最終章:帰りの馬車
夕暮れ。
辺境の空は低く、
雲はゆっくりと流れていた。
王太子アルドリックの馬車は、
街を離れ、
王都への道を進んでいる。
車輪が濡れた土を踏み、
規則的な音を立てる。
ガタ、ガタ、と。
その音の合間に、
遠くの町が見えた。
煙が上がっている。
細い煙。
いくつも。
パン窯の煙。
鍛冶場の煙。
夕餉の煙。
生活の煙だった。
アルドリックは、
窓の外を見つめる。
言葉はない。
護衛の騎士も、
御者も、
誰も話さない。
ただ馬車が進む。
煙は少しずつ遠くなる。
あの小さな街。
市場の声。
子どもの笑い声。
窯の熱。
茶の香り。
そして、
粉のついた手のまま
穏やかに笑っていた
レティシア。
思い出す。
彼女は責めなかった。
勝ち誇りもしなかった。
ただ、
普通に迎えただけだった。
それが、
一番重かった。
アルドリックは、
ゆっくりと息を吐く。
窓の外。
丘の向こうに、
最後の煙が揺れている。
生活の煙。
人が生きている証。
その光景を見ながら、
彼は初めて思う。
もしかすると。
自分は。
国を、
見ていなかったのではないか。
王城。
議会。
魔法装置。
威信。
制度。
それらばかりを見て、
人の暮らしを、
見ていなかったのではないか。
煙は、
やがて見えなくなる。
馬車は進み続ける。
王都へ。
まだ崩れていない国へ。
だが、
少しだけ傾いた国へ。
アルドリックは、
何も言わない。
ただ、
窓の外を見続けていた。
第六幕 終




