表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガラスの靴をご所望ですか?  作者: 夢幻
ガラスの靴はもういらない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/30

18

 翌朝。


 レイナルドは朝から妙にそわそわしていた。


 理由は分かっている。

 今日はエスコートの実地訓練とやらで、マルタとともに街へ出ることになっているからだ。


 訓練と言われても不安しかない。

 何せ昨日まで廊下で歩かされ、音楽室で踊らされ、椅子の座り方まで矯正されたのだ。これ以上何をさせるつもりなのか。


 食堂で紅茶を飲みながら沈んでいると、エレノアが上機嫌で現れた。


「まあ、二人とも支度は済んだの?」


「済みました」


 マルタが淡々と答える。


 レイナルドも一応頷いた。

 今日は濃紺の上着に明るい灰色のベスト、黒の細身のズボンという、いかにも貴族の若者らしい格好をさせられている。鏡を見るたび未だに落ち着かない。


 エレノアはそんな二人を見比べ、満足そうに手を叩いた。


「うんうん、いいじゃない。見違えたわ」


「……そうですか」


「これならどこに行っても大丈夫ね」


「ありがとうございます…」


「あら、本当よ?」


 にこにこと笑うエレノアに、褒められている気が全くしない。

 その横でマルタは平然とパンを齧っている。助け舟は期待できそうにない。


 エレノアはレイナルドの襟元をぐいと整えながら、ふふ、と声を潜めた。


「社交界の奥様方が見たら放っておかないでしょうねえ」


「母上」


 マルタが即座に止める。


「余計なことを吹き込まないでください」


「はいはい」


 軽く受け流される。

 そこへヴァンスが無言で一通の封筒を差し出した。


「え」


 レイナルドが受け取ると、中には数枚の紹介状らしきものが入っていた。


「馴染みの店に話は通してある」


「……話?」


「アルノー家の客人としてだ」


 短い説明に、レイナルドはぱちぱちと瞬く。


「うちの名で入る。遠慮するな」


「は、はあ……」


 遠慮するなと言われても遠慮しかない。


 エレノアがにっこり笑った。


「堂々としてなさいな。変におどおどしてると、こちらが連れて歩く甲斐がないでしょう?」


「連れて歩く甲斐って」


「冗談よぉ」


 多分冗談ではない。

 レイナルドが焦っていると、後ろでレオンが肩を震わせていた。


「いいねえ、楽しい空気だ」


「兄上、黙ってください」


「はーい」


 誰も止まらない。

 レイナルドは朝からどっと疲れを感じながら席を立った。

 嫌な予感しかしない。





     ◇◇◇





 王都の街は今日も賑わっていた。

 石畳を行き交う馬車、人、人、人。

 呼び込みの声、店先に並ぶ花や果物、焼き菓子の匂い。


 その雑踏の中で、マルタは迷いなく歩いていく。


「遅いです」


「待ってください、人多いんですって」


「そういう時こそ前を歩く」


 振り返りもせず言われる。

 レイナルドは慌てて歩幅を広げた。昨日の特訓を思い出し、肩を開いて、目線を上げる。道の真ん中を歩く意識。……難しい。


「で、今日は何をするんですか」


「買い出しと、注文靴の確認と、ついでに実地訓練」


「ついでが重い!」


 思わず声が裏返った。

 マルタはそんなことお構いなしに、すっと右手を差し出してくる。


「人が多いので」


「……え」


「女性を安全に通す時は?」


「…………手を貸す」


「正解」


 淡々と促され、レイナルドはぎこちなくその手を取った。


 マルタの指先は相変わらず少し硬い。職人の手だ。

 だがそこに意識を向ける余裕もなく、レイナルドは周囲の視線が気になってたまらなかった。


「変じゃないですか」


「変です」


「変なんだ!?」


「肘が引けてます」


「どうしろと」


「自然に」


