第二章。神の守護者エルフ。
ウイリアを出て、一体どれくらい経ったんだろう。
今は分からない。
分かるのは、三日前からめちゃくちゃ頭が痛い事だ。
何かを考えるのも嫌になるくらい頭が痛いって事だ。
原因は分からない。いつ痛くなったのかも分からない。
三日より前の記憶もあんまりない。
皆に聞いても分からないと言われた。何だか不気味な気分だ。
でも、目的を忘れたわけじゃない。
僕達は、ナギさんの魔力を抑える秘薬、ペニ――ペヌスリンを求めて、栗花の森へと向かっているのだ。
御者台に座るのはモミさんと僕。ニーヤはペロ様を抱きかかえるようにして、馬車の屋根に座っている。
進むにつれ険しくなっていった道は、今はもう道ですらなくなっている。
草木を掻き分けるように、うっそうとした森の中を進んでいた。
「ねぇ、何か臭わない?」
ニーヤが口を開いた。
「少し――臭いますね」
「匂い? 鼻詰ってるのかな? 僕は全然だけど」
ディーナスが不快そうに首を振る。
「ってか、まだつかないんですかね。結構進んでるけど」
「いえ、多分もう……ついています……」
「えっ、本当ですか――ってモミさん!? 大丈夫ですか!?」
隣に座るモミさんが、苦しそうに顔を歪めている。
「だ、大丈夫です。何だか、ちょっと頭が痛くて……」
「頭ですか? 確かに、僕もずっと頭が痛いんですよ」
「それは……違うわよ馬鹿っ……」
ニーヤを見ると、彼女も頭を押さえていた、ペロ様も同じく。
そして、ディーナスが足を止める。
「ちょ、どうしたの皆!?」
三人とも、苦しそうに頭を押さえている。僕も痛いけど、そこまでではない。
どうすればいい? 頭痛にバファリ――は無い。とりあえず水だ。
「ちょっと待ってて、今水を――」
御者台から立ち上がった瞬間、僕の頬を何かがかすめた。
目にも留まらぬほどのスピードで、風を切ったソレが背後で音を立てる。
「矢……?」
木に突き刺さった矢が揺れている。頬の熱さに、血が流れている事を確認する。
「まさか……エルフ……」
栗花の森に住む、無慈悲で残忍な神の一族。
背筋に冷たいものが走った。
「アンタ……動かないほういいわ……完全に囲まれてる……」
ニーヤの言葉に緊張が走る。周囲を見渡すが、その姿は見えない。
「ど、どれくらい……いるの……?」
「分からないけど……二十、いや、もっといるかも」
頭痛がひどいのか、顔を苦痛に歪めながらも、ペロ様を覆うようにして構える。
「そ、そんなに? ちょっとやばいんじゃ……」
「ちょっとじゃなく、相当ヤバイわね。せめてこの臭いがなかったら……」
匂い。彼女達の頭痛は匂いが原因なのか?
僕はあまり感じない。いや、少し変わった匂いではあるが、不快に感じる程じゃない。
ともあれ、彼女達は満足に動けないだろう。
相手の姿も見えず、囲まれている。まさに絶対絶命だ。
でも、僕達は戦いに来たわけじゃない。
「アンタ……何する気……?」
胸の前で、見せ付けるように両手を開く。
手から気孔を出そうってわけじゃない。
戦わずして勝つ! 降伏だ!
「ちょっと話を――」
両手を挙げ、声を出した瞬間だった。
腕と顔、その僅かな隙間を縫うように風が走る。
逆の頬からも血が垂れた。
もしかしたら違うものも垂れたかもしれない。
「し、死んだかと思った……」
「馬鹿ね。話が通じるような奴らじゃないわよ」
降伏も交渉も受け付けない。
見えない相手から、そんな意思を感じた。
「……逃げ切れないかな? 一瞬くらいなら、隙を作れると思う」
僕のセクシーソードの衝撃波なら、周囲の木を切り倒すくらいできる。
敵に当たらずとも、退路を開くくらいなら。
「どうかしらね。でも危険よ。少しでも動いたら、矢が飛んでくるわ」
「顔に当たらなきゃ大丈夫だと思う。避けれるとは思わないから、当たらない事を願うしかないけど」
セクシーアーマーは頭部と関節部分を除きフルプレートだ。
頭にさえ当たらなければ、少なくとも死ぬ事はない。
「運否天賦ってわけね。アタシは嫌いだけど、この状況じゃそうも言ってられないわね……」
「モミさん――馬を回す用意をお願いします」
「わ、分かりました」
緊張が走る。悟られぬように、ゆっくりと手を下に――。
「待って」
口を開いたのは、ニーヤの下にいるペロ様だった。
「ニーヤ、どいて」
その口調には、普段の彼女とは違う鋭さを感じた。
「ペロ……アンタ……」
ニーヤが驚くのも無理はない。
彼女の瞳が、その蒼さを一層濃く、輝いていたから。
そして、無造作に立ち上がった。
「ペロ様!」
モミさんが叫ぶ。
目で捉えきれない速さの矢がペロ様を狙う。
「うそ……でしょ……」
だが、彼女はソレを見る事もせず。その小さな手で掴んだ。
「我は真実の神、ペロディア一族の末裔! 神を守護せし森の民よ! 神の名の元に対話を望む! 姿を見せられよ!」
頭の中に直接響くような透き通った声。
神々しく、ただ前だけを見つめる彼女の姿に、僕達は目を奪われていた。
「ペロディア神の末裔――か。これは面白い。まだ生きていたんだねぇ」
まるで森全体で発しているような声に、全身が総毛立つ。
絶対的で、圧倒的な格の違い。位の違い。
「で、何の用だい? 真実を司る神よ」
その声の主は、すぐ目の前にいた。
地面につくほど長い翠玉色の髪。
胸と腰、そして革を編みこんだブーツ。
最低限の装備が引き立たせる、贅肉の無い、鍛えられあげた身体。
切りつける様な瞳の下には、威圧感のある模様が刻まれている。
この女性が――エルフ。
「ペヌスリンを貰いに来た」
馬車の上。ペロ様が口を開く。
「ペヌスリン――か。確かにある。だが、理由を聞かせてもらえるかな?」
エルフの言葉に、ペロ様は答えない。ただ黙ったまま、馬車の屋根から彼女を見下ろすだけ。
その態度に、エルフが一瞬顔を歪める。
「神の所有物をどう使おうが神の勝手――とでも言いたげだな」
そう吐き捨てる彼女に、思わず口が開いた。
「あ、あの――」
「黙れ」
殺意すら超越した、鋭い眼差しを向けられる。
「汚らわしい下賎の豚め。誰が口を開けと言った?」
めっちゃ嫌われてる! 初対面なのに!
「これだから豚は嫌いだ。同じ空気を吸っていると思うだけで吐き気がする。まぁ良い――」
吐き捨てるように言って、再びペロ様に視線を向ける。
「真実の神よ。お前に免じてペヌスリンは渡してやる」
エルフの口から飛び出した言葉に、僕達は驚いた。
交渉は難航、いや、決裂とさえ思えた雰囲気。
まさかそんな言葉が出てくるとは思わなかったからだ。
「その代わり――」
だが、そんなに上手く話が進むわけではない。
「対価は払ってもらうぞ」
エルフは深い森のような、不気味な笑みを浮かべた。
――良くない事が起こる。
いつか聞いたペロ様の言葉が、僕の頭の中を駆け巡っていた。




