第7章:再会(静かな関係)
数年後。
辺境の街道を一台の馬車がゆっくり進んでいた。
護衛は少ない。
旗も掲げていない。
王族の行列にしては、あまりにも地味だった。
それでも御者台に座る騎士は慣れた様子で言う。
「もうすぐです」
馬車の中でアルドリックは窓の外を見る。
畑。
水車。
遠くの丘。
そして小さな町。
見覚えのある景色。
彼はもう何度かここを訪れていた。
最初は視察だった。
次は改革の相談。
だが今日は違う。
特に理由はない。
ただ、来ただけだ。
馬車は町の入口で止まる。
アルドリックは一人で降りた。
街は以前よりも広がっている。
市場は大きくなり、
通りには店が並ぶ。
人々は普通に働いている。
王太子が歩いていても、
誰も大騒ぎはしない。
少しだけ視線を向ける。
それだけだ。
アルドリックはそのまま通りを進む。
目的地は決まっている。
市場の奥。
小さな店。
煙突から煙が上がっている。
パン屋。
扉を開ける。
鈴が小さく鳴る。
店の中は暖かい。
パンの匂いが広がっている。
カウンターの向こうで、
レティシアが棚にパンを並べていた。
彼女は顔を上げる。
そしてアルドリックを見る。
驚かない。
もう何度も見ている顔だから。
少しだけ目を細めて言う。
「いらっしゃいませ」
それからすぐに続ける。
「また帳簿ですか?」
アルドリックは思わず苦笑した。
「違う」
カウンターに肘をつく。
「今日は何も持ってきてない」
レティシアは棚のパンを整えながら言う。
「珍しいですね」
アルドリックは肩をすくめる。
「最近は嫌いじゃない」
帳簿。
数字。
統計。
昔の彼なら考えられない言葉だった。
レティシアは少しだけ笑う。
「それは進歩ですね」
奥からガルドが顔を出す。
王太子を見る。
「ああ」
それだけ言ってまた窯へ戻る。
もう慣れている。
王太子が来ても、
特別扱いはしない。
店の中には静かな時間が流れる。
パンの匂い。
窯の火の音。
外では市場の声。
アルドリックは店の椅子に座る。
「王都は相変わらず忙しい」
レティシアは答える。
「それは良いことです」
「止まっているよりは」
アルドリックは頷く。
数年前。
この店で交わした約束。
あれから国は少しずつ変わった。
劇的ではない。
だが確実に。
そして二人の関係も変わっていた。
かつては王太子と令嬢。
それから追放者と統治者。
今は違う。
主従でもない。
恋人でもない。
友人とも少し違う。
アルドリックはふと思う。
言葉にするなら。
「共犯者だな」
レティシアが眉を上げる。
「何のですか?」
アルドリックは窓の外を見る。
市場。
畑。
煙。
そして遠くの王国。
彼は言った。
「国をいじった」
レティシアは少し考える。
それから小さく笑った。
「確かに」
パン屋の中で。
王と。
そして調整者。
二人の共犯者は、
静かな時間を共有していた。




