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Heavens Under Construction(EP5)  作者: 高山 理図
Chapter.8 Always returning
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第8章 第2話  Monja-yaki on a moonlit night◇

【アガルタ第二十七管区 11年1日目 総居住者数 23万8081名 総信頼率 24%

 基点区画内 99% 第一区画内 99% 第二区画内 99% 第三区画内 81% 第五区画内 7%】


 国民の皆様、私27管区甲種一級構築士の赤井ですけど、お元気ですか? なに、お元気どころじゃない? お仕事が忙しいしプライベートも大変? たまには連休とか欲しい、有給も消化したい、ですって?

 そんな時は死ねばいいと思いますよ! 

 来世で永遠にお休み取れるじゃないですか! さあ! さあほら!

 まさに天国のようなリゾートに行きたい放題、お気に入りの神様仏様(※非宗教管区もありますよ)を見つけて永遠を過ごすことができる……


 そう、仮想死後世界アガルタならね!


 ってああ! CMしたつもりがCMになってない!

 皆さんが逆殺意を懐いていらっしゃる?! 

 こんなアグレッシブなナレーションしていいのかって話もある。

 赤井構築士に税金使うなって投書が寄せられそう……も、もう寄せられてるか。

 厚労省に苦情窓口はありませんからね。やめてくださいよ皆さん。


 さて、少しばかり調子に乗ってますがアガルタ生活11年目。

 ナレーションはご愛嬌、私は今日も真面目に奉職しております。

 私も大変だよ、なにせ23万8081名だよ!? 

 もう全員の顔と名前は覚えられない領域に達したよ。

 あ、今こうしている瞬間に23万8083名になったし油断も隙もあったもんじゃないよ。


 ロイの第五区画解放後、棚ぼた的に23万単位の素民の信頼の力を受け、私はようやく至宙儀のごく一部のプログラムが動かせるようになった。

 折角なので色々と用途を考えていたけど、消費する神通力が大量すぎるので使わずに温存。

 てなわけで至宙儀を使うのは諦めてモフコ先輩に協力してもらってまずモンジャの北側の荒地、元メローヌ帝国の素民が居住できるよう整地してもらった。

 それはモフコ先輩が一晩でやってくれました。

 そしてモフコ先輩のお茶目心で、「ユーバリ」と名づけられた。夕張メロンか……ユーバリ、財政破綻しないようにしてほしいよね。

 現実世界で建築士だけあって、モフコ先輩の新住宅地造成に関しての知識とノウハウはゼネコンなんじゃないかってほどすごいからね。

 私も使徒さんたちもそういう宅地開発はできないから、本当に助かる。


 そういやロイは「メローヌ民が自分たちで開墾し整地すればいい」的な事を言ってたけど、私的にはそういう懲罰的な措置は取りたくない。

 だって大多数のメローヌの人々は民間人で軍人ではなかったし、メローヌ帝国が虐殺した素民も至宙儀で復活したのでもう手打ちでいいでしょう。

 数万人のメローヌ民が居住地の整備が完了するまで難民となるのもよろしくない。

 これから皆で仲良くしていけば、私はそれでいいと思うわけだ。区画解放イベント終えたら過去のことは水に流して融和していこうよ、的なことを皆さんに伝えると、しぶしぶながら納得してくれた。まだしこりは残っているけどね。


 モンジャ民の大工集団が新興住宅地に住宅建築を受注しようと張り切ってたけど、三角高床式住宅は発注しないですとか言って断られてたな。

 不憫。

 なにげにメローヌ帝国の方が建築技術高いもんな。

 めげないモンジャ大工たちはすぐに技術勉強に出かけてたけど。転んでもただでは起きない国民性だよ。

 邪神と、眷属と化した住民たちによって荒廃したタコヤキの復興も始まっている。ポンデリン湖は元のように湖水を満たしたので邪神殿は完全に水没し、ひとまずあの一帯は人が住める環境に戻ると思う。タコヤキの村々は大規模に破壊され、完全にもとの姿に戻るまでには時間がかかりそうだ。こればかりは日薬だな。


 あ、そうそう、新しい橋ができたんだ。

 モフコ先輩が参道を兼ねた空中橋を架け、タコヤキから私の水中神殿に接続した。

 だから私のヤドカリっぽい神殿からは、湖上でモンジャ、タコヤキ、グランダの三方向へ連なっているうえ、カラバシュへも海上架橋されている。

 こうして環カルーア連絡橋が完成し、素民たちの国家間移動はより一層便利に、効率的になった。

 今、27管区では一挙810%以上にものぼる人口増加で賑わいをみせている。

 それでどうなったかっていうと、各地域の位置関係と人口を模式化すると……ここで地図をご覧ください。何度かクリックすると大きくなるよ。


挿絵(By みてみん)


