28.気になるお茶会(後編)
「そういえば、リーンは文芸部員って聞いたわ。どう? アスカリッドの本は」
「はい。プーランジェと違って、物語が豊富で、楽しく読ませていただいております。特に、甘美小説というジャンルはプーランジェには無い分野ですので、できればこれをプーランジェにも取り入れたいと思っています」
「甘美小説は大衆文化として好まれているわ。作られた物語ではあるけれど、それを通して得られる経験や知識というものはあるから。それに何より感情移入しやすく読みやすい。だから、身分構わず普及しているのよね」
「きっと、アスカリッドにおける恋愛観も、それを後押ししているのかと思います。プーランジェはまだまだ政略結婚が主ですから」
「まぁ、アスカリッドもこんな感じになるには、それなりに時間がかかったけどね。でもね、どんな出会いでさえ、好きな人と一緒にいられることは幸せじゃないかしら?」
そう言うユミエーラは幸せそうだ。
「ユミ様がおっしゃいますと、説得力がございますね」
「あら、リーン。嬉しいことを言ってくれるじゃない」
と言うのも、アスカリッドの現国王と王妃の恋愛結婚は、国境を越えても有名な話。それに憧れている者も少なくはない。そうなると、側妃のシエラはどうなのか、というのが気になるところだが、そこも恋愛が絡んでいるらしい。らしい、というのは当事者たちの秘密だから。
「先ほど、リーンから好きな人の話は聞いたけれど、婚約者はいらっしゃるのかしら?」
知っているのにわざと聞いた。多分、その答えを彼女自身の口から聞きたかったからだ。
「残念ながら、おりません」
「あら。プーランジェなのに珍しいのね」
「えっと、いろいろとわけがありまして」
「どういうこと? 私、こういうコイバナって、してみたかったのよね」
うーん、とアイリーンは唸る。
「ユミ様が期待されているようなコイバナとは違うかもしれませんが」
前置きをつけて、アイリーンは言葉を続ける。
「私、プーランジェの王太子殿下の婚約者候補、だったのです」
「婚約者候補?」
そう、婚約者ではなく、候補。だから、正確には婚約者にはなっていない、ということ。また、婚約者候補として名前が挙がっている間はもちろん他の人と婚約することもない。
では、婚約者候補から婚約者にならなかった場合はどうなるのか。ただの行き遅れになるのか、というとそうでもない。あの王太子殿下の婚約者候補だった、というのも一つの価値であり、それなりのところから話がくる。
今回のアイリーンの場合も、留学を終えて自国に戻った時には、それなりに話がやってくるだろう、と思われる。ただ、あの父親が納得できる相手でないと、アイリーンの元まで話が届かないかもしれないが。
「はい。正式な婚約者は、王太子殿下の成人の祝いで発表されるのです。それまでは、婚約者候補という扱いになります」
「へー。さすがプーランジェね。あからさまな政略結婚」
軽く握った拳の上に顎をのせて、ユミエーラは顔を傾けた。
アイリーンは自嘲気味に笑みを浮かべた。
「気付いたときにはそのような話になっていましたので、特別気にしたことはなかったです」
「それで。先ほど『だった』って言ったでしょう? 今はどうなの?」
「はい。留学をきっかけに、それを辞退いたしました」
「辞退? できるの? そんなこと」
「そんな簡単にはできません。多分、異例中の異例です。婚約者候補の中でも、私は有力候補ではありませんでしたから。婚約者候補としてプーランジェに残るよりも、アスカリッドに留学する方が有益であると判断されたのだと思います」
「そうなのね。それで、リーンが留学を終えてプーランジェに戻ったらどうなるのかしら?」
「多分、それなりの方と結婚するかと」
「ダメよ」
ユミエーラは立ち上がり、リーンの両肩を掴んだ。
「リーン。あなた恋をしなさい」
「こい、ですか?」
「そうよ、恋愛」
再び、ユミエーラは椅子に座る。
「恋をするとね、女性ホルモンが活性化するの。そうすると、外見も内面も磨かれるわ」
という話を聞いて、作品に恋をするではダメなのだろうか、とも考えているアイリーン。二次元には、ばっちり恋をしている。
「そう、なんですか?」
答えるアイリーンの語尾はあがり、疑問形。
「そうよ。きっと、今までと違う日々になると思うわ」
「ですが。私がアスカリッドに来たのは、恋をするためではなく、勉強するためですので」
「それはそれ、これはこれ。きっと、リーンは今までそういった相手に出会ったことが無いのね」
二次元ならありますが。
「うーん、難しい話ですね」
「そうかしら? でも、それがわかる日がきっとくるわよ」
片目を閉じて首を傾けるユミエーラは、可愛らしい。きりっとした顔立ちでありながらも、可愛らしさも持つ彼女。
アイリーンはお茶を一口飲んだ。冷めてしまったようだ。ユミエーラの話は面白かった。だが、それが自分にあてはまるかを考えると、わからない。
それから他愛のない話をして、時間をやり過ごした。ユミエーラの表情はころころとよく変わって、アイリーンの目から見ても飽きない人だった。そして、王妃なだけあって知識も豊富。アイリーンが気になったことを口にすると、期待する答えの四倍で返ってきた。イブライムに尋ねると変な見返りを期待されるので、もし今後もユミエーラとこのような機会があるといいな、とも思っていた。
「ユミエーラ様」
と侍女が声をかけてきた。何か小声で喋っている様子。
「ええ、わかったわ」
侍女に声をかけた後、ユミエーラはアイリーンに向き直る。
「ごめんなさいね。次の約束があるので」
その言葉に、アイリーンは状況を察した。
「いえ、こちらこそ。居心地がよくてつい長居をしてしまいました」
「まあ、嬉しい。ぜひ、またいらしてちょうだい」
「はい」
「リーン」
と呼ばれたので振り向くと、イブライム。なんでここにいるの? と思ったけれど、場所が場所な故にいてもおかしくはない。
「イブ。私は次の予定があるから、彼女を送って頂戴ね」
「はい、母上」
去ろうとするユミエーラの背中を茫然と見つめるアイリーン。今、送るとか言ってなかった?
「リーン。宿まで送ろう」
断ると言いたいけれど、言えない。
「ありがとうございます。ですが、馬車を準備していただければ一人で戻れます」
「それでは、リーンが危ないだろう?」
むしろ、イブライムの方が危ないのでは? とも思うので、そういった視線を向けると。
「オレは騎士だからな」
「え?」
知らなかった。どうやら、兄である王太子の将来のために、彼を護衛するために騎士に志願したらしい。今は学生であるが、出られる訓練には参加しているとのこと。騎士見習い、というところだろうか。
「リーンを守ることくらいならできる」
そこまで言われてしまっては、反論するような言葉も見つからない。しぶしぶと彼に従うこととした。
「ユミエーラ様」
文官に名を呼ばれ、ユミエーラは顔を向ける。
「何?」
「『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』という言葉をご存知ですか?」
「あれ、そうだっけ? 『地獄に落ちろ』ではなかったかしら?」
「まあ、どちらでもかまわないのですが。地獄に落ちるようなことをなさらないでください、ということを申し上げたいのです」
「あら、私の行いは天国に行くようなことよ」
「そうだといいのですが。イブライム様を見た時のアイリーン嬢の顔は引きつっておりましたよ」
「え、それって見込みが無いってこと?」
どうでしょうね、と文官は答えたのだった。
いつも読んでくださりありがとうございます。
そしてじわじわっとブクマが増えていて嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
まだ、続きます!!
頑張れたら今日中にもう一話更新します!!





