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ガラスの靴をご所望ですか?  作者: 夢幻
ガラスの靴はもういらない

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 レイナルドの体調も落ち着いた頃には、窓の外はすっかり夕暮れ色になっていた。

 食堂へ向かう途中、屋敷の空気がいつもより少し張っていることに気づく。使用人たちの足音は静かで、廊下を行き交う護衛の数も多い。

 やはり今日のことは、アルノー家にとってもただ事ではないのだ。


 少し緊張しながら食堂へ入ると。


「やあ坊っちゃん!」


 ぱっとレオンが笑顔を浮かべた。


「今日はご苦労様。美味しいお肉食べようね」


「え、あ、ありがとうございます……」


 温度差がすごい。

 レイナルドが戸惑っていると、エレノアもふわりと微笑んだ。


「全くやぁねえ、品のない人たちって。マルグリットを守ってくれてありがとうね」


「い、いえ、あの……」


 そんな風に言われると余計困る。


「何もできなかったので……」


「気にするな」


 低い声でヴァンスが言った。


「出来ないことは、出来るようになればいい」


 重々しい声音なのに、不思議と責める響きはない。レイナルドは少し目を丸くした。


「……はい」


 胸の奥がじわりと熱くなる。


 怖かった。本当に怖かった。それでも、アルノー家の人たちは「情けなかったな」とは言わない。そのことが、妙に嬉しかった。

 席につこうとして、ふと気づく。


「あの……?」


「ああ、マルグリットなら今工房よ」


 エレノアがさらりと答えた。


 レイナルドは目を見開く。


「工房!?」


「ええ」


「危険じゃないんですか!?」


「危険だから家にいなさいって言ったんだけどねぇ」


 エレノアが困ったように笑う。


「仕事ができないって暴れるのよ、あの子」


「暴れるって」


「必要なものを護衛付きで取りに行ったわ」


 何というか、マルタらしい。

 だがレイナルドの胸はまだざわついたままだった。もしまた何かあったら?今度レオンが間に合わなかったら?無意識に拳を握る。

 するとヴァンスが静かに口を開いた。


「マルグリットが家で仕事をすると言うことは、だな」


「……?」


「君には時間が空く」


 嫌な予感がした。

 ヴァンスの隣で、レオンがにっこり笑う。


「護身術、やってみようか!」


「……はい?」


 思わず間抜けな声が出た。

 レオンは楽しそうだ。


「いやぁ今日見て思ったんだよねぇ。坊ちゃん、ちゃんと前に出られるじゃない」


「そ、それは……」


「でも完全に素人」


「うっ」


 否定できない。


「だから最低限覚えよう。掴まれた時の外し方とか、逃げ方とか」


「逃げ方……」


「大事だよぉ?」


 レオンは頬杖をつく。


「別に坊ちゃんを最強騎士にするわけじゃないんだから」


「なら安心ですね……」


「ただし講師は超一流!」


 嫌な予感が増した。

 レオンがにこりと笑う。


「アレクシス」


「…………え?」


 固まる。

 あのアレクシス・デュノワが?元婚約者で、貴族として完成されていて、落ち着いていて、妙に気まずいあの人が?


「え、いや、何で……」


「頼んだら承諾してくれた」


「何でですか!?」


「知らない」


 絶対知っている顔だった。

 ヴァンスが淡々と言う。


「適任だ。伊達に騎士家系ではない」


「騎士、ですか……それは適任でしょうけど……」


 レイナルドは頭を抱えたくなった。何というか、気まずい。マルタと並んでも違和感のない人に、自分が教わるというのが。


 そんなレイナルドを見て、レオンが吹き出した。


「坊ちゃん顔に出すぎ」


「出してません!」


「出てる出てる」


「いやでも」


 レイナルドは小さく視線を落とした。


「僕にできるんでしょうか」


 今日だって結局、震えて、倒れた。あんな風に格好悪く気絶してしまったのに。

 るとヴァンスが静かに答える。


「向いている必要はない」


 レイナルドが顔を上げる。


「生き残るために覚えろ」


 短い言葉だった。けれど、それは不思議と胸へ落ちた。

 レオンも珍しく真面目な顔で頷く。


「坊ちゃんさぁ、今日怖くても前に出たでしょ」


「……はい」


 レオンは優しく笑った。


「なら十分筋がいいよ」


 その言葉に、レイナルドは少しだけ目を見開いた。褒められると思っていなかった。認められることにも、まだ慣れない。


「……頑張ります」


 小さくそう言うと、レオンは満足そうに笑った。


「よしよし」


「じゃあ明日から?」


「いや、明後日かなぁ。明日は坊っちゃん筋肉痛になるから」


「まだ何もしてませんけど!?」


「なるよ?」


「何故言い切れるんですか」


 食堂に小さな笑い声が広がる。

 その温かさに包まれながら、レイナルドはふと胸の奥を押さえた。


 怖かった。怖かったから。もしまた同じことが起きても、今度はちゃんと立っていられるようになりたい。


 そう、思った。




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