 モンジャ(基点区画) 1万人

 ユーバリ特区(拡張基点区画) 4万人

 タコヤキ共和国(第三区画) 5万人

 グランダ(第一区画) 3万人

 ネスト(第二区画) 2万人

 カラバシュ(第五区画) 8万人

 

 すごいねこれ。

 信じられる? 最初たった10人だったモンジャ集落が、いまや1万人時代だよ。

 はー時代は変わるよ。

 そんなに人が流入してきたら国家破綻レベルだけど、モンジャの北にもグランダの隣にも土地はまだ十分にあるし、近海の豊かな水産資源を利用すれば食料に事欠くこともないし、もともとカラバシュ群では大規模農園なんかがあって食糧自給できていたわけなので、何とか素民たちは飢えることもなく間に合ってる。適応力すごいな……と思ったけど違うか、第五区画の構築士さんがちゃんと人口増加まわりを考えて構築してたからか。

 そんで大陸各国への素民の増加率があまりに過剰すぎて、従来の国家という枠組みは意味を失い、この27管区は大きな連合国家のようになった。素民たちは概ねそれを歓迎している。

 そして全地域を統治する強力なリーダーがいないぶん、私が統治者兼ご意見番的な位置に置かれてしまった。統治、する気ないんだけど……だって構築士が率先して内政してどうすんの、素民の皆様にやってもらわないと。私はあくまでサポーターだよ。


 でも白さん蒼さん曰く、全区画における国家統一と融和は構築士が最初に目指すべきステップだって仰る。ちなみに白さんは神聖エルド帝国を治めているけれど、28管区の国家群はまだ統一できてないんだって。


 統一したつもりもなければ、自ずとそうなってただけなんだけど……。

 よく考えたらここまで4つの区画を解放したけど、結局国家間規模では不戦だし、至宙儀も使って死者は復活してるから戦争犠牲者もほぼなしなんだよな。それで皆さん仲良くしてくれているのかもしれない。長期化する国家間紛争で憎しみが憎しみを生む……なんてことにはなっていない。


 ということで私のしたことといえば、来月に第一回 国際議会を召集した。

 カラバシュからはヘチマ、ゴーヤ民、そしてメローヌ改めユーバリ民から代表者が出てくるはずだ。タコヤキも代表を立てるって言ってた。

 モンジャの代表はやっぱりロイのままだ。


 今までやってなかったけど、これが初の国際議会。どうなるのかな? 

 モフコ先輩と来月までに大きな会議場を用意しておこう。


 恒例の、管区解放後のオファーは91件もきてた。嬉しい悲鳴だ。

 エトワール先輩のお情けでの1件しかなかった頃を思えば、増えに増えたもんだ。


 その内訳は半分は管区留学の希望者。そんで半分は使徒さんたちのリクルート。

 返事は何週間か保留にできるみたいだから、オファーの内容も履歴書も読み込めてないし保留にさせてもらってる。使徒さんの採用は、今回は見送ろうと思ってた。

 ロベリアさんとヤクシャさんは十二分に働いてくれているし、それに至宙儀を起動するのに大量のアトモスフィアを必要とするからこれ以上雇うとアトモスフィアを分配できなくなりそうだ。

 私も大容量の神通力を確保して、色々と試してみたいことがある。

 ロベリアさんとヤクシャさんは、新しい使徒採用してもどっちでもいいっすよ! 的なご意見だった。


『でも、3人で23万人のケアをするのはきついですかね』

『そうですね、エトワールさんの穴もありますし』


 ロベリアさんの仰るとおり。

 エトワール先輩がいないので、私、ヤクシャさん、ロベリアさんの3名で20万単位の民に目を行き届かせるのはなかなか骨が折れる。

 そう考えると、一人、二人雇ってもいいかもしれない。

 エトワール先輩、戻ってこないかなぁ……。

 先輩がしばらく戻ってこないなら、どうするか。なんて悩みながらバタバタと慌ただしく過ごしていて、区画解放後あっという間に数日が経ってしまった。


 この間、白椋さんは、一人一人祝福しようとして奮闘していた私をみかねて「間接的に素民に祝福する方法」を教えて下さった。

 大人数でも対応できるってやつ。

 私、これまでは個別にハグしたり握手で祝福する派だったけど、さすがにもう18万人を祝福とか、使徒さんたちと手分けしたって無理。

 なので、今後は神殿に来てくれる希望者に直接祝福をして、足が不自由だったり高齢で神殿まで出てこれない人達のためにポストを用意したから(郵便は各国の郵便屋さんが運んでくれます)、出張で祝福して、そんで残りの皆様は大気を介しての祝福に切り替えた。


