43.気になるデート(前編)
今日は朝からそわそわとしている。なぜならば、月雲の漫画版が発売される日だからだ。今日はノエルと一緒に書店に向かう約束をしていた。
待ち合わせはいつもの噴水前。
「久しぶり、リーン」
右手を胸元で振りながら、ノエルが小走りでやって来た。
「元気だった?」
「はい。エルもお元気そうで何よりです」
「では、行きましょう」
二人は並んで歩き出した。今日もどこにいるかわからない護衛たちに見守られているのだろう。
天気は晴れ。まさしく秋晴れ。空が澄んでいて、その青さがどこまでも続いている。
「リーン。あの、ユミ様から頼まれていたことがあるのだけれど」
ノエルが切り出した。
「ユミ様がアイ先生のサインが欲しいらしいのよ。できれば、ロイド付きでと」
「わかりました。ユミ様には私もたくさん御礼をしなければと思っていたので、私のサインで良ければ、いくらでもかきます」
「じゃ。私にもサインちょうだいね?」
「え、エルもですか?」
「うん。できれば、ティムつけて欲しいんだけど」
「エルになら、いくらでも描きますよ」
「嬉しい」
いつもの書店に足を運び入れると、今日もナミカが迎え入れてくれた。
「いらっしゃい。予約している本なら取り置きしてあるわよ。でも、売り場の方も見てみて。気合いれて、いろいろ盛ってみたから」
「ナミカさんはもうお読みになったんですか?」
アイリーンが尋ねた。
「まだよ。さすがに職権乱用はまずいかな、と思って。今日の仕事が終わったらゆっくり堪能させてもらうわね」
右目でウインクした。そんなナミカに見送られ、二人はナミカ自信作の月雲の売り場へと向かう。
ほほう。これは。明らかに他の本よりも目を惹く。まずは月雲の新装版が六巻までばばーんと平積み。そして最新刊の七巻。さらに、その脇に漫画版。出版社公式のポップの他にナミカが書いたと思われるポップがゆらゆら揺れている。ナミカの丸っこい可愛らしい字が、この本を読んだ時の心情を表現しているようにも見える。
また、この世界にはなかった漫画。最初の十ページくらいを見本として読めるように小冊子をポップに付属させた。これを見て、漫画とはどんなものかというものを知ってもらうためだ。
ノエルがその見本の小冊子を手に取り、読み始める。十ページ程度なのですぐに読み終わるのだが。
「リーン。どこを見てもロイティがたくさんいて、どうしよう。幸せ過ぎる」
その感想にアイリーンは何も返答しなかった。周りには他の客もいるからだ。何か変なことを喋って、自分が絵や漫画を描いているアイということがバレてもまずいと思っている。
「リーン。さっさと買って、いつものカフェに向かいましょう」
二人は予約していた本を無事手にすると、併設されているカフェへと向かう。適当に飲み物とデザートを注文して、席についた。
読むのが楽しみね、とか言いながら本を開く。ノエルはまずは漫画本から読み始めるらしい。アイリーンはもちろん新刊の七巻から。そうなるとノエルの方が早く読み終わる。パタリと本を閉じる。
「リーン、ちょっと待ってよ」
ノエルが口を開いた。二人が静かに読書に耽っていた時間は、三十分と少々。温かかったはずの飲み物は、もちろん冷めきっている。その冷めた液体の残りを、ノエルは喉を鳴らして飲んだ。
「はー。なんで、ここで終わるの?」
ノエルの不満はそれ。漫画版一巻の終わり方。
「こんなとこで終わったら、気になって気になって仕方ないじゃない」
「ええと。原作の一巻を二冊に分割して欲しいということでしたので、区切るとしたらそこになりました」
「だからって、こんなところ? 早く二巻を読ませなさいよ」
「頑張ります」
アイリーンも読みかけの本にしおりを挟んで閉じた。こうなったノエルはもう読書タイムには戻らないだろう。アイリーンも冷めたカップに手を付けた。追加で温かい飲み物を注文し、デザートの残りにフォークを刺した。
「そういえば、リーン。月雲の芝居、見に行くよね?」
「ええ、もちろん」
