第二章。対価と代償。
「何を望む」
ペロ様の顔が、若干険しいモノに変わる。
「愚問だな。今も昔も、神に捧げるモノと言えば決まっているだろ?」
ソレが何であるか知っていて当然。
その態度に、ペロ様が両手を広げた。
その両手には、蒼い炎。
焼かれたモノは灰一つ残さぬ。神の炎――神火。
「おっと、早まるなよ。何が気に障ったのか知らないが、ソレはダメだ。後に引けなくなる」
彼女がそう言った瞬間。ソレらは姿を現した。
僕達をぐるりと取り囲む、無数のエルフ。
その全てが女性だが、手にはいつでも放たれるように弓が構えられている。
「勘違いするな、真実の神よ」
「神宝を使うにはそれなりの理由が必要だ。世界を動かす程の、まさに神の力が必要とされた時。言わないのは、下らない理由だからだろう?」
僕達は――あまりにも無知だった。
求めたモノが、それほどまでに重要なモノだとは知らなかった。
理由だって、世界と天秤に比べたら、秤に乗せるのも躊躇われるほど。
神頼みだなんて言ったけど。これは冒涜だ。
浅はかで――無礼すぎる。
「だが、敬意を表して渡してやると言っているんだ。対価を払えば――な」
「ね、ねぇペロ……。対価って何なの……?」
ニーヤの問いにも、ペロ様は答えない。
「ふん。言えぬか。なら代わりに教えてやろう。神に捧げるモノはただ一つ――」
――生贄だ。
「生贄って――」
「何も捧げずに神の力を得ようなどと、本気で考えているのか?」
その言葉に、僕達は言い返す言葉を持たない。
「一人――置いていけ。それだけでいい」
最終通告。
そんな雰囲気を纏わせてエルフが言った。
「断る」
ペロ様の炎が、より一層燃え上がる。
「大人しく渡さないなら。力を行使するまで」
「横暴だな。いや、神は往々にして横暴。神らしいと言えばそうなのだろう。しかし、勝てると思っているのか? いや、お前なら無理でもない。だが、仲間はそうもいかんぞ」
ペロ様の表情が僅かに歪む。
「戦えは確実にその人間共は死ぬ。万が一も無い。確実に殺す。だが、たった一人の犠牲で、求めるものが手に入るのだ。無駄な血も流さす、五体満足で三人は帰れると言っているんだ。どれほど譲歩しているか分かっているだろう」
その言葉に、ペロ様の手から炎が消えた。
それと同時にその神々しい雰囲気も。
「帰る」
彼女は御者台に飛び移ると、呟くように言った。
これ以上の話し合いは無駄。暗にそう告げた。
「ふん。まぁよい。所詮その程度の理由。有事の際にはまた改めて来るが良い」
――その程度の理由。
一人の魔族が、人間の姉妹と共に暮らす為。
言ってみれば。世界の一大事と比べてしまえば。
そんな理由なんてとてもちっほけで、確かにその程度と言われてもしょうがない。
でも、その思いを。そんな小さな願いを。
否定して、潰して、無かった事にしてしまうのは。
僕には――出来ない。したくない。
些細な事だと、ないがしろにはしない。
どんな大樹だろうと、最初は小さな種なんだから。
「一人――でいいんですよね」
発するのも躊躇われた言葉が自然と出た。
誰かしら、皆それぞれの覚悟がある。
動機も理由も人それぞれ。
このワーワルツで、僕はたくさんの覚悟に触れた。
魔王を倒すために、自分の命を捨てる覚悟。
大切な友人が魔王と共に死ぬ事を知っても、旅に出た覚悟。
わざと殺されるために、剣を向けた覚悟。
不幸を背負うように、暗殺者の道を選んだ覚悟。
種族の道を外れても、姉妹を守ろうと決めた覚悟。
「僕が生贄に」
そんな沢山の覚悟を、僕は守りたい。
「何言ってんのアンタ! そんなの認められるわけないじゃない!」
「そうですよケンセイさん! 馬鹿な事は言わないで下さい!」
ニーヤとモミさんが声を荒げる。心から怒っているんだろう。
それが嬉しくて。
それだけで十分だった。
「約束してくれますよね? 僕が生贄になれば、ペヌスリンを渡し、彼女達を無傷で帰してくれると」
エルフは僅かに驚いた表情を見せ、そして邪悪に微笑んだ。
「面白い――ただの豚ではないようだな。もちろんだ、真実の神を前に嘘はつかない」
その言葉を聞いてホッとした。
これなら、僕の覚悟が無駄になる事も無い。
「アンタ――ダメよ! そんな事絶対に――!?」
ニーヤを抱きしめる。その細い身体が軋むほど、力強く。
「僕の最後の我儘――聞いてくれよ」
「これまで何度アンタの我儘聞いてあげたと思ってんのよ! 一度でも断った事あった!? これからだって! だからっ……! 最後……とか……言わないでよ……!」
「うん。感謝してる。ニーヤとモミさんとペロ様に会えて、一緒に旅をして、楽しかった。ワーワルツに来てよかったって思う。だから、だからこそ聞いて欲しい。ここでやめたら多分僕はこの世界を憎む。ニーヤ達と過ごした、この世界を嫌いになりたくはないんだ」
彼女が必死に涙を堪えているのが、痛いほど良く分かった。
そんな彼女を見ないように、ゆっくりと離れる。
それ以上、彼女は何も言わなかった。
「モミさん。すいませ――ぶっ!?」
バチン! と強烈な音と共に、左頬に激痛が走る。
目を赤く染めたモミさんに殴られた事を理解するには、少し時間がかかった。
そんなキャラじゃない。どちらかと言えばニーヤの役割だ。
「謝罪の言葉は聞きたくありませんし、聞いても許しません。そのお人好しが……好きで……大嫌いでした……」
「……うん。ありがとう」
そして、ペロ様の元へ。
ペロ様は、普段と変わらぬ様子でそこにいた。
怒りも悲しみも、そんな感情は欠片も出さず。
「ごめんなさい。僕は嘘をつきました」
そして、僕は跪き頭を下げる。それは神様に懺悔をするようでもあった。
「ウイリアの町で必ず守るって言ったけど、嘘でした。いや、嘘じゃなかったけど、嘘になっちゃいます。ごめんなさい」
嘘をつかず、嘘が嫌いな彼女に、僕は謝らなければいけない。
真実の神の末裔と、一人の女の子。その両方に。
「……ありがとう」
彼女は何も言わない。
何も言わず、僕の頭にそっと手を置き、優しく撫でる。
――もう、心残りはない。