 ちなみに大気を介して祝福する方法ってどうやるのかと思ったら、信頼の力を回収する時は構築で電磁場かけて戻して、アトモスフィアを拡散して祝福を与えるらしい。

 信頼の力って電磁場なんかに反応するの?! 

 知らなかったよ、拍子抜けだよ。

 電磁場のかけかたで回収できるアトモスフィアの質が変わるらしい。

 主神のみが回収できる波長もある。

 そのあたりの詳しいノウハウは、第三区画を攻略した後にインフォメーションボードに出てきた。


 忙しさにかまけていたある夜、インフォメーションボードを通じ誰かから呼び出しが入った。

 現実世界からか? と思いきや、ロイだ。何だろう、早速トラブルでも?

 待ち合わせ場所はモンジャを一望できる丘の上で、彼は胡坐をかいてぼーっと考えごとをしつつ私を待っていた。


『こんばんは、ロイさん』

「夜分にお呼びたてして申し訳ありません」


 彼は正座になり、しゃっきりと背筋を伸ばした。どうしたのあらたまって。どこか思い詰めた様子だ。


『かまいませんよ。日中では、話しづらいことのようですから』


 私は彼の横にどっこいしょと腰を下ろし、二人並ぶ。


『どうですか、モンジャの夜景は』

「いいものですね、ふるさとは。戻ってきて、なおさらそう思います。異国ではやはり、夜は心細かったものですから」

『それはよかったです』


 モンジャやグランダの夜景、そして区画解放により今ははっきりと見えるようになったタコヤキのまばらな灯りを俯瞰する。暖かくささやかな素民たちの営みに、彼は目を細めている。

 暫くそうしていて、彼は切り出した。


「お話ですが、人目のあるところでは不適切かと考えました」

『なるほど。どうされましたか』

「カラバシュで見知らぬ異世界の神に預かったものがあります」


 彼はごそごそと腰に結わえた布袋に手を突っ込んだ。


「あなたにお見せしておこうと思いまして。これです」


 そっと差し出したのは白封筒だ。にしても真っ白だね、こんな白い紙の封筒なんてないよこの27管区世界には……てなわけで異世界感がすごい。ロイの同意のもと、開封しようとして気づく。


『うん……?』


 あれ待ってよこの白封筒。

 表書きに堂々とK. Foresterって書いてあるんですけど! ちなみにロイはR.Foresterだからね。


「どうされましたか」


 八雲PMがヤバイっていう理由が呑み込めたよ! ロイが会ったの、フォレスター教授ゃないですかー!? 何で27管区にしれっと来てるの! ここサイバーテロがあってからというもの、最高レベルのセキュリティになってんのよ。私の疑似脳なんてもう一般構築士とは違う場所に格納されてるって話なのに。

 そんなあっさり来ないで下さいよ教授、てことはこれ、フォレスター教授の神具じゃん。

 八雲PMからロイに使わせないようにって指示があった神具って、まさかこのカードっぽいやつ?

 時間にして数秒は詰まってた私の動揺を、ロイが見逃すわけがない。


「もしや、この暗号の意味をご存知なのですね。そうではないかと思いました」

『面識はありませんが、名前は聞いています』

「名前?」


 あ、口が滑った。


「これは名前なのですね」


 白封筒の表書の字を、ロイはまじまじと見てくる。間の悪いことに私の放つ後光で周囲は明るく、文字はよく見える。夜間照明いらずなんだよね。うん、よく見えるねーほらーってやってる場合じゃない。彼は、それが誰なのか敢えて聞いてこない。私が答えないと思っているからな。


『とにかく、見せてくださいね』


 どぎまぎしながらぺらりと封をあけると、中に白いカードがあって、”肌身離さず持っているように”と英語で書かれてる。

 カードの下には、何か高級そうな幾何学模様の刻み込まれた上品なコーティング色に輝く黄金のカードの束が出てきた。こいつがアガルタ創始者のフォレスター教授謹製、ヤバげな神具か……?


