41.気になる告白(中編)
興奮した身体を、優しい風が撫でつける。アップにしたアイリーンの髪の後れ毛が、それによってふらふらと揺れる。揺れているのは、アイリーンの心。
イブライムがアイリーンの両肩に優しく手を置いた。これでは逃げられない。
「何度でも言う。オレは周りからどう思われたってかまわない。リーン、君のことが好きだ。オレと恋人同士になって欲しい。『はい』か『いいえ』か。それ以外の言葉はいらない」
がっちり掴まれていて逃げられないし、答えもまさかの二択。アイリーンは何か言おうと口を開くが、それが言葉にならない。口をパクパクしている金魚のよう。
「リーン。オレの告白は迷惑だったか?」
「迷惑ではありません。とても嬉しいです。ですが、私には自信がありません」
「何の?」
「イブ様の隣にいる自信」
「ああ、もう。じれったいわね」
聞き慣れた声が耳に入った。
「は、母上」
「ユミ様」
シンプルなデザインでありながらも豪勢さを感じさせるドレスを纏っているユミエーラがそこにいた。
イブライムは慌ててアイリーンの肩においた手を離す。
「リーン」
「はい」
ユミエーラに名を呼ばれ、思わず返事をしてしまうアイリーン。
「あなた、イブのことが嫌いなの?」
「嫌いではありません」
「好き?」
「どちらかと言えば」
「じゃあ、まずは付き合っちゃいなさい。それでダメだったらおしまい」
「え?」
「恋愛なんてそんなもんよ。一緒にいないとわからないことだってあるでしょ? 別に結婚するわけじゃないんだから。お試しみたいな感じでいいんじゃない? 恋は盲目っていうし」
「そんなんでいいんですか?」
「そんなんでいいのよ、ね、イブ?」
「え、あ、まあ」
「あなたもはっきりしない男ね」
「あの、ユミ様。もし、仮にイブ様とその、そういうことになるのであれば」
「いいのよ、そういうことになって」
「ですが。多分、イブ様の立場上、私のことを知っていただいた方がいいのかと思っていることもあるのですが」
「何? 甘美小説が好きって話? 大丈夫よ、聞いてたし」
え、聞いてたの? 一体この人はどこから人の話を聞いていたのだろうか。まさか、例のどこにいるかわからないという護衛の仕業か?
アイリーンは首を振り、周囲を見渡す。
「大丈夫よ、今は。他には誰もいないから」
今は、って言った、今。今は、って。今じゃないときはやっぱりいるのか。むしろ、いたのか。
「そうね。むしろアスカリッドに甘美小説を流行らせたのは私だし」
「え?」
「だって。甘美小説って面白いでしょう? こう、心がわくわくするというか、揺れるというか」
「はい。その気持ちはわかります」
「物語の中くらい、夢をみたっていいわよね」
「はい。おっしゃる通りです」
「現実では限りある経験だけれど、物語の中では無限に経験できる。素敵じゃない?」
「はい。まさしく」
「だから、広めたの。推奨したの。そしたら、受け入れてもらえたの。すごくない? みんな甘美小説を読んで、心をうっとりとさせるのよ。それが心の栄養よ」
「はい」
「だから、甘美小説が好きなことは後ろめたいことでもなんでもない」
「はい。ですが、もし仮にそのイブ様とそういうことになった場合、お伝えしておかなければならないことが一つありまして」
もう一度アイリーンが言う。全ての会話の主導権をユミエーラに持っていかれてしまったからだ。
「リーンが、甘美小説が好きっていうこと以外にもあるの?」
ユミエーラの問いにコクリと頷く。
「あの、実は。甘美を描いているといいますか」
「え? リーンって作家さんだったの?」
「ええと、文章を書いているのではなくて、絵の方を」
「ちょっと待って」
ユミエーラは額に手を当てた。多分、何かを思い出しているのだろう。イブライムは、アイリーンとユミエーラのやり取りを黙って聞いている。甘美の世界だから口を挟めないのだろう。
「リーン。私が記憶しているところによると、甘美で絵がある小説って月雲しか思い浮かばないのだけれど」
「はい。まさしく、それです」
「ちょっと待って。リーンって、アイ先生ってこと?」
ユミエーラの声のボリュームが五デシベルくらい上がったようだ。
「ええと、はい。そちらの名前で絵を描いています」
「ちょっと待って。シエラのやつ、何も言ってなかったわ。私にはまた内緒にしていたのね」
シエラは確かノエルの母親の名前。
「リーン。っていうかアイ先生。今月末に新しく本を出すわよね。私、買うから、サインちょうだい」
「ええと、ユミ様?」
「ちょっと、イブ。あなたも何ぼーっと黙っているのよ。リーンがアイ先生だったのよ。謎のヴェールに包まれているアイ先生。それがまさかリーンだったなんて」
「ユミ様。できれば、私であることを内緒にしていただけると助かるのですが」
「そうね。もちろんよ。ついつい興奮してしまってごめんなさい。でも、リーンがそうやって活動していることは、全然オッケーよ。むしろ推奨するわ。何も問題ないわよね? イブ」
最後の言葉を息子にかける。イブライムはとにかく頷くことしかできなかった。それだけ母親の威力がすさまじいのだ。
「あの。ユミ様も月雲シリーズを?」
「そうよ。大好きに決まってるじゃない」
ここにも同志がいた。
「ということで、これでイブとのお付き合いの障害が無くなったということでいいかしら?」
あれ、そんな話だっけ? とアイリーンは思いながらも頷いた。
「よかったわね、イブ。そんなわけで邪魔者は消えます。どうぞ、告白の続きでもやってちょうだい」
くるりとドレスを翻して背中を向けると、その背中越しに右手をひらひらと振って会場へと戻っていく。
残された二人。その二人の間に風が流れていく。
「リーン」
また、イブライムに両肩を掴まれた。
さすがに三度目となると、この後のオチもわかりきっているため照れる。アイリーンはイブライムの顔を見ることができない。視線は足元を見つめたまま。
「オレと恋人同士になって欲しい」
「はい」
アイリーンは小さく返事をした。
「え?」
イブライムはその答えが意外だったらしい。
「本当に、いいのか?」
「ご迷惑でなければ」
「迷惑なわけがあるか」
そこで、アイリーンはやっと顔を上げた。多分、アイリーンの顔はすっかりと茹で上がっていることだろう。なぜならば、風が気持ちいいからだ。だが、それにも負けずイブライムの顔もすっかりとできあがっていた。
イブライムと目があう。彼の目は優しい。アイリーンの趣味を受け入れてくれた彼。その彼の顔が近づいてきて。
「ちょっとお待ちください」
アイリーンは両手でイブライムの顔を押さえた。
「あの。その辺に、いらっしゃるんですよね? その、護衛みたいな人が」
「いるかもしれないし、いないかもしれない」
「だって、ユミ様は。先ほど、今はいない、って言っておりました。だから、ユミ様がいなくなった今、いるかもしれません」
「そうかもしれない」
「だから、ちょっとお待ちください、と言いました」
「なら、いつまで待てばいい?」
「ええと。二人きりになれるまで?」
「うーん、それは困った」
困るんだ、とアイリーンは思った。でも、二人きりになれないと困るのはアイリーン。そんな人前で口づけだなんて、恥ずかしくて鼻血が出そう。
「では、今はこれで我慢するよ」
言うと、イブライムはアイリーンの右手をとり、その甲に口づけをした。
ダメだ。恥ずかしすぎて鼻血が出る。
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もう少しだけ続きますので、お付き合いいただければと思います。





