぶちのめした」
「ぶちのめしたんだ……強いね」
「まあね。邪神を倒してから元に戻ったクロエの父を助けようとしたんだけど、本人から拒否されたよ。彼は伸張する軍閥を抑えきれず戦禍を拡大させたことをずっと後悔していたんだ。後になればそれもこれも邪神の仕業だったとわかるんだけどね。目に見える区切りが必要だったのはその通りだ。魔王は戦争を終わらせるために犠牲になったんだ」
「その時にクロエちゃんを預かったわけか」
「うん、そうだよ。やがて戦争は終わって、てゆうか無理やり終わらせて、世界は一応平和になった。まだ戦争したいのも大勢いるけど、無理やり黙らせたよ。クロエはいい子だけど、あのままあの世界にいたんじゃまた争いの旗頭にでもされてしまう。できるだけ良い環境で育ってほしいのもあるけど、本音はやっぱり俺がここに帰ってきたかったんだよね。急でごめんね」
「悪いことなんてあるもんか、ずっと待ってたんだよ、お前が無事で帰って来てくれるのを!」
「そうよ、待ってたわ! いつ帰って来てもいいようにお部屋も掃除してたのよ!」
「母さん」
「そうだよ! お父さん毎日田無神社にお参りしてたんだから! お兄ちゃんが帰ってきてくれますようにって!」
「梓、二人とも別に隠れなくてもいいのに」
「いや、それは……ねぇ?」
「あ、あはははは」
「でもありがとうみんな、嬉しいよ」
「嬉しいってお兄ちゃん、あんまりそうは見えないけど」
「ああ、まあ俺は、戦ううちに感情を表に出すのが苦手になってきただけから気にしないで」
「気にするわよ! 辛いこと、いっぱいあったんでしょ!」
「沢山あったけど、もう慣れちゃったよ。たまに俺と一緒に戦えたのは光栄だと言って死んでいった奴らのことを思い出す時もあるけどさ、全部済んだことだよ、問題ない」
「問題ないって、あんた……」
その時進が涙を流しながら謝った。
「すまなかったな、お前が辛い時に、な、なにもしてやれなくて……本当にすまなかった」
「謝らないでよ父さん。帰ってこれる家があったから俺は頑張れたんだ。それは父さんや母さん、梓のお陰だよ。ともすれば俺もあの穴倉で化け物になってたはずさ、それを踏み留まれたのはこの穏やかで愛すべき家族があればこそだったんだよ。だから俺はみんなに感謝してるんだ、ありがとう」
感情を失ったはずの雄太の口から優しい言葉が出て来ると、宮本家の面々は涙を浮かべてしゃくりあげた。そこにクロエが起きてきて不思議そうに小首をひねる。
「パパ、パパ、クロエちっちしたいよ?」
「そうか、トイレ行こうな」
「みんななんで泣いてるの?」
「年中米食ってると涙もろくなるんだよ」
「ふーん? 泣かないでおばあちゃん、ぎゅー!」
「あら、ありがとうねクロエちゃん」
「おじいちゃんとあずちゃんもぎゅー!」
「おお、ありがとう」
「はわわ癒される……」
その夜、雄太の壮絶な過去に触れて泣きつくす宮本親子を、クロエは持ち前の明るさで救ったのだった。