 あれ、何かロイが目を丸くした。


『どうしました』

「強羅大文字焼様と信楽焼様が、他神の神具には触れられないと言っておられましたが、あなたは平気だったのですね」


 ちょ、まって。今、私が触れるか試したんだよねこの子。

 そんなに危ないものなら触る前に止めてよ! 

 さらっと試さないでよ! そういやこの子私を試す癖があるよ、服の裾わざと踏んでこかしてみたり。まあそのあたりを今更指摘するのも小さな話なので一旦スルーして


『今のところ、平気ですね』


 あ、でも発熱してきた。封筒から出してないのに長く持っていられないな。

 何か誤作動とかオーバーヒート起こさないように封筒の中に戻す。


「で、誰なのでしょう?」


 で、じゃないよ。

 ロイは国際語と日本語は部分的に読めるけど、英語はまだあまり読めない。

 私、こっちの世界では英語使わないし言語サンプルが少なすぎるからな。


『誰なのかはさておき、肌身離さないように持っていなさいと書いてありますね』

「口頭でもそういわれました。では、俺が持っていてもよろしいですか」


 真顔だ。というか迫真の表情すぎて断りづらい。


「持っていたいのです」


 報告したうえで、正式に所持の許可を求めている。

 八雲PMは、”起動させないでくれ”とは指示したけど、取り上げろとは言っていない。

 うーん……


『危険なものですので、この封筒をみだりに開封しない、民に見せない、手に触れないと約束してください。それが約束できるのでしたら』


 ”持っておくだけ”なら、いい筈だよ。


「危険なもの……」


 さも意外だというように、彼は手の中のそれを見つめた。


『神具ですから』


 八雲PMは使わせるなって言っただけだし、持ちたいなら持っとけばいい。私が言いつけた約束は絶対に破らない子だから、むしろ私が管理するより安全かもしんない。てか発熱して私も持ってられなかったしこの子が持ってるのがいいかも。


「何故、所有者は俺にこれを渡したのでしょう」


 彼はぽつりと漏らした。私は暫く考えて……


『お守り、なのかも』


 頓珍漢な発想なのかもしれない。でも何となく、そう思ったんだ。

 フォレスター教授はロイの製作者、いわば生みの親だ。

 離れて暮らすわが子のために、父親がわざわざ危険な神具を渡しにくるとは思えなかったんだ。

 だからこれは、護身用の懐刀みたいなものなんじゃないかな。危険を察知して発動するとかさ。


「お守りというのは?」

『私のいた世界では、大切な人の安全を願って、心のこもったものを贈る場合があります』


 両手で封筒を挟み込むようにして、彼はじっと手元を見つめた。


「たとえば、家族のような相手に贈るものですか」

『そういう場合もあります』


 ロイはもやもやとしたものが氷解したような、腑に落ちたという顔をしていた。

 接触してきたのがフォレスター教授だって気付いたのか、勘のいい子だよ。


「でも、俺の親はどうして俺を捨てたのでしょう。おまけに、会ってすぐ名乗りもせずどこかへ行ってしまうだなんて」

『うーん……そうではないのだと思いますよ。やむにやまれぬ事情があったのでは』

「そうなんでしょうか」

『少しも気にかけていなければ、会いにこないでしょう』

「……ではそう思うことにします」


 納得してないみたいだ。


「別件ですが、次回の国際会議での議案と報告書と意見書をまとめてみました」


 ロイは丁寧に紐で綴じられた書類の束を私に手渡す。

 ぱらぱらとめくると、各国のデータがきれいにまとまっていた。各国の人口増加率に平均年齢に人口分布、食糧事情の分析、貿易収支、職業一覧、戸籍っぽい住民リスト。

 おやまあ、経済財政白書じゃないのこれ。

 てか、ほかの国の素民たちってロイ以外にグラフ読めるのかな。

 モンジャ民の数学力がほかでも通用すると思っちゃいけない。

 1P目から最終ページまで、全部ロイの筆跡だった。

 え、この数日で一人でやったの? 寝てないなこりゃ。


『よくこれだけのものを短期間にまとめましたね。必ず役立つでしょう。私が複写して、会議の席で代表者に資料を配れるよう準備しておきます』

「ありがとうございます。助かります」

『さあ、あなたには休息も必要ですよ』


 そして私も眠いし。

 うーんと伸びをして立ち上がった。明日ってか今日も懸案だらけで使徒さんたちとミーティングがあるから朝早いし、ひと寝入りしたいところ。昔は私も寝ずに仕事してたんだけど、寝るようになってからぐんと能率がよくなったんだよ。だから最近はきちんと睡眠を取るように心がけている。健全な精神は健全な肉体に宿りますからね。


