05
市内の各学区を単位とする少年野球チームによる試合は、およそ一月に一度の割合で行われている。
ゴールデンウィークの最中に行われた五月度試合。
残念ながら俺達は一回戦負けとなってしまった。
2対2で迎えた最終回。
球足は速かったものの、確かに打ち取ったはずのイージーなショートゴロは、ショートのマッチンとセンターの俺によるダブルトンネルで、ランニングホームランとなり、ゲームはサヨナラ負けとなってしまった。
外野手はしっかり腰を落として、身体の正面でボールを受け止める。その基本を怠った俺の完全なミスだった。
「関門トンネル!」
「いや、青函トンネルだろ!」
すっかりへそを曲げてしまったピッチャーのガジとキャプテンで女房役のノロヤンのバッテリーが、遠回しに俺を非難する。
――うるせー、わざとじゃねえよ!
心の中で文句を言いつつ、一歩下がって大人の対応をする。
ともあれ、俺のせいであっさり終わってしまった事を反省し、俺は翌日の練習休みに一人自主練習をすることにした。
場所はいつもの見和小グラウンド。
その日のメニューも、やはりいつものトスバッティング……のはずだった。
練習を始めようとグラウンド脇のクラブハウスから出てきた俺は、そこで意外な人物と出会ってしまった。
「チワッす!」
現れたのはジャージ姿のリンナだった。上ノ原の野球帽をかぶり、髪は三つ編みにまとめられている。見覚えのある姿だった。右肩にはおそらく用具を入れているだろうスポーツバッグがかかっている。
「な、何してるんだよ?」
「ん、練習相手、いるかな、と思ってさ……」
「練習相手?」
「ほら、昨日の大トンネル……」
くすくすと笑うリンナ。
「な、なんで、その事知ってんだ?」
顔を真っ赤にしながら俺は尋ねた。思い出しても実に恥ずかしいシーンである。
「昨日、見に行ってたんだよね、実は……」
「見に行ってたって、試合を?」
会場でリンナの姿を見かけた覚えはない。
「ほら、場所、ウチだったでしょ?」
「ああ、そっか……」
昨日の試合会場は上ノ原小グラウンドだった。そしてリンナが去年までそこに通い、上ノ原チームに所属していた事を思い出した。
「じゃあ、もしかして上ノ原チームで試合に出てたとか……」
「ううん、応援だけだよ……」
なんとなく、あいまいな笑みを浮かべた。
昨日の試合、優勝したのは上ノ原だった。先月の試合でも準優勝だった今年のチームは、最早押しも押されぬ強豪として、他チームにマークされていた。
「その……迷惑かな?」
リンナの言葉に首を横に振る。
「いや、助かるよ……」
たまには誰かとの自主練習というのもいいだろう。そんな軽い気持ちだった俺が、わずか三十分たらずで後悔することになるなど夢にも思わなかった。
軽いランニングからの腕立て、腹筋、背筋、スクワットにバービ。
サーキットメニューとやらを三セット終える頃には、俺はすっかり息も絶え絶えになっていた。たいしてリンナは少し汗ばんだくらいの顔で、「やっぱり、ちょっとなまってるな……」などと呟いている。
「な、なあ……」
どうにか息を整えると、キャッチボールをしようとグローブを取りに行ったリンナに俺は尋ねた。
「上ノ原って、いつもこんな練習してるのか?」
「みんながいつもってわけじゃないよ。本格的にやらされてたのは、私達だけだったし……」
「私達……?」
「まあね……」
すっかり涼しい顔で、彼女は手にしたボールをパンと一つグローブに叩きつける。
投げて、打って、取る。
野球って、もっと単純なスポーツだったよな、とふと思う。
だがそれすらも、キャッチボールを始めるや否や、レベルの差を見せつけられてしまった。
相変わらずの綺麗なフォームで投げられるサウスポーのリンナの球は、狙ったように俺の胸元のグローブに吸い込まれる。対して俺の投げる球はあっちこっちへと逸れ、それをリンナは難なく正面でキャッチした。素早い返球は、俺をその場から全く動かす事はない。まるで俺がすごくうまくなったかのような錯覚を覚えさせられた。
