第6話
―這えば立て、立てば歩けの親心―
幼少期の子の成長は早い。ひととおりの病気の恐怖は昔に比べると医療の進歩によりかなり軽減されている。
ただ、それに対する親の知識は……心配は昔と変わらない。
それでも、冬理はようやく、いや、早1歳になろうとしていた。
いまや最長で2年の育児休暇が取れるし、育児休暇の取得は半ば義務ともなっている。
全体の出生率が落ち込んでいるため、職場全体の取得率としてはきわめてわずかなものである。
この法律ができたおかげで、出生率は低水準ながらも一定を維持しており、国勢調査では減り続けていた人口がようやく底を打ったようだと、結果の分析を行っている。
「私の学生時代の友人が連絡してきた時に聞いたんだけど」
冬理の一人遊びを眺めながら、雪がつぶやく。
真は、この間届いた冬理の一歳の誕生日祝いに添えられていたメッセージの名前を思い出す。
「ひょっとして由美ちゃん?この前冬理にプレゼントくれた。」
「そうそう、その由美。で、その娘の知り合いにね、なんか不倫の末に赤ちゃんが
できた子がいてね……」
有希の言い終えるトーンが急激に落ちたのだ。
いい話でないのはトーンが無くても分かる。
“不倫”というワードの先に良い話はほとんどないのは、予想の範疇だ。
「……不倫かぁ。そりゃいいこと一つもないな。」
「ほんとうに…そう。結局その娘、法が適用されないから、国の支援受けられなくて……
経済的に苦しくなって、子供は養子に出さざるを得なくなったって。」
有希の目は冬理を追いながら、自分たちに重ねてその親子の想いに至る。
「まぁ、簡単に予想できる未来だね。このご時世じゃ……」
真にも簡単に予想できた。
「で、おまけもあるのよ。その子の相手の男がね……
そこそこの収入があった会社の役員らしいんだけど、奥さん激怒で離婚騒ぎ。」
「え、でも離婚しちゃったら‥‥‥」
ふたりの間の子が“結婚促進法”の適用対象外となり、一切の支援が受けられなくなる。
早期に再婚でもできれば、被害は最小限となるかもしれないが、それでも……
「そうなのよ。だから、奥さん八方手を尽くしてる上に、旦那から慰謝料がっぽりでね。」
腐っても会社役員。それなりにお金はあるとは思うが、それ以上に馬鹿にならないのが現在の物価。育児にかかる費用なのだ。
「それで…何とかなるのか?」
ならないとは思いながらも、真は一応聞いてみる。
「計算上はぎりぎり。生活水準落さないと無理かもって話だって。」
(へぇー。役員クラスの収入だと何とか……か。)
予想外の答えだったが、それでも余裕がなくなるのは同じというのには納得がいく。
「そうだろうなぁ。養育って思った以上にお金かかるからね。しかも今どき大学は必須。
半数以上は院とか行ってるもんな。」
「その上、しばらく海外留学して……だもんね。」
それだけじゃないよと有希が付け加える。
そんな話をしながらも、二人は冬理の様子をちらちらと窺い、決して目を離さない。
「……お、おい。」
真は、声のトーンは落しながらも有希に注意を促す。
「もう少し‥‥‥頑張って!」
ふたりの視線の先にはベッドの足につかまりながら、立ち上がろうとする冬理の姿があった。
((がんばれ!!))
ふたりはそれぞれの手に力を込めて握り締めながらも腰を浮かして、何かがあった時にはすぐ飛んでいけるよう身構える。
――ペタン――
足の力が足りなかったのか、はたまたバランスの問題か……
冬理は残念ながら立ち上がりきることなく尻もちをついて、
宙を掴むように手をばたばたしつつ、キャハ、キャハ笑っている。
「あー、もうちょっとだったのにね。」
「今日か、明日には立てちゃうかもしれないね。」
「そうね。これも今日のレポートに入れとかなくちゃね。」
「もうちょっとだったけど、立てませんでしたってね。」
その夜、二人のレポートは「残念ながら、今日はつかまり立ちは成功しなかった」の文字で締めくくられた。