『では、帰りましょう』

「もうひとつお話があるのですが、どうしても気になっていることがあります」

『はい、それはどのような』


 まだあるの? 私は警戒もせず首をひねった。


「どうなってしまったのでしょうか? メグは」


 ロイの観察眼にかかれば、メグの異変を見過ごす訳がない……か。

 もしくは、メグと直接話して気付いたのか。


「話をしていると、赤井様の記憶がないようなのです」

『そうですね、第三区画の際に、彼女は部分的に記憶を消されてしまいました』


 私の肯定の言葉に、ロイは文字通り絶句した。

 彼の長時間の沈黙の間、夜風がやけに大きな音をたて物悲しく吹きすさんでいた。

 息の詰まるほどの静寂に、切り刻まれてしまいそうだ。


「メグは、あなたの傍にいなかったのですか」


 彼は私を真っ直ぐに悪意もなく見据えながら、歯切れよく噛み締めるように尋ねた。


『私が第三区画にいる間に、メグさんはモンジャで襲われました』

「そう……だったのですか……」


 メグの襲撃はどうしようもなかったのか、予測もできず、その場にいなかったから避けられなかったのか否か。私が無力だったのか、ただ油断をしたのか。あらゆる可能性に心を奪われ、彼は激しく揺さぶられているようだった。


『彼女が襲われたのは、私の責任です』


 ロイは考えた結果、私に責任の所在があるということを受け入れたけれど、責めることはしなかった。


「消えた記憶は、どうにかして戻せませんか……話して聞かせてもだめでしょうか」


 それをやったとしても、彼女はその記憶を他人事のように感じるだろう。言葉で情報を刷り込むことは、決して彼女の体験にはならないからだ。それは不毛だ。


『戻さない方が彼女のためだと、私はそのように考えています』


 至宙儀を使えばメグの記憶は戻るだろうけど、危険を冒してメグの記憶をいじる意義も見出せない。

 というのも――


『メグさんは、七日後にこの世界から旅立ちます。今はもう、彼女の最後の時間なのです。私は、心穏やかに彼女に大切な時間を過ごしてもらいたい』


 だから――私との記憶を呼び覚ますことは、彼女の旅立ちの妨げにしかならない。

 それを聞いたロイの顔から、ざあっと血の気がひいた。


「……戻って、くるんですよね」

『そう、信じています。ですから、記憶のことはいいのです』

「そうは思いませんね」


 彼の声がびりっと震えた。


「あなたはよくても」


 いつになく、力強く拳を握りしめているらしい。前腕の筋肉がみちみちと音を立てんばかりにしなれば、彼の周囲にアトモスフィアが迸る。私の体は静かに、おそらくは反射的に、最小の動作で身構えた。コンマ数秒の無意識の防御に気付き、私は後ろめたさとともに構えを解く。

 私は確かに、ロイに対して身の危険を感じている。

 しかし、その直感的な判断は間違っていなかった。


「それでいいわけがない!」


 はっと気付いた時には彼の右拳に、私は頬を撃ちぬかれようとしていた。

 油断などしていない。彼の踏み込みは私の予想を超えて速かったんだ。まだ避けられる。

 でも私は敢えて避けることも受け止めることもせず、彼がどうしたいのかを見極めようとした。


 結果は、寸止めだ。それでも彼の拳圧は、私が見積もっていたよりずっと強力だった。私は彼の肉体の持つ強靭さを、多分に過小評価していたようだ。

 私に指先一本触れなかったが、攻撃態勢に体幹から入りこんでいる。

 ……あるいは彼もまた、私の行動を見極めようとしていたのか。本気なのかフェイクなのか、一貫して従順な姿勢を続けてきたロイがついに私に拳を向けた。彼は一度も私を殴ったことがない。幼少期、彼と初めて出会った日以来、”殴らない”ことに決めていたからだ。

 彼の言うことは、間違っていない。

 記憶と感情は個人の全てであり、人生そのもの。記憶の積み重ねが今のメグを創り上げてきた。それらが欠ければ心も欠けてしまう。それでもいいのか、それでいいと思っているのか。彼はそんな趣旨のことを言ったと思う。彼には、「事実を伝えない」という私の裏の意図が理解できない。したがって、突き刺さるような感情の発露が結果として現れた。


