12 すき焼き2
クロエはまだテーブルの鍋の上まで手を伸ばせないので、雄太の母である直子が小皿に具材を山盛りに入れて少し割り下も入れてやる。
「はいどうぞ」
クロエはまだ箸がうまく使えないのでフォークとスプーンで食べている。小さい口に卵を絡ませた肉を豪快に放り込むと、ぱあっと笑顔の花を咲かせた。
「パパこれ甘くて美味しいよ!」
「そうか、ばあちゃんがお前のために作ってくれたんだぞ」
「うん、おばあちゃんありがとう!」
幼子のきらきらした笑顔にほだされて、直子は思わず目頭を押さえた。
「ええ、沢山あるから一杯食べてね。雄太もね」
「うん」
良い肉は人を無言にさせる。ぐつぐつと鍋が煮える音だけが部屋に響いて、奮発して二㎏も買ってきたすき焼き用の肉はあっという間になくなった。
直子が締めのおじやを作ったがみんな食べられなくなっても雄太が一人で完食した。なんでもいくらでも食えると母に言ったが、その通りなのだ。
「ご馳走様でした」
「はいお粗末様でした」
「うぐぅ、もう食べられない。ビールも入らんな」
「私もだわ、お肉がいいのもあって久しぶりにこんなに食べたわ、お茶入れたいけど動けないわね。ちょっと梓」
「え、なに? 私もダメだよ、お腹パンパンで今動いたら中身出ちゃうって!」
「いいよ、俺が入れてくる」
「あらそう? ポットと急須のセットが乗ったお盆があるから、それ持ってきてくれればいいから」
「うん」
一番食べた雄太がなんでもないかのようにすっと立ち上がってお茶セットを持ってくると、梓は感嘆した。
「あんなに食べた後ですぐ立ち上がれるなんて、さすが勇者様」
「わけわからん関心すな」
「パパ凄いね!」
「今まで散々褒められたけど、飯食って褒められたことあんまないな。ドワーフの街であったか? いやあれ酒だわ」
「ドワーフ! 異世界にはやっぱりいるの?」
「ああ、エルフもいるぞ。お前の想像しているのは大体いる」
「マジで⁉ じゃあモケーレムベンベは?」
「それは地球のアフリカにいるとされるアンアイデンティファイドミステリアスアニマルだろ、いい加減にしろ」
「いや~色々変わったけどお兄ちゃんはやっぱりお兄ちゃんだわ、安心した」
「あん、あいでんてぃふぁい……」
「クロエ、覚えんでいい」
雄太は母が入れてくれたお茶を啜ると、じっと手元を見た。
「どうしたの?」
「いや、美味いなと思って」
「あらそう? 狭山茶よ。ちょっと良いやつだけどね」
「色は静岡香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす。どうだ雄太、地元のお茶は美味いだろ」
「狭山茶は埼玉だよ父さん」
「別にいいだろ、場所的にも近いんだし」
「良くないよお父さん、最近はそういうのにうるさいんだから。東京都の一番西でもないのに西東京市なプライドを持たないと!」
「プライドねぇ……」
その時おもむろに一家の主である進が体を傾けると、ブッ! と屁をこいた。途端に上がる非難の声。
「ちょっとお父さん、いい加減にして!」
「お父さん!」
「はっはっは、出物腫れ物所構わずと言うじゃないか」
「おじいちゃん、くちゃい!」
「ほら、孫に嫌われるわよ」
「ごめんよクロエちゃん、今度から気を付けるから」
「も~」
「クロエ、この場合の気を付けるは気を付けるだけだぞ」
「ふえ?」
「そのうちわかる」
「はっはっは」
異世界から連れてきた幼女はすっかり宮本家のなくてはならない一員となっていた。雄太は愛娘の頭を撫でながらなんでもないことかのように切り出した。
「そういえばみんなに受け取ってほしいものがあるんだ」
そう言って帯の付いた百万円ずつをテーブルの上に並べる。合わせて三百万円の現金だ。
「日本では一年間で110万円以下なら贈与税はかからないそうだから、キリよく一人百万円ずつ渡しておくよ」
「な、なな、どうしたんだこの金は!」
「新宿の冒険者局に行った時にちょっとね。異世界で手に入れた魔石を換金したのさ。税抜きで約一億円程になったよ。税理士さんも雇うことになったからもし足りなかった言って」
絶句する宮本家の面々。いち早く手を出した梓がバシッとその手を母にはたかれる。
「お兄ちゃんありがとう! 痛った!」
「あんたは働きもしないでみっともない! これはお母さんが預かっておきます!」
「え~そんな~」
「気にしなくても同じような魔石はそれこそごまんと収納の中に持っているからね。極端な話父さんも母さんももう働かなくてもいいんだよ」
「ええぇ……いきなりそんなこと言われても、ねぇお父さん?」
「そうだな母さん。定年まではあと五年あるし、早期退職してもいいけど仕事嫌いでもないんだよな」
「私もたまに体が辛い時もあるけど、パートが嫌な訳じゃないわね」
「じゃあ欲しいものとかないの?」
「欲しいものねぇ。う~んマッサージチェアとかたまに行くゴルフのクラブとか? でも絶対欲しいなんてのはないなぁ」
「私もそうねぇ、たまに国内旅行にでも行ければ十分ね。強いて言えば健康かしら」
「二人とも欲がないなぁ! 私はいっぱいあるよ! 新しいPCにキャプチャーボードでしょ、あとゲーミングチェアに服に化粧品に……」
「あんたはそんなに物が欲しけりゃ働きなさい!」
「うわ、また藪蛇だ!」
母子の言い合いを父は我関せずとタヌキのようにぽんぽこと言いながら腹を叩きながら見ていて、それを見たクロエが真似をしだしたので雄太が止めたりしているうちに和やかに時が過ぎていった。




