第17話
有希と真は看護師に促されるまま診察室に入った。
「まあ、お掛け下さい。新居屋さん。真さんと有希さんですね。」
ふたりは示された椅子に腰掛けながら「そうです。」とだけ答えた。
目の前の医者は「うん。」とだけ頷くと自身のカードを提示して
「当病院の医師をしております。仁科と申します。」
真と有希は軽く会釈を返した。
「心配なさってるところかと思いますが、春哉君は先ほど意識を取り戻しました。」
そんな医者の言葉を聞いて二人の表情が自然とゆるみ、顔を見合わせると知らずにため息が漏れた。医者は続ける。
「事故による転倒で多少なりと頭に衝撃があったのでしょう。調べましたが出血の後も見られませんし、おそらくはぶつかったことによる一時的な意識の不明瞭と、すぐに収まるとは思いますが、記憶の混濁が見られるようです。」
真と有希の表情は先ほどとは打って変わって険しいものとなる。
「記憶の混濁って、どんな感じなんでしょう?」
有希がたまらず医者に聞く。
「それなんですがね。名前をたずねると“とうり”と答えるんです。でもあなたから伺った名前は春哉君でしたよね?」
“とうり”という音に二人はぎくりとする。しかし……有希は答えた。
「うちの子、冬理というんですが春哉君と仲が良くて、印象強く残ってるってことですよね?」
「そうでしたか。その可能性も十分考えられますね。」
医者は一応の納得を見せたが、更に続けた。
「先ほど新居屋さん、うちの子と言われましたか?とうり君……、
新居屋さんから先ほど提示していただいたカード情報では、確かに新居屋冬理君は出てきますが、春哉君では照会できませんでした。春哉君の姓を伺っても?」
やっと先ほどの勢いで答えてしまった間違いが正せたと安心した有希は“橘 春哉”だと告げる。
看護師は有希らの後ろでそれらを聞くとパソコンのキーボードを忙しく叩いた。
しばらくすると看護師のつぶやきが耳に入る。
「橘 春哉……ありましたね。」看護師は医者に向かって言った。「データ送ります。」
医師は送られたデータにじっくりと目を通す。「ふむ、うん……」時折もれる医師の声にならない音に、モニター画面も覗けない二人は内容が気になって仕方なくそわそわするしかない。
データを読み終えたのか医師の目が二人に向く。
「『育児家庭証明カード』は当然ご存じですよね。」真と有希にそう言った後医師は看護師を呼ぶと「念のためこのデータとこのデータ…あ、これもか、照合してみて。結果すぐ出るよね?」
「はい。データ照合だけでしたら数分で。」
「なら、すぐ頼む」
看護師は有希たちの後ろに置かれたPCで医師の示したデータの照合に取り掛かる。
「あー、すみませんね。ちょっと気になることがあったんで、これなんですがね。」
医師は二人にモニター画面が見えるように向きを変えた。
「こちらがお二人のカード情報データで、こっちが……春哉君の御両親の当時の『育児家庭証明カード』情報、故人ですと個人情報保護対象になりませんのでね」
医師はペロッと舌を出すと説明を続けた。
「普段は知られてないんですがこうやって過去のデータも保存されてるんですよ。一定職ならアクセスで着る…‥‥って」PCをいろいろと操作しながら様々なデータを表示しながら
「あ、ここです。ここに使われている写真。同じに見えませんか?」
医師の指摘に真と有希は身を乗り出して画面の写真を食い入るように比較してみる。
一つは自分たちの子、冬理の写真。もう一つは春哉とされる写真。出生時から数枚あるが、確かに同一と言っても良い程にポージング・角度・着せているおくるみの特徴など酷似しているように見える。
「先生、出きました。送ります。」
看護師からの声にモニター画面が向きを変えた。
「なるほどねぇ」
モニターを見ながら、医師がつぶやく。
「これが本当なら……あなた方春哉君とまぎれもない親子ですよ。」
真と有希は言葉を失った。
「あの、どういうことでしょう。」
真が勇気を振り絞り医師に説明を求めた。医師は再びモニターを二人に向けると画面に映し出された一つ一つを説明してゆく。
説明が深まるごとに二人の顔から表情が抜け落ちていった。
「つまりですね。私が閲覧でき得るデータから、あなた方二人から聞き取った情報を基に引き出して、冬理君のデータと、春哉君のデータにそれぞれの親のデータこれらをすべて照合したら完全に一致した。これは事実上ゼロと言っていい。」
分かりますか?と医師は時間をおいてくれた。真と有希は医師の説明と確率の問題は理解した。
しかしその持つ意味が飲み込めないでいた。
「結論、遺伝学上、春哉君とお二人は紛れもない親子だと言えます。」
ふたりの目はモニターに釘付けのままとなりしばらく思考が停止した。