「人の心を読めるあなたは、メグがあなたにどんな感情を向けていたかも知っておられた、でも」


 辛辣な言葉は、彼の本心そのままなんだろう。彼は私を信頼しているけれど、盲信しているわけではない。私が間違っていると思ったことには、これまでも真っ向から反論してきた。今もそうだ。

 彼の思考回路には、中間というものがない。より正しく合理的であると思われる選択をして、そうでないものは無意識のうちに棄する。そこが人間と違うんだ。


「……俺は、なぜあなたがそんな事をなさるのか分からない」


 そう……高性能A.I.であるロイは、記憶が曖昧だったり忘れた経験なんて一度もないんだ。

 だからメグという人格を破壊されたかのように感じているのか。そして私がそれを見過ごしているように考えているんだ。彼は、至宙儀を使えばメグの記憶が戻ると気付いていた。

 それでも私がそれを提案しなかったことへの怒りと嘆きが、彼の中に渦巻いている。


「ごめんなさい、俺は本当にあなたを殴ろうとしていました」


 他管区で暴君と化し、主神に叛旗を翻し幾度となく殺されたロイ。完全なA.I.であるがゆえに主神との関係がこじれていったその過程に私はまさに、直面しているのかもしれなかった。

 彼の制御系が矛盾なく機能しているその中で、彼に主神殺しを決意させ破滅へと向かわせたのは、僅かな認識のすれ違いなんだ。

 なるほど。こういうことなのか。私はじんわりと、彼がずっと以前から抱えていた癒えない傷口が見え始めたような……薄暗い感動を覚えていた。


「どうすればいいんだ……」

『では、殴ってみますか』


 かくなるうえは、とことん付き合うことにするか。こうなったら彼の気もおさまらないだろうし、怪我をさせないよう相手をしながら一方的に殴らせてもいい。私も全部が全部喰らってあげるつもりはない。

 腹をくくり、上着を脱いだ。


『ただ、本当に大切な問題ほど、殴りあいでは解決しないということは覚えてもらいます』


 そのときだった。


「けんかしないで! 二人とも!」


 茂みをかきわけ、誰かが飛び出してきた。メグだ。息をきらせている。


「メグ……!」 

「やめて! そんなの、よくないよ……ロイらしくないよ」


 メグは間が悪そうな顔で、ひどく怯えた様子でこちらを見ている。


「何でこんなときに、ついてきたんだ」

「ロイが夜中に抜け出して行ったから、どうしたのかなって思って……また黙ってどこかに行くんじゃないかと思って……それでついてきたの。ごめん。だけどそしたら、赤い神様とケンカしようとしてるなんて、何でそんなことしようと思ったのか分からないけど、止めなきゃって」


 今のメグは私を、「赤い神様」と呼ぶ。言葉は同じなんだけど、以前とニュアンスも発音も全然違う。

 あの、「あかいかみさま」という、幼少期からの、少したどたどしくてはにかんだ感じを私は当たり前のように聞いていたけど、もう、あの頃とは違うんだ。彼女は慌ててしまっている。


「許して下さい、赤い神様。きっと、少し頭に血が上っただけなんです。ロイも謝ってお願い!」

「おい、メグ」


 こうなったらメグの前で、この続きは無理だよ、ロイ。

 話なり、果し合いは後日にしよう。


『わかりました、今日はやめましょう』


 そう言うとほっとしたように、メグはロイの背中をひとすじなでおろした。彼女はロイに対してはやっぱりお姉さんぶる。そういうところが、本当の姉弟のようでやっぱり子供の頃のまんま。微笑ましいな。

 私なら怒ってないよ全然。ロイは怒ってるんだろうけどね、うん……徹底的に話し合って、拳をぶつけあったって分かり合えないことだってある。


『今夜は寝て、お話の続きはまた明日にしましょう。よろしいですね、ロイさん』


 そもそも、私たちは分かり合えないものかもしれない。

 それでも、対話を試みることをやめてはいけないと思うんだ。

 相手が人間であれ、素民であれ。


『帰りましょうか。集落までお送りしましょう』


 ぎこちない笑顔でお茶を濁すと、メグははい、と力なく頷く。

 その表情から、話を聞かれていたんだと私は察知した。メグが別の世界に旅立つかもれないということは、彼女自身がよくわかっている。それでも、一週間後というのはあまりに短すぎる。

 ああ、なんてこった。どうするかなぁ……。

 

