39.気になるお誘い(後編)
さて、アイリーンはどのような芝居が好きなのだろうか。デートに誘うという約束したまではいいが、いつ、どこでというところまで決めきれていない。
そうこうしているうちに月がかわってしまい、収穫の月。数日後に控えた卒業パーティの準備で、生徒会の仕事もバタバタとし始めた。
本部役員のメンバーだけでは、準備もここまでスムーズに進まなかったであろう。何気にノエルとアイリーンの存在というのは大きなものであるとイブライムは感じていた。特に卒業パーティは学院で行われるパーティの中でも一番大きなもの。そのため、教師からはもちろん生徒たちからの期待度も高い。
その期待にも疲れ、生徒会室の会長席で突っ伏していたら、ノエルがお茶を淹れてコトリと置いてくれた。
「お疲れのようですね、会長」
「なんだ、エルか」
「その、リーンじゃないからあからさまに残念がる態度、やめて欲しいわね」
コトリと置いたお茶をまたお盆の上に戻して、ノエルはソファの方へと向かう。
「それ、オレの分じゃなかったのか?」
「そんなあからさまに嫌がるような態度をとるような人の分はありません」
イブライムに渡すはずだったお茶をノエルは自分で飲み始めた。イブライムは立ち上がり、自分でお茶を淹れたらノエルの向かい側に座った。
「エル。少し聞きたいことがあるのだが」
「何?」
「リーンはどんな芝居が好きなのだろうか?」
「芝居? どうしたの急に。まさか、観劇にでも誘うつもり?」
「そのまさかで悪いか」
「別に。悪くないけど。なんで観劇なのよ」
「まあ、いろいろと」
「ふーん」
「で。どんな芝居が好きだろうか?」
「わりと真面目に聞いているのね」
「そうだ」
イブライムが真面目に聞いてきたため、ノエルもうーんと唸ってしまった。アイリーンが好きそうな芝居ってどのようなものだろうか。文章を読んだり絵を描いたりするのは好きなようだが、芝居の話はしたことがなかった。
でも、ノエルにはとっておきの情報があった。
「今すぐでなくてもいい? 多分、公演は三月先なんだけど」
「ああ、彼女が楽しんでくれるなら、いつでも」
「じゃ。公演日が近くなったら、私の方で席をとっておくわ」
「できれば、ボックス席がいい」
「わがままね。わかったわよ。ただ、人気の公演になると思うから、イブの希望が通らなくても文句は言わないでね。それよりも、イブ。卒業パーティの件、リーンにきちんと伝えたの?」
「言った」
「で?」
「了承してもらえた」
「すごーい。進歩したじゃない」
「うるさい」
そこでイブライムは顔を赤く染め、額に右手を当てた。
「エルはそうやってすぐに人をからかう」
「だってー。面白いんだもん。あのイブがこんな風になるなんて」
「ジョアも同じようなことを言っていたな。一体、お前たちの中でオレはどんな風に思われているんだ?」
「そんなの、教えるわけないじゃない」
ノエルは立ち上がった。
「私、文芸部のほうに顔を出すから。あとはイブ。一人でできるでしょ?」
イブライムはひらひらと右手の甲を振ってノエルを追い出した。生徒会室に一人。ジョアキナと一年の役員は会場の確認でホールの方に行っている。イブライムはこの生徒会室で書類仕事。それをノエルが手伝ってくれていた。アイリーンは、今日は生徒会の仕事を手伝えない、と言っていた。ノエルに聞いたところ、例の出版関係の手伝いがあるらしい。生徒会の仕事を手伝えないことを「本当に申し訳ありません」と謝っていた。真面目なアイリーンのことだから、きっと今も気にしていることだろう。ノエルから事情を聴いているから、気にはするな、と言ったところで無駄だろうなと思っている。
そして先日、卒業パーティにエスコートさせて欲しいと伝えたところ、今回は快く承諾してくれた。アイリーンのイブライムを見る目がかわってきているのは確かな事実。
だが、それ以上どうしたらいいのかがわからない。きっと学院を卒業したら彼女はプーランジェに戻ってしまうのだろう。
アイリーンは寮の自室で今月に発売される月雲シリーズの七巻とコミック本の書店用のポップを描いていた。本来であれば書店独自に作るのだろうけど、どうせなら公式でという出版元からの強い要望もあって描いていた。ポップを作ること自体はそんなに苦にならないのだが、ため息をつきたくなるような事案が一つ、心にあった。
先日、寮に戻るとモイラが慌てた様子でアイリーンに報告をしてきた。
「お嬢様、ドレスが届いております」
誰からだろうと思って差出人を確認したら、ユミエーラだった。アイリーンは慌てて父親に連絡をし、それから自分でもお礼状を書いた。ユミエーラがドレスを送ってきた理由は、昨年のパーティでイブライムとノエルがアイリーンのドレスを汚してしまったから、それのお詫びということらしい。遅くなってごめんなさい、というような内容が添えてあった。
昨年のパーティというのはきっとあのときの新入生歓迎パーティのことを指しているのだろう。そんなこともあったな、とどこか懐かしく感じる。
卒業パーティにはユミエーラからのドレスを着ていかなければならないな、と考えていた頃、イブライムからはまたエスコートさせて欲しいという申し出があった。
今回は断る理由も見つからない。さらに、ユミエーラからのドレスの贈り物。むしろ断れない。二つ返事で答えてしまったが、どうしたらいいのかがさっぱりわからない。
「モイラ、悪いけれどこれ。送ってもらえるかしら」
アイリーンは大きな封筒を差し出した。これには書店用のポップの原稿が入っている。
「承知いたしました」
「今月末、発売なのよね」
「そうですね、楽しみにしておりますね」
大きな封筒を大事そうに抱えたモイラは、顔をほころばせた。
「実感が沸かない」
「そうですよね。私もまさかお嬢様があの月雲シリーズの絵を描いて、さらにご自分で本まで出されるとは思ってもおりませんでした」
「私が一番そう思っているわ。とにかく濃い一年だったわ」
アイリーンは両手を上にあげてうーっと伸びた。そしてそのまま横に倒して身体をノの字にする。
「お嬢様、あまりご無理をなさらずに」
言いながら、お茶の準備をする。ほのかにその香ばしさが鼻孔をくすぐる。アイリーンは机から離れ、ソファに移動する。お茶を手にすると。
「うーん、いい香り」
「そちら。最近このアスカリッドで流行り出したお茶のようです。果物の香りがいたしませんか?」
モイラに言われ、もう一度香りを味わうと、何か甘酸っぱさを感じた。
「これは、ブドウの香りかしら?」
「正解です」
別にクイズの出し合いをしたわけではないのだが、モイラにそう言われるとなぜか嬉しい。
「こちらもどうぞ」
「まあ、可愛い」
アスカリッドには可愛らしいものが多いな、というのもアイリーンの印象。温かくて可愛らしい。そんな国。住みやすい、かもしれない。一年いてそう思った。
残りはあと一年。それが終わればプーランジェに戻る。だけど、なぜか名残惜しい気もする。このアスカリッドに残っていたいような。
アイリーンは可愛らしいクッキーをつまんだが、口の中へいれずに唇の手前で止めた。その様子をモイラは黙って見ていた。
私は、アスカリッドに残りたいと思っている?
その心境の変化をうまく受け入れられない。だがふと考えた。プーランジェに戻ったら、アディとの仕事はどうしたらいいのだろう。
もしかして、プーランジェに戻れないところまできてしまったのではないだろうか。
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もう少し続きます!!