徐々に後退し、距離が広がれば広がるほど、俺達の能力の差は明らかになる。
山なりに放った俺の遠投に対して、リンナのそれはライナーに近く、ボールの勢いが全く違う。
そのままピッチング練習に入ったリンナの球は、外野手用のグローブでは手に負えず、俺は慌ててクラブハウスから古ぼけたミットを持ち出す羽目になった。
キャッチボールを終え、クールダウンする頃には、利き手とは逆の右手でボールを投げるという離れ業まで彼女は披露した。
「身体を動かすって、やっぱりキモチイイよね……」
持ってきたタオルで汗をふくリンナは、下敷きに描かれたプロ野球選手以上のスーパースターだった。
休憩を終え、俺達はバッティング練習に入った。
いつもならマシンを使うところだが、今日の練習は二人。互いにボールをトスし合えば十分間に合う。
右打席の俺に対して、リンナは左打席。
互いにトスを上げながら交互に練習する。
ピッチングと同じくなめらかなフォームのリンナのバッティングは、正確にボールを捉えている。
フリー打撃もおそらく相当のものであることは、予想できた。
いつまでも負けっぱなしは癪である。
ここは俺の出番とばかりに、いつもどおりにボールをひっぱたいた。
練習の最中、リンナがぽつりと言った。
「綺麗だよね、ショウグンの打ち方って……」
「へっ?」
バッティングのフォームを誰かに褒められたのは、初めてだった。
「なんていうか、無駄も無理もないんだよね……」
それは、俺のリンナの投球フォームに対する感想そのものだった。
「初めて対戦した時も、警戒したんだよね。なんか構えがすごく自然で……。この人、ヤバいみたいな……」
「そうだったの?」
「スイングも早いし、二球目で鋭い当たりされちゃって、私、むきになっちゃった……」
「でも、三球目であっさり三振に打ち取ってくれたよな」
リンナは得意げな顔をしている。なんだか少し悔しかった。
「やっぱり、誰かに教えてもらったの……?」
「いや、ウチのチームにそんな凄い人いないぞ」
どこに出しても恥ずかしくない、人数ギリギリのおんぼろチーム。加えて迷監督はいつも放置プレイである。
俺の答えにリンナはポカンとした表情を浮かべた。
「じゃあ、自分で……?」
「まあ、そうなるかな……」
素振りもトスバッティングも含めて、バットを振った数だけならチームで一番だろう。
イメージの中のボールをどれだけ遠くに飛ばすかということばかり考えて、一年近くバットを振り続けた結果である。
幾度もマメがつぶれた手のひらは少し硬くなっている。
「ショウグンってもしかして、凄い人?」
なぜか尊敬のまなざしを向けるリンナに、俺は当惑する。
「普通、あんなもんだろ?」
「違うよ、全然。多分、ウチの四番の子とそんなに変わらないと思うよ……。バッティングだけなら……」
「どうせ、関門トンネルだよ……、守備の方は……」
俺の答えにリンナが笑った。無人のグラウンドにその声が明るく響く。
明るい笑顔につられて、俺は思わず尋ねてしまった。
「リンナ、ウチのチームに入ろうとか、思わない?」
「えっ?」
虚をつかれたかのように、リンナは一瞬、呆けた。
「ほら、見ての通り人数ギリギリだし……、リンナの実力ならレギュラーどころか、エース間違いなしだろ」
見和小チームのレギュラーメンバーは、五年生と六年生で構成され、四年生の二人が控えである。このままだと来年はチームの存続すら危うい。
「やっぱり、同じチームだった奴らと敵対するのは嫌か……」
「そ、そういう訳じゃないんだよね……」
リンナの返事は歯切れが悪かった。
「どっちかというと、私、チームじゃ浮いてたし……」
「浮いてた?」
「ほら、男の子ばっかりでしょ、それに……」
続きを待つがリンナは口ごもり、なかなかそれ以上話そうとしなかった。
2019/05/12 初稿