 何か気の利いたことを言ってあげたかったけれど、言い出せないまま、一旦は矛をおさめたロイを送り、次にメグの家まで送り届けた。

 メグの家、というかバルさんの家はモンジャの伝統的な三角屋根の高床式住宅だ。

 ここに、バル、マチ、ナズ、メグ、カイの家族五人で住んでいる。

 皆は誰も戸口に出てこないな。寝ているみたいだ。私は声を落として挨拶をする。近所迷惑にならないように。


『ではメグさん、おやすみなさい』

「おやすみなさい、あの」


 私が閉めかけた家のドアを、メグはなかなか閉めようとしない。


「赤い神様、送っていただいてありがとうございます。これから神殿に戻られますか」

『ええ。私は少し散歩をして戻ります』


 あー、戻って一睡ぐらいはできそうかな。

 何か今夜は疲れたな。一睡したら早起きして、ロイの書類もきちんと読み込まないと……。


「あの……! お散歩、一緒について行ってもいいですか?」

『え? ええ……あなたが眠くないのでしたら、よろしいですよ』


 メグのほうから私を誘うのって、あれ以来初めてだ。第三区画解放のあと。


 彼女のことが心配だったから、二人きりで話したいと思って何度か誘ったんだけど、何度となく避けるようにされていた。

 メグは薬花畑に行きたいというので、そちらに足が向く。

 お互い落ち着かなく、居心地も悪くて会話も控えめに世間話程度だ。

 薬花畑は蛍光の光に満ちて明るかった。下品な明るさではなくて、生物発光のほんのりした光に心が和む。というのもうちの素民ったら薬花畑の栽培に遊び心を取り入れはじめていて、モンジャの観光産業となりつつある。畑一面をキャンバスにして、巨大な人物画や幾何学的なデザインの絵など、続々と薬花アーティストが作品を仕上げてきて、夜のモンジャのフラワーイルミネーションは壮観だ。正直、現実世界のイルミネーションにも匹敵してると思うよ。

 早い時間はカップルのデートスポットみたいになってるけど、さすがに午前二時を回ったこの時間には誰もいない。だから、誘ったのかもしれないけど。


 メグは薬花で織り成す光の海の上に掛かる月を見上げながら、しんみりと。


「花も月も、今夜は特にきれいです。星も出ていればよかったけれど」 

『そうですね、星ならいまに見えますよ』


 私がふうっと空に息を吹きかけると、雲が消えて深宇宙のようなバックグラウンドに人工の銀河が拡がった。花鳥風月、私と愛実、私たちはそういう自然の景色を愛していたんだ。月を見上げるにまかせた。空気が澄み切って、霞が消えてより大きく静謐に見える。この世界の月は、地球のそれより随分迫力がある。

 現実世界のそれと違って、まだ、誰のものでもない月。

 素民が見上げるしかないそれには、手付かずの「月の海」が広がっている。

 この世界の素民が宙を知り、あの月の海に到達するのは、いつのことだろう。


「あの月が満ちた頃に、私はここからいなくなるみたいです。お迎えがきて……そのときがくる」

『あ、と……それは』


 不意打ちで、きた。


「いいんです。……さっきのお話、聞こえちゃいました。私、向こうの世界では違う人で、残してきた大切な人たちがいるみたいなんです。その人たちに別れも言うことができずにここにきてしまって」


 彼女は視線を伏せた。


「その人たちに会いたいなって思えるようになったから……」


 ああ、よかった。

 メグの現実世界側の記憶は完全なんだ。

 きちんと傷は癒えて、自己同一性が保存されているんだ。


「ちょっと冷たそうに見えるけど、とっても優しいさおりっていうお姉ちゃんと、それから……」


 愛実のお姉さんの東 沙織さんだよな。

 会ったことも顔を見たこともないんだけど、ずっと話は聞いていた。

 前途有望で世界的に活躍してるっていうお姉さんのこと、いつも誇らしそうに話してたっけ。

 クールなんだけど何か宮澤 賢治の詩集とか好きで、少女趣味な人だった筈。

 話に聞くだけだけどね。


「きっぺいくんっていう、私が大好きだった人」


 あー……目の前がくらっときた。思わず額を押さえる。

 当たり前だけど、私のことを覚えてるんだ……きっついなぁ。


「ふたりのことを考えると、苦しくて……私がいなくなって、どこにいるかも伝えられなくて、残された二人はどんな風に思ったんだろうって。この世界からいなくなるのは怖いと思っていたけど、私は向こうの世界に戻って言いたいことがあるから……やっと、そう思えるようになったんです」

