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ガラスの靴をご所望ですか?  作者: 夢幻
ガラスの靴はもういらない

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24/30

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 アレクシスがアルノー家へ顔を出したのは、工房を訪れたそのすぐ後だった。


「おや」


 応接間へ客がきている、と通されたレオンはソファへ腰掛ける友人を見て目を丸くする。


「珍しい。君から来るなんて」


「近くまで来たついでだ」


「ふぅん?」


 絶対嘘だな、と顔に書いてある。アレクシスは無視して紅茶へ口をつけた。


「それで?」


 レオンは向かいへどかりと座る。


「工房見てきたんでしょ」


「……ああ」


「どうだった?」


 アレクシスは数秒黙った。

 工房の空気を思い出す。変わらない革の匂いに工具の音。そして、ごく自然に隣へ立っていた青年。


「妙だった」


「へえ」


「両方な」


 レオンの口元がにやりと上がる。


「詳しく」


「嫌だ」


「ケチ」


 即答だった。レオンは楽しそうに笑いながら紅茶を飲む。


「マルグリットのことだから、気に入らないなら近くにも置かないと思ったんでしょ」


「……ああ」


 事実だ。

 マルグリット・アルノーは昔から他人へ無頓着だった。必要なら関わるし、不要なら切る。曖昧に人を置く性格ではない。

 だからこそ。


「随分近くへ置いていた」


 ぽつりとアレクシスは言った。


「ほう?」


「工房の空気に入れるのを嫌がっていない」


「おおー」


 レオンが完全に面白がっている。アレクシスは少し眉を寄せた。


「お前、分かっていて煽ってるだろう」


「もちろん」


「性格が悪いな」


「知ってる」


 昔から変わらずの返答だった。アレクシスは小さく息を吐く。


「だが……悪くないと思った」


「坊ちゃんが?」


「ああ」


 工房でのレイナルドを思い出す。荷を運び、道具を渡し、マルタの短い指示に自然と応じていた姿。ぎこちなさはある。だが無理に取り繕っている感じは薄かった。


「あの工房に馴染んでいた」


「へえ」


「マルグリットも、あれで随分気を許している」


「うんうん」


「……自覚はないが」


 そこまで言って、アレクシスは紅茶を置いた。


「……マルグリットは昔からそうだ。放っておけないものを拾い上げてくる」


アレクシスの言葉に、レオンは懐かしそうに目を細めた。


「ああ、子供の頃に道端でボロボロの靴を拾ってきたことがあったねぇ。誰が捨てたかもわからない、泥だらけの片方の靴」


「あいつはそれを、屋敷の犬の傷を見た時と同じ目で見つめていた。……そして、完璧に直してみせた」


「そうだね。坊っちゃんも、彼女にとってはあの時の靴と同じなんじゃない?……ボロボロで、今にも壊れそうで、でも直せば美しく歩けるはずだと、あの子は確信しているんだ」


 いつになく真剣なレオンに、アレクシスも姿勢を整える。が。


「ほんっと面白い!!」


「笑い事か」


「だってあのマルグリットだよ?」


 人付き合いが下手で無愛想で。ガードが固い。


「でもさぁ」


 レオンが頬杖をつく。


「坊ちゃんも相当だよね」


「……ああ」


「今日どうだった?」


 アレクシスは少し考える。


 自分を何と名乗ればいいのか分からず、言葉に詰まっていた顔。マルタと並ぶ自分を見て、僅かに沈んだ表情。


「分かりやすい男だった」


「ははっ!」


 レオンが腹を抱えて笑う。


「やっぱり!?いやぁ坊ちゃん可愛いんだよねぇ!」


「お前、本当に保護者みたいだな」


「実際そんな感じだし」


 さらりと言う。アレクシスは少しだけ目を細めた。


「彼、自分を低く見積もりすぎているな」


 笑っていたレオンが、一瞬だけ静かになる。


「……まあね」


「貴族の教育を受けていないから仕方ない部分もあるが、それ以前の問題だ」


「坊ちゃんだからなぁ」


「?」


 レオンは少し肩をすくめた。


「自己評価が地の底」


「そうなのか」


「だからマルグリットに、ここにいていいってされるだけで、たぶんかなり救われてる」


 アレクシスは黙った。

 工房でのレイナルドの顔を思い出す。「助手です」、そう紹介された時の、あの顔。


「……そうかもしれないな」


「でしょ?」


 レオンはにこにこしている。


「まあでも」


「?」


「マルグリットも大概なんだよねぇ」


「分かりやすい割りにな」


「自覚がない」

「自覚がない」


 二人同時だった。


 沈黙。そして。


「……面倒だな」


「でも面白いよ?」


「お前だけだ」


 アレクシスが呆れたように言うと、レオンは楽しそうに笑った。

 その後も談笑を楽しみ、帰る支度を始めたアレクシスは思い出したように振り返った。


「グランヴィル家だが、なにやらきな臭い動きがある。注意した方がいいかもしれない」


「きな臭い?」


「使用人を町に何人もやったかと思えば、いい噂の聞かない貴族家に出入りしている。何がしたいのか分からん」


「うーん、硝子の靴の娘探しを諦めてエリザベス嬢のお婿さん探しとか?」


「楽観的すぎる」


「冗談だよ。…少し、気を付けておく」


「ああ。また何かあれば頼れ」


「いやん素敵、私が君にいい女の子絶対見つけてあげるからね」


「本当に要らない」


 軽口を叩きあって別れの挨拶を済ませた後、レオンは顔を引き締めた。



「まだ何かするのか、グランヴィル家」


応接間へ落ちた沈黙は、先ほどまでの軽口を嘘みたいに冷やしていた。




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