第8章:理解
窓の外。
霧雨は相変わらず細く降っている。
だが市場は動いていた。
荷車が通る。
木箱が積まれる。
子どもが走る。
パン屋の前で人が並ぶ。
声は大きくない。
騒がしくもない。
それでも、確かに――
生活がある。
王太子は窓の外を見ていた。
王都とは違う。
王都には高い塔がある。
巨大な魔導装置。
輝く街灯。
整備された石畳。
そして王城。
豪華な宮殿。
巨大な会議室。
重い扉。
しかし――
あそこには、
今、
流れがない。
書類は積み上がる。
議論は静か。
決断は出ない。
すべてが整っているのに、
動かない。
だが、ここは違う。
水車が回る。
市場が動く。
畑が広がる。
人が働く。
誰かが売り、
誰かが買い、
誰かが食べ、
誰かが笑う。
王太子はゆっくりと息を吐いた。
そのまま、
言葉が漏れる。
「……国は」
少し間が空く。
そして続く。
「ここにあるのか」
小さな声だった。
誰に聞かせるでもない。
ただ、
自分の中から出てきた言葉。
テーブルの向こうで、
レティシアは何も言わない。
反論もしない。
肯定もしない。
ただ静かに茶器を持ち上げる。
湯を注ぐ。
静かな音。
湯気が立ち上る。
そして、
そっと茶を差し出す。
「どうぞ」
それだけ。
王太子はその茶を見つめる。
この町は、
彼女が作ったのか。
いや。
違う。
彼女は作っていない。
整えただけだ。
流れを、
詰まりを、
無駄を、
少しずつ、
取り除いただけ。
王都でも、
彼女は同じことをしていた。
だが誰も、
それを見ていなかった。
王太子は茶を口に運ぶ。
温かい。
その温かさが、
胸の奥にゆっくり広がる。
同時に、
ひとつの理解が、
静かに形を持ち始めていた。




