俺は掴まり立ち
俺は掴まり立ちを完全に獲得し、今はあんよは上手を実行中だ。俺が掴まり立ちが出来るのを知ったヘラリー母さんは、泣きながら豪華歩行器を自分で持って来た。
「ああ、もう。エローシュが初めて立つ所を見たかったわ。」と、部屋へ入るなり局部を見なくて済む魔道具メガネを掛けたヘラリー母さんは俺を抱き上げ、ゆっくりと俺を歩行器の中へスッポリ嵌めた。体の周りのクッションの布地が、その、この光沢は絹ですか?そして、このカラフルな刺繍。あのー、俺、きっと汚しますよ?ああっ、なんか動きがスムース。どこまでも歩いて行ける、コイツとなら。
フォリーとミュウビーが顔を見合わせて笑っている。俺は実はとっくに掴まり立ちは出来そうだと思ってた。しかしハイハイが楽し過ぎた。どれだけハイハイで速く移動出来るかに夢中だったのだ。そして今は歩行器と共にどれだけ速く歩けるか試していた。
「あらあら、エローシュったらもうそんなに歩けるの?」ヘラリー母さんが目を見張る。そうだよー、エヘン!
「じゃあ、そうね。ちょっとお部屋の外をお散歩しましょう。」とヘラリー母さんは俺の部屋の扉を開けた。
相変わらず全裸状態のリューちゃんが指クイして、例の天井に張り付いてる監視用の青い球を俺の頭上へ移動させた。何かもう俺、生まれた時からリアリティショーやってる気分になって来た。でもそういやベビーモニターってあったなあ。追尾機能付きのベビーモニターだな、コレ。貴文生まれた時にそんなもん使ってなかったなあ。チョロリンに会いたいなあ。本当にチョロリンは貴文がこの世界に転生して来た赤ん坊なんだろうか?
ヘラリー母さんとミュウビーとを伴って回廊を歩く俺。あれ?これはもしかしてセロンとチョロリンのいる部屋へ行くのかな?あ、やっぱり。
「おおいうあ?」ここ行くの?やっぱりまだ言葉がちゃんと発音出来ない。ヘラリー母さんが俺を優しく見下ろし「チョロリンに会いたいでしょ?」と部屋の扉をノックした。「あうあい!」会いたい!俺は両手を上げて答えた。
部屋に入ると、セロンはチョロリンの眠る柵付きのベッドの側に座っていた。俺の見たことの無いメイドがその後ろに控えてる。セロンは俺が歩行器を使っているのを見て満面の笑みを浮かべた。メイドは緊張しているのか無表情だった。
「まあ、エローシュとうとう歩けるようになったのね。この間までハイハイしてばかりだったのに。」俺はセロンの側へ行き「あうえうー。」歩けると言って手を振った。そして赤ん坊用しては大きいベッドの中のチョロリンを見た。良く寝てる。チョロリンもこのデカめのベッドの中でハイハイに夢中になるかな?視線の高さは違うが、昔こうやって生まれたばかりの貴文の寝顔を見てたな。ベッドはもっと狭かった。そういえば、ガラガラおもちゃを与えたら、それをずっと離さなかったな。俺、良くそんな事覚えてるなあ。昔の話だ。昔の。
そんな事を思いながらチョロリンの顔を見ていたら、チョロリンが目を開けて俺を見た。あれはやっぱり、ちゃんと見えている。俺と同じだ。俺も生まれた時から周りがハッキリ見えていた。チョロリンが俺に向かって手を伸ばす。俺も手を伸ばしてみるが、歩行器とベッドの広さに阻まれて、その手に触れる事が出来ない。手を触れれば、きっとまた貴文の声が聞こえるかもしれない。あれは錯覚だったかもしれないが、でも俺はもう一度貴文の声が聞きたかった。でも手が届かない。くそ。どうにもならない、どうにも…。
俺は気付けばギャンギャン泣いていた。チョロリンに向かって精一杯手を伸ばしながら。新生児のチョロリンにはベッドを這って動く事もままならないだろう。周りが戸惑っているのが判る。俺はなりふり構っていられなかった。そもそも俺、赤ちゃんだ。赤ん坊はなりふり構わないだろ?なりふり構わなくて良いだろ?チョロリンはパンター兄さんの娘だ。そんなの判ってる。早く!どうにかしろー!俺は貴文と、俺の息子と話したいんだー!
泣きじゃくる俺の体はヘラリー母さんの手で宙に浮き、チョロリンが手を伸ばすベッドの中へそのまま入れられた。チョロリンはメイドの手で脇へ寄せられ、俺が入るスペースがいつの間にか作られていた。
手が、チョロリンの手がゆっくりと泣きじゃくるの俺の手に触れる。
その瞬間、何かが俺の意識に流れ込んで来た。そのショックで俺は即座に泣き止んだ。
(父さん、そんなに泣く事ないでしょ?)
頭の中で響くその声は懐かしかった。懐かし過ぎて、また俺の涙腺が崩壊しかけた。
(父さん、そんなに泣かれたら話もできないよ。)
貴文の笑顔が思い浮かんだ。




