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悪役令嬢、婚約破棄されましたが、帳簿だけは正確でした  作者: 南蛇井


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第5章:提示される改革

レティシアは、ゆっくりと立ち上がった。


棚の奥から、一枚の紙束を取り出す。


古びた羊皮紙ではない。

辺境で作られた、少し粗い紙。


しかしそこには、びっしりと文字が並んでいた。


王太子アルドリックは思わず目を見張る。


「……まさか」


レティシアは紙をテーブルに広げる。


「王国改革案です」


その言葉はあまりにも淡々としていた。


まるで新しいパンのレシピでも説明するように。


アルドリックは紙を覗き込む。


整然と項目が並んでいた。


① 行政改革


レティシアは指で最初の項目をなぞる。


「まず、行政です」


アルドリックは頷く。


王都の行政は単純だった。


いや、単純すぎた。


権限のほとんどが王城に集中している。


決定は上から下へ落ちるだけ。


その中央で調整していたのが――


レティシアだった。


彼女は説明を続ける。


「現在の問題は、権限が王城に集中していることです」


「だから一人の調整者が必要になる」


「提案はこれです」


紙の中央に書かれた言葉。


調整局


アルドリックが眉を上げる。


「新しい役所か」


「はい」


レティシアは頷いた。


「役割は三つ」


指を折る。


「財政調整」


「魔力資源の配分」


「地方政策の統合」


王太子は腕を組む。


それは今まで、


王城の各部局がバラバラにやっていた仕事だ。


そして最後に、誰かがまとめる。


その「誰か」が、レティシアだった。


彼女は続ける。


「ただし」


「一人ではやりません」


アルドリックは顔を上げた。


「どういうことだ」


レティシアは答える。


「複数人による合議制です」


「調整官を数人置きます」


「決定は合議」


「一人が倒れても止まりません」


王太子は小さく息を吐いた。


確かにそれなら――


崩れない。


② 聖女制度の再設計


レティシアは次の項目に指を移す。


アルドリックの表情が少し変わる。


そこには書かれていた。


聖女制度の再設計


王太子は低く言う。


「ミリアのことか」


レティシアは頷いた。


ミリア。


王国の聖女。


彼女の加護は、あまりにも強力だった。


人々の不幸を平均化する。


社会の揺れを吸収する。


その結果――


政治の影響すら変えてしまう。


レティシアは静かに言う。


「ミリアの力は強すぎます」


「幸福平均化」


「これは政治に干渉しすぎます」


アルドリックは反論しない。


それは彼自身も感じていた。


なぜか問題が表面化しない。


なぜか危機が起きない。


だがその代わり、


何も変わらない。


レティシアは続ける。


「提案は単純です」


「聖女の加護は」


「災害時限定」


アルドリックは驚く。


「限定?」


「はい」


「王宮政治への常時干渉は禁止」


しばらく沈黙が落ちた。


それは王国の根幹に触れる話だった。


アルドリックが言う。


「理由は?」


レティシアは答える。


「社会には揺れが必要です」


窓の外。


風が畑を揺らす。


「揺れがない社会は」


「変化できません」


③ 魔力使用制限法


レティシアは次の項目へ移る。


そこに書かれている言葉。


魔力使用制限法


アルドリックが苦笑する。


「……王都が怒りそうだな」


王都は魔力で動いている。


灯り。


水道。


輸送。


暖房。


すべて魔力。


レティシアは頷く。


「問題はそこです」


「王都は魔力に依存しすぎています」


彼女は紙の余白に小さな絵を描いた。


水車。


風車。


歯車。


「提案は二つ」


「魔力インフラの使用量制限」


「そして」


「非魔力技術の推進」


アルドリックは目を細める。


「機械か」


「はい」


レティシアは言う。


「水車」


「風車」


「機械化」


彼女は窓の外を指す。


「辺境はもうやっています」


アルドリックは外を見る。


確かに。


川のそばには水車がある。


小さな工房。


ゆっくり回る歯車。


魔力がなくても動く世界。


レティシアは言った。


「これが」


「辺境型経済です」


④ 地方分権


最後の項目。


レティシアの指が止まる。


地方分権


アルドリックは静かに読む。


現在。


すべて王都判断。


提案。


地方自治議会。


地方税の一部留保。


王都は調整のみ。


アルドリックは顔を上げた。


「つまり」


「地方に任せると」


レティシアは頷く。


「はい」


「地方が決める」


「地方が動く」


「王都は調整するだけ」


王太子は長く息を吐いた。


それは。


王国の形を変える話だった。


中央集権から。


分散国家へ。


レティシアは最後に言う。


「これで」


「地方が自立します」


店の中が静かになる。


紙の上には。


王国の未来が書かれていた。


アルドリックはそれを見つめる。


やがて、ゆっくりと言った。


「……君は」


「ここまで考えていたのか」


レティシアは首を傾げる。


「辺境は暇ですから」


王太子は思わず笑った。


「王都の誰より忙しい計画だぞ、それは」


レティシアは何も言わない。


ただ静かにパンをちぎる。


アルドリックは紙をもう一度見る。


行政改革。


聖女制度。


魔力制限。


地方分権。


それは単なる改革ではない。


王国の再設計だった。


王太子は言う。


「……これを」


「私にやれと?」


レティシアは首を振る。


「違います」


アルドリックは眉を上げる。


「違う?」


レティシアは言った。


「一緒にやります」


その声は静かだった。


だが。


王太子アルドリックは確信する。


王国は今、


この小さなパン屋から


作り替えられようとしている。

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