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悪役令嬢、婚約破棄されましたが、帳簿だけは正確でした  作者: 南蛇井


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第2章:王太子の勉強

夜。


王城の灯りはほとんど消えている。


広い廊下。


足音もない。


静まり返った城の奥に、まだ明かりのついている部屋があった。


王太子アルドリックの書斎。


机の上は散らかっている。


書類。


帳簿。


報告書。


地図。


そして数字。


財政表。


魔力使用量表。


人口移動。


物流統計。


山のような紙。


アルドリックは椅子に深く座り、額を押さえた。


「……多すぎる」


机の上の帳簿をめくる。


数字。


数字。


数字。


戦場ならもっと単純だ。


敵がいる。


味方がいる。


勝つか負けるか。


それだけ。


だが政治は違う。


勝敗がない。


代わりにあるのは――


収支。


調整。


持続。


赤字を減らす。


資源を分ける。


社会を回す。


それだけなのに。


それが一番難しい。


アルドリックはため息をついた。


「これを毎日見ていたのか……」


そのとき。


扉が静かに開く。


宰相フェルナーが入ってきた。


手にはさらに数冊の帳簿。


アルドリックは顔を上げる。


「まだあるのか」


フェルナーは穏やかに言う。


「まだあります」


そして机に帳簿を置いた。


ドサリ。


王太子は思わず顔をしかめる。


「嫌がらせか」


フェルナーは少し笑う。


「いえ」


「現実です」


アルドリックは帳簿をめくる。


王都の魔力使用量。


年々増えている。


その隣に財政表。


維持費が跳ね上がっている。


さらに人口統計。


王都集中。


地方空洞化。


数字が線でつながる。


アルドリックはしばらく黙っていた。


そして言う。


「戦争より難しいな」


フェルナーは頷く。


「戦争は短い」


「政治は長い」


王太子はページをめくる。


物流。


税収。


魔力供給。


どれも複雑に絡んでいる。


少し沈黙してから、彼はつぶやいた。


「国とは」


言葉を探す。


「……巨大な機械だと思っていた」


フェルナーは首を振る。


「機械ではありません」


そして静かに言った。


「国とは」


少し間を置く。


「巨大な帳簿です」


アルドリックは顔を上げる。


フェルナーは続ける。


「入るもの」


「出るもの」


「足りないもの」


「余るもの」


それを見て。


整える。


それが政治。


アルドリックは帳簿を見つめる。


数字の列。


無機質な数字。


だがその裏には人がいる。


農民。


商人。


職人。


兵士。


彼らの生活が。


数字になって並んでいる。


アルドリックは静かにつぶやいた。


「レティシアは」


一度言葉を止める。


「これを見ていたのか」


フェルナーは迷わず答える。


「ええ」


短い返事。


そして続けた。


「ずっと」


アルドリックは苦笑した。


思い出す。


舞踏会。


政治会議。


王城の廊下。


レティシアはいつも静かだった。


目立たない。


だが。


いつも何かを見ていた。


あれは人ではなかった。


国を見ていたのだ。


アルドリックは帳簿を閉じる。


そしてもう一度開く。


「……仕方ない」


椅子に座り直す。


羽ペンを取る。


「十年だ」


フェルナーは頷く。


「はい」


王太子は次のページをめくる。


夜は長い。


帳簿も多い。


だが。


王太子は初めて。


国を学び始めていた。

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