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アレクシスがアルノー家へ顔を出したのは、工房を訪れたそのすぐ後だった。
「おや」
応接間へ客がきている、と通されたレオンはソファへ腰掛ける友人を見て目を丸くする。
「珍しい。君から来るなんて」
「近くまで来たついでだ」
「ふぅん?」
絶対嘘だな、と顔に書いてある。アレクシスは無視して紅茶へ口をつけた。
「それで?」
レオンは向かいへどかりと座る。
「工房見てきたんでしょ」
「……ああ」
「どうだった?」
アレクシスは数秒黙った。
工房の空気を思い出す。変わらない革の匂いに工具の音。そして、ごく自然に隣へ立っていた青年。
「妙だった」
「へえ」
「両方な」
レオンの口元がにやりと上がる。
「詳しく」
「嫌だ」
「ケチ」
即答だった。レオンは楽しそうに笑いながら紅茶を飲む。
「マルグリットのことだから、気に入らないなら近くにも置かないと思ったんでしょ」
「……ああ」
事実だ。
マルグリット・アルノーは昔から他人へ無頓着だった。必要なら関わるし、不要なら切る。曖昧に人を置く性格ではない。
だからこそ。
「随分近くへ置いていた」
ぽつりとアレクシスは言った。
「ほう?」
「工房の空気に入れるのを嫌がっていない」
「おおー」
レオンが完全に面白がっている。アレクシスは少し眉を寄せた。
「お前、分かっていて煽ってるだろう」
「もちろん」
「性格が悪いな」
「知ってる」
昔から変わらずの返答だった。アレクシスは小さく息を吐く。
「だが……悪くないと思った」
「坊ちゃんが?」
「ああ」
工房でのレイナルドを思い出す。荷を運び、道具を渡し、マルタの短い指示に自然と応じていた姿。ぎこちなさはある。だが無理に取り繕っている感じは薄かった。
「あの工房に馴染んでいた」
「へえ」
「マルグリットも、あれで随分気を許している」
「うんうん」
「……自覚はないが」
そこまで言って、アレクシスは紅茶を置いた。
「……マルグリットは昔からそうだ。放っておけないものを拾い上げてくる」
アレクシスの言葉に、レオンは懐かしそうに目を細めた。
「ああ、子供の頃に道端でボロボロの靴を拾ってきたことがあったねぇ。誰が捨てたかもわからない、泥だらけの片方の靴」
「あいつはそれを、屋敷の犬の傷を見た時と同じ目で見つめていた。……そして、完璧に直してみせた」
「そうだね。坊っちゃんも、彼女にとってはあの時の靴と同じなんじゃない?……ボロボロで、今にも壊れそうで、でも直せば美しく歩けるはずだと、あの子は確信しているんだ」
いつになく真剣なレオンに、アレクシスも姿勢を整える。が。
「ほんっと面白い!!」
「笑い事か」
「だってあのマルグリットだよ?」
人付き合いが下手で無愛想で。ガードが固い。
「でもさぁ」
レオンが頬杖をつく。
「坊ちゃんも相当だよね」
「……ああ」
「今日どうだった?」
アレクシスは少し考える。
自分を何と名乗ればいいのか分からず、言葉に詰まっていた顔。マルタと並ぶ自分を見て、僅かに沈んだ表情。
「分かりやすい男だった」
「ははっ!」
レオンが腹を抱えて笑う。
「やっぱり!?いやぁ坊ちゃん可愛いんだよねぇ!」
「お前、本当に保護者みたいだな」
「実際そんな感じだし」
さらりと言う。アレクシスは少しだけ目を細めた。
「彼、自分を低く見積もりすぎているな」
笑っていたレオンが、一瞬だけ静かになる。
「……まあね」
「貴族の教育を受けていないから仕方ない部分もあるが、それ以前の問題だ」
「坊ちゃんだからなぁ」
「?」
レオンは少し肩をすくめた。
「自己評価が地の底」
「そうなのか」
「だからマルグリットに、ここにいていいってされるだけで、たぶんかなり救われてる」
アレクシスは黙った。
工房でのレイナルドの顔を思い出す。「助手です」、そう紹介された時の、あの顔。
「……そうかもしれないな」
「でしょ?」
レオンはにこにこしている。
「まあでも」
「?」
「マルグリットも大概なんだよねぇ」
「分かりやすい割りにな」
「自覚がない」
「自覚がない」
二人同時だった。
沈黙。そして。
「……面倒だな」
「でも面白いよ?」
「お前だけだ」
アレクシスが呆れたように言うと、レオンは楽しそうに笑った。
その後も談笑を楽しみ、帰る支度を始めたアレクシスは思い出したように振り返った。
「グランヴィル家だが、なにやらきな臭い動きがある。注意した方がいいかもしれない」
「きな臭い?」
「使用人を町に何人もやったかと思えば、いい噂の聞かない貴族家に出入りしている。何がしたいのか分からん」
「うーん、硝子の靴の娘探しを諦めてエリザベス嬢のお婿さん探しとか?」
「楽観的すぎる」
「冗談だよ。…少し、気を付けておく」
「ああ。また何かあれば頼れ」
「いやん素敵、私が君にいい女の子絶対見つけてあげるからね」
「本当に要らない」
軽口を叩きあって別れの挨拶を済ませた後、レオンは顔を引き締めた。
「まだ何かするのか、グランヴィル家」
応接間へ落ちた沈黙は、先ほどまでの軽口を嘘みたいに冷やしていた。




