表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガラスの靴をご所望ですか?  作者: 夢幻
ガラスの靴はもういらない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/30

20

 翌朝、レイナルドは寝不足だった。理由は明白である。

 昨夜、部屋に戻ってからも何度も何度もマルタの赤い耳と、最後の小さな笑みが脳裏に蘇ったせいだ。


「……何で思い出すんだ……」


 鏡の前でひとり呻く。顔を洗ってもすっきりしない。むしろ寝不足で目の下が少し重い。

 ただでさえこの家に来てから情報量が多いのに、今はそこへ意味の分からない胸のざわつきまで加わっている。

 落ち着かないにも程があった。


 深いため息をつき、レイナルドは食堂へ向かった。





    ◇◇◇





 食堂へ入った瞬間、レイナルドは踵を返したくなった。


「おはようございます、レイナルドさん!」


 朝から妙に元気なエレノア。


「おはよう、坊ちゃん」


 にこにこしているレオン。


「……おはよう」


 珍しく新聞を置いているヴァンス。

 嫌な予感しかしない。


「お、おはようございます……」


 恐る恐る席につく。

 マルタはまだ来ていないらしい。少しだけほっとしてしまい、自分で自分に困惑した。


 するとエレノアが早速楽しげに口を開く。


「昨日は随分仲良くお買い物していたんですって?」


「っ!?」


 危うく紅茶を噴きそうになった。


「誰情報ですか!?」


「いろんな人」


「情報網が怖い!」


 レオンがくすくす笑う。


「いやあ、でも当然だよね」


「何がですか……」


「君たち、そろそろ色んなことを考えた方がいいんじゃない?」


 レイナルドの動きが止まる。


「……は?」


「そうだな」


 ヴァンスがこちらをしっかり見つめて相槌をうつ。

 やめてほしい。その重々しい相槌は本当にやめてほしい。


「いや待ってください、何の話ですか」


 レイナルドが引きつった顔で問うと、エレノアがきょとんと瞬いた。


「あら?だって貴方たちずっと二人きりでしょう?」


「ぶっ」


 今度こそ咽せた。


「硝子の靴を作っている頃からずーっとよねえ?」


「え、いや、あの、それは仕事で……!」


「密室で」


「工房です!」


「二人で」


「靴作ってたんです!!」


「そのあと舞踏会で踊って」


「うっ」


「帰りは夜の馬車で」


「ううっ」


「そのまま同居」


 積み上げられるとひどい。レイナルドは真っ赤になって机へ突っ伏した。


「不可抗力です!」


「そうだったとしても、だ」


 レオンが涼しい顔で紅茶を飲む。


「君たち、ずっと二人きりだったでしょう」


「だから仕事ですってば!」


「へえ」


「その“へえ”やめてください!」


 絶対面白がっている。

 エレノアなんてもう完全に微笑ましいものを見る目だ。ヴァンスは相変わらず無表情だが、止める気配がない時点で同類である。


「いやでも」


 レオンが頬杖をつく。


「世間的には普通に勘ぐっちゃうよね」


「勘ぐらないでください!」


「私に言われてもなぁ」


 レイナルドは思わず頭を抱えた。確かにずっと一緒にいた。工房でも、舞踏会でも、逃亡でも、その後も。

 でもそれはそういう意味ではなく。


 ……なく?


