第六幕:対面 第1章:王太子の視察命令
王城、財務室。
長い机の上に、帳簿がいくつも積み上げられている。
王国の財務官たちは、黙って数字を追っていた。
紙をめくる音だけが、部屋に響く。
その沈黙を破ったのは、若い官僚のかすれた声だった。
「……増えています」
誰も顔を上げない。
だが全員が同じページを見ている。
辺境領の税収。
穀物税。
商取引税。
物流税。
すべてが伸びていた。
それも、緩やかではない。
急激に。
まるで、どこかで栓が抜けたかのように。
一人の財務官が呟く。
「人口流入も……増えています」
別の帳簿が開かれる。
移住者記録。
職人登録。
商人の往来。
数字は同じ方向を示していた。
辺境へ。
流れている。
誰かが低く言った。
「交易量も上がっています」
沈黙。
王都の中心から、何かが外へ移動している。
そんな感覚が、数字の奥にあった。
やがて報告は王城へ届く。
王太子の執務室。
窓からは、整然とした王都の街並みが見えている。
巨大な魔力塔。
整備された大通り。
動くことのない、完璧な都市。
その前で、王太子は書類を投げるように机へ置いた。
「誤差だろう」
短い言葉。
だが側近たちは反論しない。
報告官が静かに続ける。
「しかし殿下、増加は継続しております」
次の書類が差し出される。
王太子は眉を寄せた。
そこには、税収とは別の報告が並んでいる。
――街灯の魔力消費、減少。
――村自治制度、定着。
――盗賊被害、減少。
――農地面積、拡大。
王太子は鼻で笑った。
「偶然だ」
報告官は言葉を選ぶ。
「中心となっているのは……」
紙の上に書かれた領地名。
王太子は見ない。
だが分かっている。
その場所を。
その名を。
レティシアの領地。
部屋の空気が少し重くなる。
沈黙を破ったのは、宰相フェルナーだった。
机の端に立つ老宰相は、静かな声で言う。
「視察をおすすめします」
王太子は顔を上げる。
「視察?」
「はい」
フェルナーの表情は変わらない。
「数字は事実です」
「事実は、確認されるべきでしょう」
言葉は丁寧だ。
だが逃げ道もない。
王太子はしばらく黙っていた。
窓の外を見る。
王都。
王国の中心。
完璧な都市。
ここが衰えるはずがない。
そして。
辺境が繁栄するはずもない。
まして。
レティシアが。
しばらくして、王太子は立ち上がった。
「ならば行こう」
短く言う。
「視察だ」
周囲の官僚たちは頭を下げる。
だが王太子の胸の中には、別の確信があった。
辺境は荒れている。
荒れているはずだ。
レティシアがいなくなったのだから。
それを確認するだけだ。
ただそれだけの旅。
王太子はそう思っていた。




