第10話
春になり冬理は年中に上がった。
幼稚園ではお兄ちゃんになったわけだ。
次に幼稚園に行けば、年少の園児たちが元気に駆け回っているのを目にするだろう。
しかしお兄ちゃんになったのは幼稚園だけではない。
まだ、冬理には伝えていないが、有希が再び身ごもった。
「冬理も、お兄ちゃんになるんだよ。」
当然夢の世界に入った冬理に聞こえるわけもなく、ほとんど独り言ではあるが……
有希は冬理を寝かしつけると、優しくその髪を撫でながら、そう呟くと、額に軽くキスをして、ベッドを離れた。
「お休み」そう呟いて部屋の扉をそっと閉めながら心の底から湧き上がってくる幸せに包まれながら真の元へと向かった。
真は、PCの前で冬理の一日を専用ページに記録しながら、片手間で過去の記録を読み返していた。
その背後から有希が声を掛ける。
「冬理は良い子で寝たわ。」
ふっと有希に笑顔を見せた真は、部屋にあるもう一つの椅子を示すと
「有希もこっちに来て、冬理の記録を読みかえさないか?」
「そうね」
ふたりはしばらく椅子を並べて冬理の過去の記録を読み返しながらあれこれと言葉を交わした。
「今日から年中さんよ。ちゃんと先生の話を聞くのよ。」
通園バスに冬理を乗せながらその背後から有希は心配して声を掛ける。
車内からは付き添いの先生が笑顔で冬理を迎え入れながら、有希に「おはようございます。」
冬理に「お早う。」と忙しないが挨拶の声を掛けてくれる。
「おはよー!」
元気な声を車内に響かせて冬理がバスに乗り込む。
バスの車内からは「こっち、こっち」と手招きする元気な声が…
冬理が心配で車内に顔を覗かせていた有希は冬理を呼ぶその男の子と目が合った。
「おはよー、おばちゃん。」
(……まだ、20代なんだけど……)
冬理を呼ぶその男の子の何気ない無邪気な『おばちゃん』のひと言が、有希にはショックだった。
自然と目が行ったその子の名札には“橘”の文字
(橘…春哉 君?)
再び有希の視線がその子と交わった。
なぜか、有希の心がざわついた。
(確か‥‥‥年少さんが一緒のクラスで……入園児の名簿に……何か引っかかる)
有希のぼんやりとした記憶では名簿に書かれていたことまで思い出せなかった。
(A・B・Cの話を以前真がしてて……Aはカード保持者、Bは準保持者、Cは……何だったか。)




