40.気になる告白(前編)
とうとうやってきた卒業パーティの日。アイリーンはユミエーラからのドレスに腕を通した。さすがユミエーラ。そのドレスはアイリーンの可愛らしさを引き出している。薄い水色はきっとアイリーンの瞳の色をイメージしてくれたのだろう。
お約束の噴水の前。今日は卒業パーティということもあり、たくさんの令嬢、もしくは子息たちが自分の相手が来るのをそこで待っている。
「リーン」
たくさんいる人の中から、迷わず彼女を見つけ出すイブライム。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません」
「いや、そんなに待っていない」
と言うイブライムは照れているからなのか、アイリーンの顔を見ようとはしない。そのかわりすっと腕を差し出す。それにアイリーンは自分の腕を絡めた。
「そのドレスもよく似合っている」
「このドレス。ユミエーラ様から贈っていただいたものなのです」
「は、母上が?」
イブライムは知らなかったのだろう。思わず素が出たらしい。
「とても素敵なドレスで嬉しいです」
「そうか。今日は、父も母も来ているから、そう言ってもらえると喜ぶと思う。それから」
と言葉を続ける。
「今日の段取りは、昨日説明した通りだけど。オレは会長としての挨拶があるからその時は、生徒会のメンバーとして他のメンバーと前の方に並んでいて欲しい」
「はい」
「エルも一緒だから、大丈夫だと思う」
「はい」
イブライムの心遣いがちょっと嬉しかった。この気持ち的にも後戻りできないところまできていると思う。
「リーン」
先に会場に着いていたノエルに声をかけられた。珍しくジョアキナが一緒ではない。聞いてみると、生徒会の方があるから別な場所にいると言う。
「エル。リーンを頼む」
イブライムがそうノエルに声をかけると。
「言われるまでもなくぅ」
いつもの調子のノエルだった。
「リーンは、イブのことが好きなの?」
唐突に聞かれた。
「え?」
と聞き返す。
「うん、イブはね。リーンのことが大好きよ。だから、卒業したらどうするのかなって今から思ってるの」
「私は。プーランジェに戻るつもりです。そのための留学ですから」
「うん。リーンのことだから、そうだろうと思っていた」
「でも。アディ先生とのお仕事もありますから。どうしたらいいのか悩んでいる、というのが本音です」
「そっか。悩んで悩んでたくさん悩んで。そしてリーンにとって納得のいく答えを見つけて。それが、私にとっては納得いかない答えになったとしても。リーンが後悔しない選択なら、それはそれでいいの」
「エル」
アイリーンはノエルを抱きしめたい衝動に駆られた。この場所でこんな格好でなければ、間違いなく抱き着いていた。
「リーン、私たちもそろそろ行きましょう」
卒業パーティが今、始まる。
学長の挨拶、生徒会長の挨拶、そして国王陛下からのお祝いの言葉。それが終われば音楽が鳴り始める。
生徒会長の挨拶を聞いているときに。
「ええと、この辺りで有名な婚約破棄イベントとかは無いですよね?」
と隣にいるノエルに聞こえるだけの小さな声でアイリーンが呟いたら。
「残念ながら、イブには婚約者がいないもの。リーン、一体、あなたどんなことを考えているのよ?」
「例えば。婚約破棄したところに、会長のことを愛しているとか言う人が現れて。それがフランシス元会長だったとか?」
「ぷっ」
思わずノエルが吹き出したら、隣のジョアキナから冷たい視線を投げつけられた。
挨拶を終えたイブライムがアイリーンの元へと近づいてきた。先ほどのノエルとの話は内緒の話。
「リーン、私と一曲踊っていただけないだろうか」
アイリーンは差し出された手にそっと自分の手を重ねる。今日のイブライムはいつもの五倍増しで格好よく見えてしまうのが不思議だ。いつものアイリーンの妄想癖はどこへいってしまったのだろう。
アイリーン自身もイブライムに惹かれていることに気付いていた。だけど、アイリーンにはやりたいことがある。それを成し遂げるには、きっとイブライムは邪魔な存在になる。
曲が終わった。こんなにも名残惜しいと思ったことも初めて。夫婦でも無いし婚約者でも無い。まして恋人同士でも無い。一曲で終わり。
イブライムはそのままアイリーンの手を引いて、バルコニーへと向かった。
「どうかされましたか?」
頬を撫でていく風が心地よい。街はゆっくりと闇に飲まれていくところ。
「リーンは人の多いところは苦手だろ」
「え、ええ。まあ、はい」
どうしてだろう。些細な心遣いがこんなにも嬉しい。
「それに。オレが、リーンが他の人と踊るところを見るのが耐えられなかった」
「え、っと。それは」
「リーン。オレはリーンが好きだ。だから、オレとその。恋人同士になって欲しい」
アイリーンは一瞬、何を言われているのかが理解できなかった。頭の中に大きな鐘が鳴り響いてリンゴンリンゴンといっている。何が、起きた?
