昔のある日
昔のある日。「今日の説話。ヒャッハー神と始祖のドラゴン」そう告げる看板が、スカジーの街の東端にあるジョガスキ・ヒャッハー教会入り口に下がっていた。子供達に人気の説話で、この日の教会はスカジーの子供達で溢れていた。そもそもジョガスキ教会はそんなに大きくはない。大人が長椅子に詰めて座ってもせいぜい百人だ。その長椅子が子供とその親とで埋め尽くされ、その光景に新任の神父のノラールは圧倒され、丸い目を更に丸くし、長い顔が笑顔で横に広がった。
演壇の後ろには幕のかかった大きなパネルがあり、その前でノラールは軽く魔力障壁を演壇前に展開した。これだけ子供が集まっていると、中には魔法でイタズラを仕掛けようとするクソガキが混じっているかも知れない。予め対応しておいた方が良い。結界は強度がある反面維持するのに魔力を消費する。魔力障壁なら一度展開して置けば解除するまでずっと維持できる。クソガキのイタズラ程度ならこれで十分だった。
(ま、でも、この感じじゃイタズラしそうなクソガキはいなさそうだな。)ノラールは素朴そうなスカジーの子供達を見渡して、自然と笑みが溢れた。その親も素朴で実直そうな雰囲気だった。よくあるクソガキのイタズラは、ダッカーという声を甲高くする魔法だった。説話の最中にこれを神父に対してやるのだ。
ノラールは一度だけこの被害にあった。真面目な説話の最中に急に声が甲高くなり、ノラールは憤怒の面持ちで指を鳴らし、魔法を強制解除した。教会の隅で子供が二人笑っていた。魔力の来た方向でこの二人が犯人に間違いなかった。しかし、ノラールは反撃も何もしなかった。即座に魔力障壁を自分の前に立て、何事もなかった様に説話を続けた。(ああいうガキはどこにでもいるんだな。)ノラールは呆れながらも、自分もそうだったのを思い出し、内心で笑っていた。
「さて、皆さん。今日もヒャッハー教会へ足を運んでくださり、嬉しい限りです。本日はヒャッハー神と始祖のドラゴンが如何にして世界を平和に導いたか、そのエピソードの一つをお話し致します。」ノラールはゆっくりと観客の顔を一人一人確認するかの様に眺めた。
「皆様がご存知の通り、ヒャッハー神はこの世界をお創りになりました。何もなかった所に、大地を、山を、川を、海を、そして様々な生き物を、その限りない魔力を使い、お創りになったのです。ヒャッハー神がいらっしゃらなければ、我々人間も存在し得なかったのです。ヒャッハー神がお創りなった数々の物の中で、最も愛情を注ぎ慈しんだのが、我々人間です。ですから、人間は知恵も、魔力も他の生き物に比べて優れているのです。」ジョガスキ教会は静まり返っていた。ノラールは改めてスカジーには信心深い人たちが多いのだと思った。
「太古の昔、ヒャッハー神のお創りになった世界で、生き物は生き物自身の力で増えて行きました。人間も同じ様に増えました。しかし増え過ぎて、中にはヒャッハー神のお考えとは違う悪しき事を行う者達も現れ始めたのです。ヒャッハー神は考えました。悪しき者達を懲らしめるにはどうすれば良いか。そこで、この悪しき者達が一目見ただけで恐れ、悪しき事を行った事を後悔するような生き物をお創りになったのです。それが今私達が始祖のドラゴンと呼ぶ存在です。今私達が親しんでいる竜の祖先と思っても良いでしょう。」
(はい、ここで始祖のドラゴンの絵登場。)ノラールは背後で他の神父達が始祖のドラゴンの絵に掛かった幕を外す音を、そして目の前の観衆が感嘆する声を聞いた。
「これが始祖のドラゴンです。どうです?怖いでしょう?」ノラールは後ろの絵を一瞥した。「悪い事をしたら、こんな竜が口から火を吹きながらやってくるんです。それに、ヒャッハー神は始祖のドラゴンに特別な能力をお与えになりました。全知全能です。千里眼とも伝えられています。どちらにしても、悪しき事を見逃さない様に与えられた能力です。」
(ケッ。)教会の壁際に立っていた六歳のローゼフは、心の中でノラール親父の説話をくだらない話だと思った。確かに竜はかっこいい。いつか自分も騎士団に入って、竜を乗りこなせる男になると願っていた。しかし、この神話の竜は怖く見せるために大袈裟に描かれ、火を吹くなんて竜としてはあり得ない要素まで加わっている。(そりゃまあヒャッハー神の乗る竜だし、ちょっとはそういう演出あっても良いけど。ウソっぽーい。)ローゼフは習ったばかりの魔法でイタズラしてやろうと画策した。子供達の間で流行っている魔法ダッカーだ。これを受けた相手は声が高くなる上に変なビブラートまで加わる。ダッカーは、元々は発話している人物の正体を隠すために使われる魔法だった。しかしその効果の面白さに、子供に魔法に興味を持ってもらおうと、ダッカーを教える魔法教師が多かった。
(チッ。あそこ、魔力障壁がある。対策済みかあ。)ローゼフはダッカーを演壇前で跳ね返されたのに気づいた。悔しくなったローゼフは何とか神父に恥をかかせたくなった。(あの魔力障壁、デカいのかな、ちっちゃいのかな?うーん、サイズが小さめなんなら、神父の頭の上とか狙うとイケるかな?試してみるか。)
ローゼフは念入りに魔力を練り、魔法の方向をノラールの頭上に定めた。(ダッカー。)小声再びで唱える。ローゼフの頭上には魔力障壁はなかった。(スプラ。)習ったばかりの、魔力を拡散させる魔法を唱えた。思った通り、魔力は下へ落ちていった。効果はあった。
「ヒャッハー…。」そこまで口にして、ノラールは誰かが魔力障壁の隙を突き、ダッカーを自分に放ったのに気づいた。即座に指を後ろ手に鳴らし、魔法を解除した。(バカなクソガキがやっぱり混じってたか。)説話を続けながらノラールは魔力の発信元を探った。(ナメてんじゃねーよ、クソガキが俺に敵うと思ってんのか?あー、あの壁際のあいつかあ。ふーん。じゃあ竜に火でも吹かせるか。)ノラールは幻術魔法が得意だった。幼いローゼフに竜が火を吹いたと思わせるのは造作の無い事だった。軽い気持ちで放ったそれが、どれ程の効果をローゼフに与えたかなど、ノラールは知る由もないし、クソガキの事など知ったことではなかった。
その後、ノラールは王都にあるヒャッハー教の総本山マンガダロ教会に栄転した。