なんと月雲シリーズ、とうとう芝居化までされることとなった。いわゆる、2.5次元というやつ。公演は今年の暮れから新年にかけて。月雲で年越し、とか騒がれている始末。
芝居化が決まったのも、アイリーンが描いた表紙絵や挿絵が好評で、甘美小説の中のランキング十位までに月雲シリーズが六冊もランクインしてしまったから。その人気に目をつけたお芝居の関係者が、原作者のアデライードに話を持ち掛けたらしい。
作品をいろんな人に広めたいと思っているアデライードの返事はもちろんオッケー。そしてその芝居化の話を聞いたファンたちは、今か今かと公演日を待っている。
「リーンには関係者用のチケットとか、ないわけ?」
「うーん、よくわかりません。まだ先のことですから」
「でも、私の方でリーンの分のチケットも取るわね。同じ日の公演を見に行きたいじゃない?」
「はい。では、よろしくお願いします」
「そういえば、リーン。この後、イブと約束しているでしょ?」
「どうしてそれを?」
「イブのやつ。あまりにも嬉しすぎて、私に自慢してきたのよ。ほら、噂をすればっていうやつじゃない?」
ノエルが視線を向けた先にはイブライムがいた。カフェの外から、こちらを見ている。アイリーンに気付くと、右手を軽くあげた。
「はいはい。邪魔者はさっさと退散するわね」
ノエルはトレイを持って立ち上がる。
「エル」
そんな彼女をアイリーンは呼び止めた。
「ありがとう」
言うと、ノエルはにっこりと笑って返してくれた。そしてノエルが立ち去るのと入れ替わりに、イブライムがやってくる。
「エルに悪いことをしてしまったかしら」
アイリーンが呟くと。
「あいつもこれからジョアとデートだから、お互い様じゃないのか? それよりも、おかえり」
イブライムからおかえりと言われることが不思議な感じもしたのだが、なぜか嬉しくもある。
「ただいま」
と口にすると、やはりもうアスカリッドが帰って来るべき場所のような気もした。
「今日は大事な日だったのではないか?」
「はい。私が描いた本が発売されました。イブ様にも読んでいただきたくて。それから、こちらはユミ様の分です」
アイリーンが差し出した二冊の本をイブライムは受け取った。原作がビーでエルな漫画ではあるが、それを想像させるような表紙ではない。
「これを全部、リーンが描いたのか?」
「はい。原作、お話の元は別な先生ですが」
「ああ、エルの叔父と言っていたな」
アイリーンは頷く。
「今、読んでもいいか?」
それにも頷く。アイリーンも先ほど閉じた本を再び開いた。また、静かな時間を共有する。そしてたいていこの静かな時間を打ち破るのは、漫画を読み終えた方。
「え。これで終わるのか?」
「終わりではありません。続きます」
「いや、だが。非常に続きが気になるのだが」
「はい、ですから続きは描いています」
イブライムは大きく息を吐く。「面白かった」
「ありがとうございます」
「ただ、一つ気になることがあるのだが」
「なんでしょう?」
「この主人公の同級生のキャラがジョアに似ているような気がするのだが」
「気のせいです。私はできるだけ原作に忠実にキャラを再現いたしました。そのキャラについても、アディ先生のお墨付きです」
「それに、こっちのキャラは、オレに似ていないか?」
「それも気のせいです」
と答えてみたが、気のせいではない。この漫画を描き始めたとき、というよりそれよりも前でアスカリッドに来て二次創作をしていたとき。イブライムとはこんなことになるとは思っていなかったから、ちょっとキャラのモデルになってもらったことがある。ただし、本人の承諾は得ていない。
今回、漫画を描き始めた際に、どうしてもその二次創作時のキャラクターイメージが強く残ってしまいそのまま描いてしまった。さらにアディがこのキャラを気に入ってしまった。
ちなみに原作では、この二人はとってもいい感じになる。どんな感じになるかは、原作を読んでのお楽しみ。
「気のせいか?」
「はい、気のせいです」
イブライムは納得していない様子であった。
いつも読んでくださりありがとうございます。
ブクマ・評価もありがとうございます。
あと二話で完結となります。