「あの、えっと」
という言葉しか出てこない。
「リーンは、オレのことが嫌いか?」
「嫌いではありません」
「では、好きか?」
「多分。どちらかと言えば好きだと思います」
「そうか」
「ですが、だからといって恋人同士というのは」
「嫌か?」
「嫌ではありません」
そう、不思議なことに嫌ではない。だけど。
「ですが、イブ様の輝かしい未来にとって、私は邪魔にしかなりません」
「なぜ? 俺の未来にはリーンが必要だ。だから、邪魔になることはない」
「いえ。私は、きっと邪魔になります」
「なぜ?」
「私が、腐っているからです」
言ってしまった。口に出してしまった。でも、これ以上の言葉は思い浮かばなかった。自分を表現するための最もふさわしい言葉。すなわち、腐。
「腐っている? どこが?」
「心が腐っています」
「リーンの心は腐っていない。他の人にも優しく、分け隔てなく接している」
うーん、そういうことではない。
「私、アスカリッドの甘美小説が好きなんです」
「そうか。そうやってアスカリッドのものを好んでもらえると、やはり嬉しいな」
「甘美の中でも同性、しかも男性同士の物語が大好きなんです」
どうだ、と心の中のアイリーンはドヤ顔。だが、実際はイブライムの顔を見ることはできず、視線は足元に向いている。
「それが、何か問題か?」
「え?」
予想外の答えだった。なぜならば、ドン引きされると思っていたから。
「オレは読んだことは無いが。母やエルは好んで読んでいる」
「え?」
まあ、ノエルが好んでいるのは知っているけれど、まさかのユミエーラまで?
「母は、オレが部屋に行くといつも背中に本を隠しているが。バレバレだ」
イブライムは笑っていた。
「リーンが、甘美が好きだということが、オレの未来を邪魔するということか?」
「え、っと」
そう言われると、好きなだけだから邪魔になるかと言われるとならないかもしれないし、なると言われたらなるかもしれない。
「いろんな種類の話があって。その話を好きなものは人それぞれだろう? ホラーが好きだったり、ミステリーが好きだったり、その一つが甘美なのではないのか?」
「そうですけど。イブ様は私に引かないのですか?」
「ひく? 惹かれてはいるが?」
「えっと。こいつの趣味、考えていることが気持ち悪い。みたいな?」
「甘美小説というものは、このアスカリッドできちんと確立されているジャンルだからな。そのジャンルを好む人たちを気持ち悪いと思っている人が大勢いたら、そのジャンルは衰退しているんじゃないのか? むしろここまで拡大されているのだから、それなりに需要があるということだろう」
どうしよう。まさか、ここまで受け入れてくれるとは逆に予想外だった。けちょんけちょんにけなされた方がまだマシだったかもしれない。
「ですが。それはアスカリッドだからであり、そう言った意味ではまだプーランジェは遅れています。好きなものを堂々と好きだと言えない文化がまだあります。私は、好きなものを好きだと言える文化をプーランジェにも築きたい。好きなことを語るのに後ろめたい気持ちがあることが嫌なんです。ですが、残念ながらプーランジェの現状はそうではない。だから、私みたいな人と恋人同士になったら、イブ様もプーランジェの人間からドン引きされてしまいます」
「別に、他からどう思われようがかまわない。リーンがそういった文化をプーランジェに広めたいと思っていることも知っているし、そのための留学だと思っている。だけどそれは、オレと恋人同士になったらできないのか?」
「えっと」
できないか? と言われたら、イブライムがここまで受け入れてくれているのだからできないわけではない。むしろ、アデライードとのことを考えたら、アスカリッドに残る方がいいのかもしれない。
だけど。プーランジェの現状も打破したい。
どうしたらいいか、わからない。
「わかりません」
わからない。それが本音だった。
いつも読んでくださりありがとうございます。
じわりじわりとブクマが増えて本当に嬉しいです。
最期までお付き合いいただければと思います。よろしくお願いします。