「その自然が分からないんですが」


 容赦がない。


 何とか手を支えながら人混みを抜ける。

 だが一軒目の帽子店に着いた瞬間、店員の女性がぱっと顔を輝かせた。


「まあ、アルノー伯爵家からのお客様ですね」


 レイナルドが固まる。


「……え」


「奥様から伺っております。例の青年の方ですね」


 例の青年。

 何だその不穏な呼ばれ方は。


 隣でマルタが平然と帽子を見始める。


「兄上か母上ですね」


「いやいやいや待ってください何を伺ってるんですか!?」


「知りません」


「知らないで済ませます!?」


 店員はにこにこしているだけで何も教えてくれない。だが明らかに「何か」は聞いている顔だった。


 帽子店を出たあとも同じだった。


 手袋店。

 文具店。

 馴染みの菓子店。


 どこへ行っても、


「まあ、アルノー家の」 「お話は聞いております」 「どうぞごゆっくり」


 この反応。

 レイナルドは店を出るたびに青ざめていった。


「……何を話したんでしょうエレノア様」


「母上はお茶会でよく喋ります」


「嫌な情報ありがとうございます!」


「でも多分悪いようには言ってません」


「そこが余計怖いんですけど」


 悪意がないのが一番怖い。

 レイナルドが頭を抱えていると、マルタは小さく首を傾げた。


「何がそんなに嫌なんですか」


「嫌というか…怖いんですよ」


「?」


「僕が知らないところで僕の話が広がってるの怖いでしょう普通!」


「そうですか」


 そうですか、で済ませないでほしい。

 だがマルタは本当に不思議そうな顔をしただけだった。

 助けていただいている身の上ではあるが、この家の人間は全員ちょっとおかしい。




 そうこうするうちに、最後の目的地らしい仕立て店へ入る。

 上質な布がずらりと並ぶ店内で、恰幅のいい店主が恭しく頭を下げた。


「お待ちしておりました、マルグリット様、レイナルド様」


 名前まで知られている。もう駄目だ。

 レイナルドは遠い目になった。


「こちら、レイナルド様に似合いそうな春物をいくつか」


「ありがとうございます…」


 店主はレイナルドの様子を気にしているのかいないのか、にこやかに布地を広げている。

 若草、ラベンダー、ライトグレーに、ブラック。

 レイナルドはそっとマルタに尋ねた。


「春物って、こういう色も使うんですか?」


「あまりそういうイメージはないですね。もう少し明るめでは」


「やっぱり?」


 囁きあう二人に何を思ったのか、店主はより笑みを深くしてラピスラズリの布地をだした。


「こちら、刺繍も承っておりまして。この色に銀糸で刺繍をしても映えるかと」


 このように、と見本でだされた刺繍は確かに美しかった。が、見ているとなんとなく連想する人がいる。

 隣を見ると、マルタは平然と布地を指先で確かめていた。


「この色で」


「ちょっと待ってください」


「似合いそうなので」


「今それどこれでは…」


「合いませんか?」


 マルタが布を持ち上げる。

 深い青紫。銀糸を入れれば夜空のように光を弾くだろう。


 そして何より、その色は。


 レイナルドは思わずマルタの瞳を見た。

 灰色。だが光の加減によって、時折ほんのり青みを帯びる。

 この色によく似ている。


 マルタはそんな視線に気づきもせず、引き続き真剣な顔で布地を確かめていた。


 そういうことでは、と言いたいのに、店主が「お似合いになりますとも」と満面の笑みで畳みかけてきて、レイナルドは完全に言葉を失った。


 何だこれ。何なんだ本当に。


 けれど。


 そんなふうに思いながらも、隣で当然のように自分の上着を選ぶマルタを見ていると、胸の奥が少しだけ妙に落ち着かない熱を持つ。


 逃げたいのか、嬉しいのか、自分でも判別がつかなかった。


 ただ一つ確かなのは──


 多分もう、遅いのかもしれないということだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