第二章。芽生えた種。
「確か――この辺だったような……」
記憶を頼りに来てみたが、見つからなかった。
見つからなかったというか、分からなかった。
来たのは一度だけ、しかも周りは同じような建物ばかりで、これといった目印もない。
「もう一本向こうじゃなかったかしら……。あ、丁度いいわ。あの店で聞いてみれば分かるんじゃない?」
ニーヤの指さす方向に、お店らしき建物があった。
店先にはこの場所に似つかわしくない花が飾られている。
「えっと……シ……セ……。セーメ……かな?」
看板に書かれた文字を読む。
「へぇ、少しは読めるようになったのね」
「まぁ、これくらいはね」
と得意げにしてみたが、たった三文字だ。逆に情けない気もする。
「食堂――かしら。ま、いいわ」
ニーヤが扉を開ける。
心安らぐような香りと共に飛び出してきたのは、小さな女の子だった。
「お客さん! まだ準備中で――」
少女は僕達を見ると、動きを止めた。動きが止まった。固まった。
状況が把握出来ていないのか、周囲をきょろきょろと見渡し、そしてもう一度僕達を見る。
「お、お兄ちゃんだ! お姉ちゃんだ!」
パァと笑顔が花開く。興奮を抑えきれない様子で、ニーヤの懐に飛び込んだ。
「ちょ! ん――。元気そうね。よかった」
ニーヤがその頭を優しく撫でる。その顔は、心から安心しているようだった。
少女の名はルエラ。会いたかった姉妹の、妹の方だ。
「うん! 元気だよ! あ、そうだ! お姉ちゃん! お姉ちゃーん!」
少女が呼びかけると、手にお皿を持った少女がうるさそうに現れる。
「何よルエラ。忙しいんだから遊んでないで――」
顔を上げた少女の動きが止まる。固まる。動いているのは、落下したお皿だけ。
「あ、あう……。あうう……」
溢れ出る涙を隠そうともしない。姉のトリナ。
思わずもらい泣きしそうになったけど、ぐっとこらえる。
元気だった。
彼女達は――元気に生きていた。
「ここは――食堂? 同じ家よね?」
テーブルが並べられた室内は、小さい食堂のようだった。
見覚えのある窓の配置から建物自体は同じだと分かったが、雰囲気は全然違う。
「食堂と言っていいのか分かりませんが、お茶とか、簡単な食事やお菓子を出してます」
喫茶店みたいなものか。
考えてみれば、ワーワルツで喫茶店みたいなお店を見た事はない。
「へぇ。すごいわね。綺麗だし、これ全部二人でやってるの?」
「ううん。ママと一緒にやってるよ!」
ルエラの言葉に、僕とニーヤが顔を見合わせる。
あれ? 確か母親は死んだんじゃなかったっけ?
「もうルエラ! それじゃ分からないでしょう」
「だってママはママだもん! ママー! マーマー!」
ルエラの呼び声に、二階で物音が聞こえた。
階段の軋む音が止んだ時。現れたのは意外な人物だった。
「ナ、ナギ……さん……?」
セミロングの髪の毛を揺らした、エプロン姿の女性。
「ケ、ケンセイさんっ!? あわわっ!? 何でっ!?」
バタバタと慌てた素振りを見せるその女性に、僕の処理能力は追いつかない。
「えっと……娘さん……?」
「違いますっ!」
そんなわけはなかった。
彼女はナギ。見た目では分からないが、人間ではない。
男を誘惑し、その精を吸い上げる。
魔族であり――サキュバスだ。
「えっと、あの後色々ありまして……何となくこんな感じになっちゃいました」
初めてナギさんと会ったのは、僕が姉妹達と出会った後、その夜に一人で街をふらついていた時だった。
出会った、と言えば聞こえはいいが、この場合、罠にはまった。と言ったほうが正しいだろう。
何故なら、彼女はずっと前から僕を知っていて、狙っていたのだ。
一人になるタイミングを待っていたのだ。
こんな美女に待っていただくのは光栄だが、この時ばかりはそうでもない。文字通り頂かれようとしていた。
そんな僕を見つけ、異変に気づいたのが先の姉妹だ。
彼女達は街中の宿屋を周ってニーヤ達を探し出し、僕のピンチを助けてくれた。
結局――ピンチに陥ったのは僕を除く女子達だったのだが。
そんな訳で、ナギさんと姉妹は面識ができ、ナギさんは無神街で暮らす姉妹を気にするようになったんだとか。最初は魔族だからと警戒されたが、無関係な人間の子供を心配するような優しい彼女だ。
