44.気になるデート(後編)
新学年になり、アイリーンはクラス一のままだった。クラス一にはノエルをはじめ、イブライム、ジョアキナといつものメンバー。もちろんヘレンもいた。二人くらい、入れ替わったらしい。
ノエルから月雲の芝居のチケットを手に入れたという報告があったのは、長夜の月に入ってから数日経った頃。それは長期休暇に入っての初日の回。楽しみね、というノエルは幸せそうな笑顔を浮かべていた。
実は、アイリーンにも関係者だからということで、公開初日のチケットが送られてきたのだが、学院のパーティの日とかぶってしまったため、そのチケットはノエルの母親に譲ることにした。きっと今頃、姉弟で仲良く芝居を見ているに違いない。
そしてアイリーンは、打ち上げパーティに出席していた。もちろんイブライムがエスコート。思っていたよりも悪くないと感じたのは、イブライムに対する感情がかわったからだろうか。悪くないまま、パーティが終わった。
パーティが終われば、次の楽しみは月雲の芝居。ノエルとの待ち合わせはいつもの噴水の前なのだが、アイリーンがノエルを見つけて小走りで近づくと、そこにはイブライムとジョアキナもいた。
「ダブルデートよ」
ノエルが左手を腰に当て、右手でピースを作り、アイリーンに言った。多分、イブライムもジョアキナも知っていたのだろう。知らなかったのは、アイリーンだけ。ちょっと悔しいような気もするが、先にノエルがジョアキナの腕に自分の腕をからめて楽しそうに歩き出したため、イブライムに差し出されたその手をとった。
「一緒とは、聞いていませんでした」
「オレと一緒は不満か?」
「そういうわけではありませんが」
「リーンを芝居に誘いたいってエルに言ったら、リーンが好きそうな芝居をやるっていうからチケットをお願いしていたんだよ」
「エルは私に。チケットを取っておくから、と言っていました。一緒に行こうって。まあ、嘘はついていませんが、騙されたような感じがするのはなぜでしょう」
「なぜだろうね」
そこでイブライムはふふっと笑った。劇場に着くと、やはり二組に分かれた。ノエルがとったチケットはボックス席らしい。しかも二席も。
「リーン。劇場に護衛はいない」
席についた途端、イブライムが言った。
「だから、リーンと芝居を見に来たかった。これなら、デートになるだろ?」
そういうことか、とアイリーンは思った。思ったけれど、気の利いた返事はできない。ただ、そこまでして二人きりのデートを考えてくれたイブライムの気持ちは、正直嬉しい。
「はい」
嬉しすぎて、そうやって返事するのでせいいっぱいだった。うん、嬉しすぎるんだけど、見る芝居がこの月雲ってどうなんだ? という気持ちもある。
開演までにはまだ少し時間があった。飲み物を頼んで、それを飲みながら待つ。
「リーンからもらった本だが。あまりにも続きが気になって母から原作を借りてしまった」
思わず飲み物を吹き出すところだった。まさか原作にまで手を出すとは。よくあることではあるが。そしてユミエーラもよく貸したものだと思う。イブライムがどのように頼んだのか、その場面を見てみたいような気もしたが。
「その、どうでしたか?」
思わず感想を聞いてしまった。
「まあ、そうだな。ちょっとリーンが描いたものと雰囲気が違うような気もしたが、まあ、話の流れとしては面白かった。今日の芝居も、原作を元にした内容とは聞いているが」
「そうですね。とても楽しみですね」
あまりベラベラ喋ってしまうと、妄想と本音がポロリとこぼれてしまうので、無難な言葉を返しておいた。
そしてイブライムからオペラグラスを渡された。ここからの舞台は、どのように見えるのだろうか。まだ幕の上がっていない舞台をオペラグラスで覗いてみる。
「何か、見えるか?」
イブライムの声はなぜか楽しそう。
「幕しか見えません」
答えたら、腕をぐいっと引っ張られてしまった。そのままバランスを崩して、尻もちをついた先がイブライムの膝の上。
「あの、イブ様?」
「特等席」
なんという特等席だろうか。イブライムの膝の上。立ち上がろうとしたら、腕を掴まれその場から逃げることができない。後ろから両腕を回され、アイリーンのお腹の前でそれが組まれている。がっちりホールド。
「そろそろ幕が上がる。ここからでも充分見えるだろう?」
「はい、見えますが」
「座り心地が悪いのか?」
「そんなことはありません」
「護衛は誰もいないぞ?」
「そうですけど」
「せっかく二人きりなれたのだから、オレはリーンを離したくない」
そうか、護衛がいなくて二人きりになってしまうとこんな弊害が出てしまうのか。アイリーンはあきらめて、そこからオペラグラス片手に芝居を見ることにした。
だが、芝居が始まってしまえば、アイリーンはその世界にのめり込んでしまう。自分がどこの座っているのかを忘れてしまうほど。背中に温もりを感じるが、その温もりが鑑賞を邪魔するようなことはしなかった。
芝居の内容も原作に配慮しつつも全年齢対象の内容。ラブよりもファンタジー要素が強めになっているが、それでも大好きな月雲の世界。いつもは脳みその中で動いていたキャラクターたちが目の前で動いているのも不思議な気分だった。ストーリーの大まかな流れは知っているはずなのに、ハラハラが止まらない。それだけ役者がキャラクターになりきっているし、物語の世界観の再現度も高いのだ。
クライマックスのシーンでは、知らぬうちに涙が流れていた。わかってる、この後どうなるか。原作を読んでるから。それでも涙が止まらなかった。それだけ、このお芝居は良かった。
そんなに感情を揺さぶられたなか、ふと現実に引き戻されたのは、その幕が下がりカーテンコールも終わり、会場が次第に明るさを取り戻した時。
後ろからお腹の方に回されていたイブライムの手に力が入ったのを感じた。アイリーンがそこから逃げ出すのを阻止しているような。そして、ことりと背中に彼の頭がぶつかったのを感じた。
アイリーンは首を動かし、イブライムの方に顔を向ける。
「イブ様? どうかなさいましたか?」
顔を向けたのはいいが、頬には乾いた涙の痕がある。できることなら、見られたくないのだが、イブライムの様子がおかしい。
「終わってしまったな。だけどオレは、リーンを手放したくない。だから、この手を離すのが惜しい」
「ええと、私はどこにも行きませんよ?」
イブライムがふと顔をあげた。アイリーンと視線が合う。イブライムは彼女を抱きしめていた腕の片方を外して、その頬の涙の乾いた跡に触れた。
アイリーンは何か言おうと口を開いたが、そこから言葉が紡ぎ出されることはなかった。
ただ、この後二人がどうなったかは、護衛もいない場所であるため誰も知らないし、ユミエーラの耳に届くこともなかった。
いつも読んでくださりありがとうございます。
あと一話で完結です。
最後までお付きあいいただければと思います。