 そこで昨夜のマルタの顔が脳裏に浮かんでしまい、レイナルドは勢いよく首を振った。

 駄目だ。思い出すな。余計混乱する。


 その時。


「朝から騒がしいですね」


 静かな声と共に食堂の扉が開いた。レイナルドの肩がびくりと揺れる。

 入ってきたマルタはいつも通りだった。淡々とした顔。きっちりまとめた髪。平然とした足取り。

 昨夜を思い出しているのはどうやらレイナルドだけらしく、その事実に少しだけ勝手に傷つく。


「おはようございます」


「お、おはようございます……」


 何故かぎこちなくなる。

 マルタは不思議そうに瞬きをしたあと、席についた。


「何の話ですか」


「責任問題」


 レオンが即答する。マルタの動きが止まった。


「……は?」


「君たちそろそろ婚約でもおかしくないよねって話」


 沈黙。

 レイナルドの顔が一気に熱くなる。


「ちょ、ちょっとレオン様」


「何」


「何じゃありません!」


 マルタの耳がみるみる赤くなっていく。

 それを見た瞬間、レイナルドの心臓がどくんと跳ねた。


 昨日も思った。

 この人、こんな顔するんだ、と。


 普段あんなに平然としているくせに、耳だけ赤くなるのがずるい。見てはいけない気がするのに、目が離せない。


「……別に、そういう話では」


 珍しく歯切れ悪くマルタが言う。

 その声まで少し変で、レイナルドはますます落ち着かなくなった。

 レオンがにやにやしている。


「え、違うの?」


「違うとかではなく」


「嫌なの?」


「そういう話をしてるんじゃないです」


「ふうん」


 絶対楽しんでいる。

 レイナルドはいたたまれなくなって口を開いた。


「あ、あの!」


 全員の視線が集まる。やめてほしい。


「僕は、その……」


 何を言えばいい。頭の中がぐちゃぐちゃだった。


 婚約。責任。マルタ。


 自分なんかが、という思考が真っ先に浮かぶ,だが同時に、嫌だとも思えなかった。むしろ少し嬉しいと思ってしまった自分がいて、それが一番混乱する。


「……僕は、嬉しいですけど」


 言ってから、自分で固まった。何を言っているんだ。だがもう止まらない。


「でも、あなたは……」


 自然と視線がマルタへ向く。


「迷惑じゃ、ないんですか」


 食堂が静まった。マルタが目を見開いている。 

 その顔を見て、レイナルドは急激に後悔した。


 違う。こんな空気にしたいわけじゃない。困らせたいわけじゃないのに。


「……っ、すみません、変なことを」


 逃げるように立ち上がる。


「ちょっと空気吸ってきます!」


「あ、坊ちゃん」


 レオンの声も振り切って、レイナルドはそのまま食堂を飛び出した。





    ◇◇◇





 食堂の扉が閉まる。


 数秒の沈黙のあと、レオンがとうとう吹き出した。


「いやあ、面白い」


「兄上うるさいです」


 マルタは即答したが、耳の熱が引かない。

 エレノアはそんな娘を見て、ふふ、と肩を揺らした。


「若いわねえ」


「茶化さないでください」


「茶化してないわよ?」


 にこにこしている。 絶対楽しんでいる。

 マルタは紅茶へ口をつけた。落ち着こうとしたのに、妙に熱くて飲みにくい。

 ヴァンスがぼそりと言う。


「……分かりやすい」


「父上まで何なんですか」


「別に」


 全然別にではない。レオンなんて完全に面白がっている顔だ。


 マルタは深々と息を吐いた。


 落ち着かない。レイナルドに婚約だの責任だの向けられた時より、その後の言葉の方が妙に残っている。


『僕は嬉しいですけど、あなたは……』


 自分のことより先に、こちらを気にするみたいな声。普通そこは自分の保身ではないのか。責任だ何だと言われたら、困るとか、嫌だとか、まずそういう話になるものではないのか。


 なのにあの人は、真っ先にこちらを見た。その顔を思い出すと、また耳が熱くなる。


「……」


 マルタは無言でカップを置いた。何なんだろう、これは。

 放っておけないとは思っていた。最初から妙に危なっかしくて、無理をして、平気な顔で傷だらけの足を隠す人だったから。

 だから助けた。


 ……助けた?


 舞踏会の夜を思い出す。石段へ靴を投げ捨てた姿。裸足のまま逃げようとした背中。


 腹が立った。


 どうしてそこまで雑に扱うのか、と。

 どうして誰も止めなかったのか、と。


 気づけば手を掴んでいた。逃がさないように。


「……」


 そこで思考が止まる。逃がしたくなかった?何故?マルタは真剣に考え込んだ。


 数秒後。


「……まさか」


「何その顔」


「私、虐げられている人を助けるのが好きなんでしょうか」


 ぶふっ、とレオンが盛大に吹き出した。エレノアが顔を覆って震えている。ヴァンスは新聞を下ろし、静かに娘を見た。


「違うと思うが」


「違います?」


「多分な」


 マルタは眉を寄せた。


 では何なのか。分からない。本当に分からない。ただ一つだけ分かるのは。


 今さらグランヴィル家へ返す気は、全くないということだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