徐々に打ち解けて、今では何と一緒に暮らしているらしい。
「ママって言うのは……あの、最初はお姉ちゃんだったんですけど、ルエラちゃんが『お姉ちゃんが二人だとややこしい』って言いまして……。あの、私も末っ子だからその気持ちはわかるんですが、どうしてかママになっちゃいまして……」
困り果てた顔をしながらも、嫌そうではなかった。
目の前の三人は、母娘とは言わなくても、姉妹。本当の家族のようだ。
「そう言えば、ナギさんのお姉さん達も一緒なの?」
彼女は三姉妹だ。上に二人の姉がいる。
ぱっと見は全員同じ顔だから、三つ子なのかと思ったのだがそうじゃないらしい。魔族って不思議。
「いえ、一番上の姉はパララ様の御付になりまして、二番目の姉は――行方不明なんですよね。あ、でもそんな心配する事じゃないんですよ。放浪癖はありましたし、元気でいるってのは感じるんで。
それもあったんですかね、この子達と一緒に住もうって思ったのは。一人だったから、寂しかったのかもしれません」
一番上がシラで。二番目はレミだったかな? 正直二番目とはあんまり話してないから印象が薄い。
行方不明とは物騒だが、彼女が大丈夫というなら大丈夫なんだろう。
「そっか。まぁ、何はともあれよかったよ」
ほっと一息ついて、ナギさんの淹れてくれたお茶をすする。
本当によかった。
予期せぬ――良い結果だった。
「あ、あの――」
ナギさんが遠慮がちに言った。
「ケンセイさん……でいいんですよね……?」
「え? あ、うん? 何で?」
名前を忘れた? いや、さっきも呼んでたしそれはない。
「魔王様とお呼びした方が――」
「ぶっ!?」
盛大にお茶を吹いた。
「な、ななななんで!?」
「パララ様を倒したから、次の魔王様はケンセイさんだと……」
「い、いや、あれはアミルが勝手にいってるだけで……少なくとも僕は自分が魔王だなんて思ってないよ」
そもそも、あれは僕が倒したわけじゃない。
彼女は――自ら死んだ。僕を使って自殺したんだ。
「ってか――ここお客さんくるわけ?」
ニーヤの言葉にカチンと来たのか、ルエラが立ち上がる。
「あまくみてもらっちゃダメだもん! セーメはウイリアのかくれためーてんなのです!」
「そ、そうなんだ……」
ニーヤを怯ませるとは――この子できるな!
「そうだもん! 今はお客さんいっぱいくるんだよ! みんな「ここのお茶は他とちがう。おいしいし、元気になる」ってだいにんきなんだよ!」
ああ、確かにこのお茶は美味しいな。
前も思ったんだよな、ナギさんの淹れてくれるお茶はおいしい――って……。
「い、今は入ってませんよ! 大丈夫です! 『今は』普通のお茶です!」
僕の考えを見抜いたナギさんが慌てて否定する。
サキュバスの体液には人を魅了する成分が含まれているが、流石にソレを入れていたわけではないらしい。
「最初は――その……ちょっとだけ……隠し味的な……」
って入れてたのか……。隠し味足しちゃってたのか……。
ま、まぁ聞かなかった事にしよう。
「大げさな事は出来ないけど、ここに来て、美味しいお茶を飲んで、少しでも優しい気持ちになってくれればって。私達がケンセイさんからもらった優しさを、皆にわけてあげられたらいいなって思って始めたんです。全部ナギさんのお陰なんですけどね」
「もう、トリナったら」
トリナの言葉に、ナギさんが照れながら優しく小突く。
「だから『セーメ』なのね」
ニーヤが呟く。
「だからって?」
「セーメは古い言葉で『種』って意味があるの。種は分け与えるモノだからね」
「そうなんだ。良い名前だね」
「その種を撒いたのはケンセイさんですよ」
「ったく。女と見れば種を撒きたがるんだからホント節操のない――」
「何か悪意があるぞ! その言い方はおかしい!」
何となくいい話の流れがめちゃくちゃだ! ぶち壊しだ!
でも――悪くない。
こんなやりとりで笑いあえる程、僕達は幸せなんだから。
だが、全てが上手く行くとは限らない。
「でも……もうおみせできなくなっちゃうんだよね……?」
悲しげな様子でルエラが口にした言葉に、笑顔が消えた。
いつだって世界は、思い通りに動いてくれない。




