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ガラスの靴をご所望ですか?  作者: 夢幻
ガラスの靴はもういらない

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28/30

28

 アレクシスが来た日。アルノー家の裏庭には、乾いた木剣の音が響いていた。


「遅い」


 ぱし、と軽く手首を打たれる。


「っ、痛……!」


「今ので切られている」


 淡々とした声。

 レイナルドは涙目で木剣を握り直した。向かいに立つアレクシスは、相変わらず涼しい顔をしている。

 護身術と聞いていたはずなのに。


(何で木剣!?)


 いや確かに貴族は剣くらい扱えるのだろうが、自分はこないだまでは令嬢生活、一昨日までは靴工房で釘やら革やらを運んでいた人間である。世界が違う。


「考え事をするな」


「うわっ」


 また弾かれた。


「君はすぐ視線が泳ぐな」


「そう言われても…」


「余裕がない時ほど癖は出る」


 容赦がない。

 レイナルドは肩で息をした。腕がもう重い。数分しか経っていない気がするのに。

 庭の端ではレオンが優雅に紅茶を飲んでいる。


「いやぁアレクシス容赦ないねぇ」


「お前が頼んだんだろう」


「そうだけど」


 絶対面白がっている。

 少し離れた場所にはヴァンスもいた。腕を組んで黙って見ている。逃げ場がない。


「もう一度」


「……はい」


 木剣を構える。

 アレクシスの立ち姿は無駄がなく、気負いも力みもない。ただそこに立っているだけなのに、近づきがたい。

 レイナルドは息を呑む。


 やっぱり、この人はちゃんとしている。マルタの隣に並んでも違和感がない人間だ。


 その考えが頭を過った瞬間。


「止まるな」


 鋭い声。


「っ!」


 次の瞬間、足を払われる。


「うわ!?」


 どさり、と派手に転んだ。背中が痛い。


「……君はすぐ考え込む」


 アレクシスが木剣を下ろす。


「戦う時に向いていない癖だ」


「戦う予定なんかありません……」


「一昨日までならな」


 返す言葉がなかった。アレクシスは少しだけ目を細める。


「恐怖を思い出せ」


 レイナルドの身体がびくりと強張った。

 男たちが近づいてきた時の圧迫感掴まれそうになった瞬間の恐怖。グランヴィル家へ連れ戻される想像。そして、マルタを失うかもしれない絶望─

 全部、まだ身体に残っている。


「……はい」


 小さく答えると、アレクシスは頷いた。


「当然だ」


「……」


「怖かったんだろう」


 レイナルドは唇を噛んだ。


「それでも前へ出た」


 静かな声が落ちる。


「弱い人間は、恐怖の前で他人を庇えない」


 レイナルドは目を見開いた。そんな風にこの人に言われると思わなかった。今までの自分は、守られるだけで、泣いて、逃げて、閉じ込められて。弱い人間だと思っていたから。


「……でも、僕は結局」


 倒れた。最後まで立っていられなかった。

 すると言葉の先を察したのか、アレクシスは少し眉を上げた。


「倒れたら弱いのか?」


「え……」


「恐怖で動けなくなる人間は多い」


 淡々とした口調だった。


「君は震えながら前へ出た。それは事実だ」


 胸の奥が熱くなる。認められた。

 その感覚に、レイナルドは少し戸惑った。アレクシスは木剣を肩へ乗せる。


「もっとも」


「?」


「動きは酷い」


「うっ」


「姿勢も甘い。腕力もない」


「追撃やめてください……」


「だが伸びしろはある」


 さらりと言われる。レイナルドはぱちぱち瞬きをした。


「……あるんですか」


「ある」


 即答だった。


「少なくとも、逃げながら戦う人間の目ではない」


「……」


「守ろうとして前へ出る人間の動きだった」


 どくん、と胸が鳴る。その時。


「へぇ」


 聞き慣れた声が割り込んだ。振り返ると、裏庭の入口にマルタが立っていた。屋敷の一室を仮工房として仕事をしていたはずだが。

 レオンがにこやかに声をかける。


「マルタ、様子を見に来たの?」


「ええ」


 マルタは淡々と言いながら、レイナルドを見た。


「……ぼろぼろですね」


「ええまあ……」


「まあでも意外とやってるよ。なんせ倒れてないし」


「確かにな。意外と」


「意外と体力あるんですね」


「皆さん意外とって言いすぎじゃないでしょうか…」


 ささやかな抵抗に、レオンが腹を抱えて笑った。その間にも、マルタの視線はレイナルドへ向いたままだった。


「立てますか」


「え?」


「足」


 言われて気づく。さっき転んだ拍子に少し捻ったらしい。


「だ、大丈夫です」


「嘘ですね」


 即見抜かれた。マルタは当然のように近づいてくる。


「見せてください」


「いや本当に平気ですって」


「平気な人はそんな顔しません」


 しゃがみ込まれる。

 ぐっと距離が近づいて、レイナルドの心臓が変な音を立てた。


「っ」


「腫れてますね」


 ひやり、と足首へ触れられる。反射で肩が跳ねた。


「痛いですか」


「い、いや、そうじゃなくて……」


「?」


 本気で分かっていない顔だった。

 アレクシスがそれを見て、ふっと笑う。


「なるほど」


「何ですか」


「いや」


 アレクシスは木剣を下ろした。


「確かに、分かりやすい男だ」


「えっ」


「え?」


 マルタまで首を傾げる。

 レオンが盛大に吹き出した。


「だよねぇ!!!!」




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