29.気になる帰国(前編)
不本意であるがイブライムの申し出を受ける形となったアイリーン。もっと不本意であったのが、宿まで送ってもらった後に、父親に挨拶したいとか言い出したこと。仕方ないから、この二人を会わせてみたものの、お互いの国の言葉が苦手な二人がどんなやり取りをしたかは定かではない。というのも、アイリーンは追い出されてしまったから。
戻ってきた父親がウインクをしながら右手の親指を立てていたが、これが何のジェスチャーかはまったくわからなかった。
次の日、宿を朝早くに発つと、自動車でプーランジェへと向かう。今日の宿は来た時と同様にモントーヤ辺境伯の屋敷。父親は、こちらに迎えに来るときも一泊したらしい。
「レイがリーンに会いたがっていたよ」
と馬車の中で言われるが、はて、どんな人だったっけ? とアイリーンは記憶を掘り起こしていた。プーランジェを経ってから、約三月経ったわけだが、とにかくいろんな人と出会い、いろんなことがあった。だから、すっかりとモントーヤ伯のことが脳みそから抜け落ちてしまったのだ。
でもそれを顔にも出さず、口にも出さない。多分、会えば思い出す。
日も暮れかかったころ、モントーヤ伯の屋敷に着いた。
「待っていたよ、リーン」
両手を広げて、アイリーンを迎え入れるモントーヤ伯。そうそう、こんな人だったと思い出す。
「ご無沙汰しております、レイ小父様」
「少し見ない間に、綺麗になったんじゃないのか?」
「おいおい、レイ。うちのリーンは元から可愛いぞ?」
「エルトン。そういうことじゃないんだな」
右手の人差し指を軽く横に振って、なぜかご機嫌なモントーヤ伯。そして思い出したかのように。
「残念ながらランスロットはいないのだが。ゆっくりしていってくれ」
何が残念なのかわからないが、ありがとうございます、とアイリーンは言う。
「そういえば、エルトンが言っていたランスロットとの話だが」
食事をしているときに、モントーヤ伯がそんなことを言い出した。アイリーンは黙って二人の話を聞いている。
「ああ、その話か。ちょっと状況がかわったから、なかったことにしておいてくれ」
「おいおいおいおい。状況がかわったって、あれから三日しか経っていないぞ?」
「三日も経てば、状況はかわるだろ? まだリーンにも言っていなかったのだから。なかったことにしておいてくれ。それに私は君に相談しただけだ」
「なんだよ。ランスに手紙を書いてしまったじゃないか」
「では、私があちらで会った時にでも伝えておくよ」
モントーヤ伯と父親の会話は謎だったが、二人の仲が良いということだけは伝わった。モイラにも止められているから、これ以上は自主規制。
「そういえば、リーン。アスカリッドの方はどうだったのかな?」
モントーヤ伯が話題を振ってくれたので、アイリーンが口を開く機会ができた。
部活のこと、生徒会のこと、勉強のこと。一通り喋る。
「留学しただけでもすごいのに、いろいろと手広くやっているんだね」
「それは、学友に恵まれたからです。私一人の力では、何もできませんから」
「そういう、謙虚なところもいいよね」
モントーヤ伯は、楽しそうに笑顔を浮かべていた。そこに鋭い眼光を感じたのだが、それの主が父親であったため、アイリーンは微妙な感じになった。
次の日。モントーヤ伯に礼を言って発つ。
プーランジェとアスカリッドは、自動車で二日かかる距離。休憩をいれず、一日中走れば着く。近いようで遠い、遠いようで近い、その二つの国。それでも言葉の壁はまだまだ高い。商売のやり取りはあるけれど、その言葉の齟齬によって生じるトラブルも少なくはない。
「リーン。手紙に書いてあったアスカリッドでの本の出版の手伝いだが」
何かを考えていただろう父親が、頬杖をついたまま言葉を続ける。
「是非とも引き受けなさい、という陛下のお言葉だ」
「よろしいんですか?」
アイリーンは隣に座る父親に身体を向けた。本当は勢いでアデライードの頼みを引き受けてしまったから、国の方から許しが出なかったらどうしようか、とも思っていた。
「陛下がおっしゃるには、プーランジェとアスカリッドが協力して一つのことを成し遂げるということは、今後の互いの国の文化発展に貢献できるのではないか、ということだ」
その文化発展が甘美小説でさらにビーでエルな内容でもいいのだろうか、とやや不安になる。
「先方にもあらためて私の方から手紙を出そうと思うのだが、問題は無いね?」
「はい、よろしくお願いします」
