第3章:聖女ミリアの変化
神殿。
高い天井。
白い石の柱。
静かな祈りの間。
聖女ミリアは祭壇の前に立っていた。
両手を組み、目を閉じる。
かつてなら、この時間は長かった。
朝。
昼。
夜。
祈りは絶えず続いていた。
王都へ。
王国へ。
加護を流し続けるために。
だが今は違う。
祈りは短い。
ゆっくりと目を開く。
神殿の窓から光が差し込んでいる。
ミリアは静かに息を吐いた。
「……これで終わりです」
隣にいた神官が少し戸惑う。
「もう、ですか?」
ミリアは頷く。
「今日は」
「もう十分です」
改革によって変わった。
聖女制度。
加護の常時供給は停止された。
祈りは必要なときだけ。
災害。
疫病。
飢饉。
そういう時にだけ。
奇跡を使う。
それが新しい制度だった。
最初は不安が広がった。
神殿の外。
市場。
街の人々。
「加護が減ったらしい」
「守りが弱くなるのでは」
「災害が増えるのでは」
声は多かった。
神殿にも問い合わせが来る。
祈りを増やしてほしい。
加護を戻してほしい。
だがミリアは祈りを増やさなかった。
制度が決まったからではない。
少し考えたからだ。
そして。
時間が過ぎる。
数ヶ月。
一年。
人々は少しずつ気づき始める。
畑では農民が土を耕している。
水路を直す。
堤防を作る。
町では人が道を整える。
井戸を掘る。
家を直す。
聖女の加護が減っても。
世界は終わらない。
作物は自分で育てる。
町は自分で整える。
人は働く。
生活は続く。
そして人々は理解する。
聖女の祈りは。
奇跡ではなく。
保険なのだと。
普段は使わない。
だが。
本当に必要なときにはある。
それで十分だと。
ミリアは神殿の廊下を歩く。
昼の光が床に落ちている。
昔はこの時間も祈っていた。
今は違う。
彼女は庭に出る。
神殿の小さな庭。
花が咲いている。
風が葉を揺らす。
ミリアはゆっくり歩く。
ただ歩く。
それだけ。
それだけの時間が。
今までなかった。
彼女はベンチに座る。
膝の上には一冊の本。
開く。
文字を追う。
物語。
旅の話。
遠い国の話。
ミリアは少しだけ笑う。
今まで。
聖女であることがすべてだった。
祈る。
守る。
それだけ。
だが。
今は違う。
彼女はふと空を見る。
青い空。
雲がゆっくり流れている。
ミリアは思う。
「祈り以外の人生」
その言葉はまだ少し不思議だった。
だが。
嫌ではない。
むしろ。
少しだけ。
楽しい。
彼女は本のページをめくる。
庭には風。
神殿は静か。
そして聖女ミリアは初めて。
祈り以外の時間を生きていた。




