夜だ
夜だ。昔はフォリーかミュウビーが交代で俺の夜間の様子を見ていたが、最近はこの変態全裸野郎が「我が見ておる、必要無い。」と言い張って、彼女達の夜間の仕事は無くなっていた。それが今は有り難かった。俺は全く寝つくことが出来なかった。あれは…確かに貴文の…声だった。
(我が主人よ。)知らねえ。
(我が主人よ。)うるせえ。
(我が主人よ。)しつけえ!俺は意識的にこの変態全裸野郎のテレパシーを遮断できるか試してみた。
(………………)あ、出来た。
「我が主人よ。」やめい!うー。何だよ、俺は、俺は…貴文…。お前、死んじゃったのか?
「うむ、そうなるな。」えっ!な………。
もう何も聞きたくない。八ヶ月だ。俺が死んで、八ヶ月。てことは貴文は25歳で死んだのか?何故?それに、何で女の子に生まれて来たんだ?どういう事だ?
「わからぬ。それは我にもわからぬが、あの娘は重要だ。主人の助けとなる人物だ。」何でそんな事を言える?
「あの娘は、主人に足らない能力と知識とを持って生まれて来た。これから必ず、役に立つ。」
へー、そうですか、そうですか。あのヒャッハー親父はどうしてんだ?呼べば出てくるのか?ってか、出て来いよ。出て来て説明しろ!お前には説明する義務がある!何てったって、俺をこんな世界に転生させたんだからな!息子まで、貴文まで巻き添えにするな!
お前、本当は死神なんだろ?貴文を…殺したんだろ?何が創造神だ!ヘンな格好で現れやがって…。最初っからふざけてんだよ!
涙腺が決壊し、俺は泣きじゃくった。もうこうなると止められない。泣きに、泣きに、泣いた。
俺は無力だ。チート能力が何だ?今、俺はただの赤ん坊だ。俺には俺の人生がある筈なのに。俺は、俺たちはただの道具かよ。
そうやって俺は泣き続け、気づけば眠っていた。朝、俺を覗き込むフォリーの顔を見て、やっぱりここは日本じゃ無い、どこか訳のわからないヒャッハー親父の創ったとかいう世界なのだと思い知った。
毎日楽しみにしてた離乳食も味がしない。勝手に俺の従者になってるこの変態全裸野郎が哀れになって来た。俺みたいな赤ん坊に何が出来るって言うんだ?あんな気色悪いガスを吸わせて排便させるために転生させたのか?クソが。クソのクソのクソだ。おい、ヒャッハーとやら、お前の期待通り俺はクソ塗れになったぜ。文字通りな。
「まあ、エローシュ様、今朝は随分不機嫌ですね。」魔道具メガネのフォリーが離乳食の容器を片付けながら呟いた。うん、不機嫌オブ不機嫌。
「リューちゃん様、エローシュ様は昨晩何か、夢見でも悪かったのでしょうか?」フォリーがメガネをクイっと直した。
「うむ、まあそのようなものだ。後を引いておるのだろう。」変態全裸野郎ことリューちゃんは腕を組んで椅子に座っていた。俺は幾ら問いかけても答えが返って来ない疑問に疲れ、また睡魔に襲われた。
セロンはベッドの中でチョロリンを抱いてあやしていた。朝目覚めたチョロリンが泣き止まなかったからだ。やがて安心したのか、チョロリンはまた眠りに就いた。セロンはため息を吐いた。(この娘に大事な役割があるって何かしら?あの始祖のドラゴン様、リューちゃん、だったわよね?あの方がそうおっしゃったって聞いたけど…どうでも良いわ。この娘を危険な目に遭わせたく無い。女の子なのよ?)セロンはベッドの上のテーブルに運ばれて来たままになっている朝食に目を移した。どうにも食欲が無いが、食べなければ元気が出ない。そこへ夫のパンターが部屋に入って来た。
「おはよう、セロン。チョロリンの様子はどう?あれ?朝食に手がついてないよ?どうした?」
「おはよう、パンター。チョロリンなら、さっき寝ついたわ。朝食、矢張り食べないとダメよね?」
「食欲ないのかい?何か別な朝食を用意させようか?」パンターはベッド横の椅子に腰掛けた。そこへメイド長のメリーナが部屋に入って来て、朝食が手付かずなのに気がついた。
「あ、セロン様。あの、朝食はお下げいたしますか?温かいお茶をご用意しますよ?」メリーナはパンターの横に立ち、心配そうな顔を見せた。
「いえ、メリーナ。頂くわ。ちょっと冷めてしまったけれど、これで良いわ。」セロンは体を起こし、フォークを手にした。
「無理は禁物だよ、セロン。でも、元気になってくれると嬉しいよ。」パンターはセロンに微笑みかけた。
「一週間後にはスカジーへ戻るんでしょう?慌ただしいわね。」セロンは果物を一切れ口にした。
「そうだね。でも、出来るだけこっちに顔を出すよ。僕らの娘の顔も見たいし。」パンターは立ち上がり、チョロリンの顔を眺めた。(可愛いなあ。この娘とエローシュとに、何の役割があるって言うんだ?確かにエローシュには何か不思議な力がある。少なくとも、髪の色と一緒で、魔力が強いのは確かだ。でも、チョロリンの髪の色は、俺と同じ栗色だ。)パンターは自分の顔が厳しい顔になっているのに気づき、表情を緩めた。
「きっと君に似て、美人に育つね。」パンターは湧き上がってくる不安を懸命に抑えた。