向かいに座っているモイラは、笑みを浮かべて二人の話を聞いていた。彼女は余計なことに口を出さないし、必要なときは口を出す。だからアイリーンも信頼している。
なんとか日が沈み切る前に、ボイド家の屋敷に着いた。自動車の音を聞きつけたライオネルが外に飛び出してきて、アイリーンが車から降りるのを待っていた。
「義姉さん、お帰りなさい」
アイリーンが地面に足をつけるや否やライオネルが飛びついてきたので、アイリーンは一歩下がってしまった。
「どうしたの? ライ。甘えん坊さんになったんじゃないの?」
「そんなことありませんよ」
アイリーンから離れたライオネルは、少し背が伸びたようだ。
「先ほど、ランスロット卿が義父様のことを訪ねてきました」
三日前にモントーヤ伯に相談して、そこから彼が息子に手紙を書いての今日とは、なかなか早い行動だ。休みをとっていたから、わざわざ屋敷にまで足を運んでくれたのだろう。
「そうか」
心当たりが大いにあるが、ライオネルに気付かれないように表情には出さない。
「義姉さんとの婚約がどうのこうのと言っていましたが?」
ジロリとライオネルが父親に視線を向けた。
「うん、ライ。その話はあとでじっくりと。まだリーンには言っていないのだ」
「あら、その話は私も聞きたいわ」
両手を腰に手を当て、仁王立ちしている母親。
「お帰りなさい、リーン。そしてあなた」
ニッコリと笑っているのに、怖いのは何故だろう。
「リーン。あなたは中へ入りなさい。ライ、リーンを案内して。そして、あなた。じっくりと話を聞かせてもらおうかしら」
「ミリア。これにはわけが」
「義姉さん、中に入りましょう」
「でも、お父様が」
「いいんです。僕たちを裏切ったわけですから」
ライオネルの言葉に首を傾けるアイリーンだったが、その意味を夕食時に知ることとなる。
「それで、お父様。どういうことですか?」
「ん? 何がだ?」
「誤魔化してもムダですよ。ライから聞きましたから」
アイリーンはちょっと怒っていた。自分が不在の間に婚約がどうのこうのと話が進んでいたからだ。あの王太子の婚約者候補を辞退したのになぜこうなったのか。
「そうですよ、あなた。私にも黙っているなんて」
母親も知らなかったらしい。
「僕だって知りませんでしたよ。ランスロット卿も驚いていましたからね」
「だから、それはレイの早とちりだ。ランスロットには私の方から伝えておくから」
「お父様、どうしてそのような話になったのです? 私がここにいないにも関わらず」
「それがなあ」
と、父親は愚痴を吐き始めた。
父親がアスカリッドから帰国し、国王との謁見と重鎮諸々との会議の結果をプーランジェの国王陛下へ報告したところ、非常に大喜びだった。というのはアスカリッドで受け取った手紙にも書いてあったから、アイリーンも知っている。問題はその後だったらしい。
通訳として活躍したアイリーンの働きを耳にした国王陛下は、やはりアイリーンを息子である王太子の婚約者候補にしたいとか言い出したらしい。それに反対したのは父親で、一度辞退したにも関わらずもう一度名乗りをあげるのは周りに示しがつかない、と。
だが国王は、アイリーンがアスカリッドに留学している間に向こうの誰かと恋仲になって向こうに嫁がれたらプーランジェの損失だ、とか言い出す始末。だから、こちらで早急に婚約者を決めておけ、と突っつかれたと言うのだ。それで父親は急いで誰かめぼしい人を探す羽目になったのだが。
とりあえず思いついたのがランスロットであり、アイリーンを迎えに行く途中に屋敷に寄ったとき、モントーヤ伯に相談したとのこと。それを聞いた彼は暴走してすぐに息子へ連絡を入れた、という流れのようだ。
とにかく、相談する人物を間違えている。
「状況はわかりました。ですが、できましたら陛下にお伝え願えませんか?」
アイリーンははっきりとした口調で父親に言う。
「私は、勉強をするためにアスカリッドへ留学しているのであって、伴侶を探すために行っているのではありません。ですから、ご心配なさるようなことは何もありません、と」
「そうだな。少し、言葉はかえておくが。そのような内容を伝えておくよ」
「よろしくお願いします。余計なお世話ですと、お伝えください」
「うん、それは無理だな」
いつも読んでくださりありがとうございます。
ブクマ・☆をポチっとしていただけると、嬉しいです。
今後もよろしくお願いします。
まだ、続きます!!





