俺がそろそろ九ヶ月を迎える頃
俺がそろそろ九ヶ月を迎える頃の事だ。
「お生まれです。」
トラバスのその知らせを合図に、フォリーはミュウビーと共に俺をベビーカーに乗せた。あの立派な部分が見えなくなる魔道具メガネをしたままだ。何故なら変態全裸野郎ことリューちゃんも付いて来たからだ。今やナロスキーノ家の女性陣は全員この便利な魔道具メガネを所有していた。着けるも着けないもあなた次第ってヤツで、強制ではないが、リューちゃんの前では全員やっぱり着けてた。男性陣は、まあ、魔道具メガネは着けないし、持ってない。
出産を終えたセロンが待つ部屋の前に、寄宿舎に戻ってしまったプース兄さん以外の家族が並んでいた。部屋の扉が勢い良く開く。パンター兄さんだ。紅潮した顔に満面の笑みを浮かべ、涙まで浮かべてた。だよねー。うん、俺も貴文生まれた時泣いちゃったもん。
パンター兄さんの妻セロンが破水したと、ミュウビーがフォリーに話してるのを耳にした時、俺は息子の貴文の事を思い出した。日本で元気に暮らしている筈の息子を。今でも鮮明に思い出せる。貴文が生まれた時の事を。元気な鳴き声が聞こえ、あの小さな、本当にちっちゃな姿を見た時。俺は泣いた。妻は、そんなに泣かないで、赤ちゃんより泣いてるわよと言いながら、自分も泣いていた。両親のことを殆ど知らずに育った俺が、今度はこの赤ん坊の父親になる。感無量とはこういう事かと思った。貴文の名前は、俺の名前と妻の名前とを合わせた名だ。妻は文子といった。貴文は、俺の自慢の一人息子だ。
バロス父さんに続いてヘラリー母さん、そして兄弟達の順で新しく誕生した子の待つ部屋へ入る。リューちゃんは部屋に入るとすぐ壁際に立った。
「女児です。名前は、チョロリンと、名付けました。」パンター兄さんがセロンから赤ん坊を受け取って、楕円形のベッドに寝かせた。可愛い。でも、その名前、ちょっとどうかと思うけど…。
「チョロリン。良い名前ね。チョロリのように可憐に咲く女の子になるわ。」ヘラリー母さんの目に涙が浮かぶ。チョロリって、花の…名前なんだ。この世界のネーミングセンス、どうなってんの。そういや俺の名前にもエロって入ってるよね。これって何由来なの?
はい、ここでヒャッハータイム。俺の一存で詳細省略。
「お父さん、お爺さんになるの?」ポルダー兄さんがバロス父さんに聞いた。バロス父さんは顔を綻ばせ「そうだよ、お父さんはお爺さんになるんだ。」とポルダー兄さんの頭を撫で「ポルダーは叔父さんになるんだよ。」と言った。
「えーっ!ぼく、おじ…さん?ぼく五歳になったばかりだよ?おじさんなの?えーっ!」ポルダー兄さんは頭を抱えた。
「ここにいる兄弟みんな叔父さんになるんだよ、ポルダー。」とピオール兄さんが笑った。「だから、ベクターも叔父さんだ。」ベクター兄さんは上目遣いでピオール兄さんを睨んだ。
「おじさんだらけだー!」とポルダー兄さんは笑い、赤ん坊を覗き込むと「おじさんだよー。」と手を振った。
うん、ここにも叔父さん、いるよ。月齢八ヶ月の叔父さんが。中身もオジサンだけどな。俺はベビーカーの中でキャッキャしてた。
「えー?でも何でみんなおじさんになるの?」ポルダー兄さんはバロス父さんに顔を向けた。するとベクター兄さんが「そんな事もまだ知らないの?僕ら兄弟の誰かに子供が出来たら、その子供から見た父親の兄弟をみんなおじさんって呼ぶんだよ。」と代わりに答えた。
「そうなの?じゃあやっぱりベクター兄さんもおじさんになるんだ。」
「そう言ってるだろ?」とベクター兄さんはポルダー兄さんの頬をツンツンつついた。
「え?じゃあエローシュも、おじ…さん?」ポルダー兄さんは俺の顔をまじまじと見た。そうだよー、オジサンだよー。
するとミュウビーが俺をベビーカーから降ろし抱え上げると、バロス父さんに俺を渡した。
「ようし、ようし。チョロリンに挨拶だよ。」うーん、こういうのはやっぱりバロス父さんの役目なのかな?俺はその腕の中で手足をモジモジさせた。
「ほら、チョロリンだよ、エローシュ。はじめまして。」バロス父さん、何かいつもと声が違う。
「あいえあーえ。」はじめまして。バロス父さんは楕円形のベッドのへりに俺を少しだけ近づけた。チョロリンの目が俺を真っ直ぐ捉えてるのが判る。新生児ってそんなにハッキリ見えてたっけ?俺はまあチート能力とかのお陰か、生まれた時から目も耳も大人並みだったけど。
「あー。」チョロリンが俺に向かって手を伸ばす。俺はそれを見て反射的に手をチョロリンに向かって伸ばした。
ふと、指先が触れる。軽く火花が見えた気がした。
そして、声が、頭の中で響いた。
(父さん。)
貴文?
それっきり。バロス父さんは俺をミュウビーに渡し、俺はベビーカーに戻された。俺の目が閉じていく。視界は暗く、俺の意識も閉じていった。