『会えるといいですね』


 ごめんな。こんな事しかいえなくて。

 現実世界に出ても、そこに私こと神坂 桔平はいない。

 そして現実世界に戻った君を現実世界側で出迎えることも会うこともできなければ、構築士とリアルで係わり合いにならないほうがいいというアガルタ機構の慣習があって、きっと消息すら掴めなくなっているだろう。

 でもお姉さんは君を迎えに来てくれると思うし、君の回復と目覚めを心待ちにしているに違いないよ。


「それと、私は動物のおいしゃさんになるつもりだったみたいです」

『あなたには向いていると、思いますよ』


 そうだよ。

 君は私なんかより熱心に勉強していたからね。

 深夜の勉強会、お互いの存在を確かめながら、二人だけのあの空間が心地よかった。

 過不足のない君の言葉と、一つ一つのやり取りを覚えている。

 あの頃、私は彼女を、私の人生で出会う中で一番大切な女性だと思っていた。その彼女に、今のメグと過ごした記憶が積み重なって……。


 今の君はもっともっと大切な人になった。


 でも私は、君とお別れしなければいけない。

 現実世界で幸せになるには、そうするしかないんだ。


『向こうの世界に行ったら、何をしたいですか』


 とりとめもなく、そんなふうに尋ねた。

 私のいない世界で、現実世界に出たら、メグという仮想の人格はいったいどうなるんだろうと思っていた。

 愛実という人格に、否応もなく飲み込まれてしまって……そんなの悲劇なんじゃないかって。

 でもメグの人格は愛実の中に、しっかりと意識を持ったまま統合されていて、メグは愛実のことを他人ではない自分の一部と感じている。

 私はもう、メグが東 愛実として現実世界に帰還するのを残酷だとは思わない。


「お姉ちゃんときっぺいくんと、もんじゃ焼きを食べたいな。つきしまの、もじゃ何とかってところ」

『ああ……月島の』


 もじゃじゃ屋のことだよ。

 看板がものすごく見えにくい隠れた老舗の名店で、土日しかやってないんだ。

 ここがさ、もうキャベツの切り具合とかオリジナルソースの仕上がりとか絶妙なんだよ。

 ホタテバターの鉄板焼きもいつも頼んじゃうよ。

 おすすめはもじゃじゃミックス海鮮スペシャルだね……あ、やばい食べたい妄想が膨らんでよだれ出た。こそっと袖でぬぐう。


「赤い神様は、ずっとこの世界におられるんですか?」

『そうですね。この世界の皆さんとともにいるつもりです』


 あと989年か。気が遠くなりそうだけど、その時は必ず来る。

 私がこの世界で仕事を終えて、現実世界に帰還する日は……。


「元の世界に、家族を残してこちらにこられたんですよね」

『そうです』


 両親に祖母に、弟の健太。皆元気でやってるって、一応は聞いているけど。相変わらずなのかな。


「そっか……会えないなんて、寂しいですよね」


 別に生き別れってわけでもないし、これは仕事だから。


「あの、赤い神様って向こうの世界ではなんという名前だったんですか? 向こうの世界でご家族をさがして、あなたからの言葉を伝えておきますよ」


 おお、そりゃ機転がきいてる。


『何だったかなぁ。うーん……忘れてしまいました。はは、どうしたことか……』


 白々しいけど、ほかにどう答えればいい。

 メグが名前を忘れているなら、改めて言えるわけがないよ。

 だってメグが今会いたいって言った人間と私が同一人物だと白状することになる。


「あのね」


 メグは背伸びをして耳打ちをしようとするので、少し腰をかがめる。


「モンジャって集落の名前をつけたの、赤い神様だって聞きました。だから思ったんです。もしかして、赤い神様も、もんじゃ焼きが好きだったのかなって」


 こしょこしょと、楽しそうに私の耳元でそう言うのだった。


『ここだけの話ですがね』


 こそばゆく感じながら、私もはにかみつつ彼女に耳打ちする。


『大好物なんですよ』


 彼女は彼女のまま、生まれ変わるんだ。

 彼岸から此岸へとわたって

 彼女の足で現世の幽境から羽ばたいて、

 第三惑星地球の堅い大地へ降り立つだろう。


「わ、やっぱり……!」


 メグは大変な秘密を共有したような神妙な顔をして、

 こらえきれなくなってぷっと破顔した。

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