第二章。常に彼女は心強く。
『ウイリア』
ウイリア城下町とも呼ばれる事から分かるとおり、ウイリア城からなるその町の大きさはワーワルツでも有数の大都市だ。
その他に、ここには大聖堂がある。
人種が違えば、信じる神も違う。
そこから派生する宗教は無数に存在するけれど、この世界で一般的に信仰されている宗教は二つ。
そしてそのうちの一つ『ストラーダ教』の総本山があるのがここウイリアだ。
「おー。懐かしいなー」
街を取り囲むようにそびえ立つ市壁は、何度見てもその迫力に圧倒される。
クレーンも無いこの時代に、よくもあんな高くまで積み上げたものだ。
街の入り口には、前と同じように行列が出来ていた。人の出入りが激しい都会ならではの光景だろう。
「そう言えば……前は踏み絵があったんだっけ」
初めて来た時、僕達は対立宗派の神が彫られた踏み絵を踏まされた。
この世界の宗教に疎く、そもそも無神論者の僕にとってその行為は大したものじゃなかったが、気分は良くなかった。
人を救うはずの宗教に、人の醜い部分を見せられているようで。
「もう今はやっていないみたいですね。皆さん普通に通過していきます」
モミさんの声に前を見ると、確かにそれらしき動きは無い。
流石に馬鹿らしいと気づいたのか。理由は分からないが、悪しき習慣が廃れたのは良い事だと思う。
門の前には門番が二人。通る人間の素性を尋ねたり、荷物を確認したりとせわしなく動いている。
僕達の順番になり、モミさんがヴィクトラードさんの署名が入った書状を見せる。
やはり貴族の肩書きは強い。
中にいるニーヤとペロ様を確認だけして、余計な手続きもなくすんなり通された。
「初めて来た時は何か色々と言われたんだけどなぁ。嫌味も言われたし」
「そんなものですよ。所詮私達は素性のしれない田舎者ですからね」
少し自虐的にモミさんが笑う。
「さて、無神街に行くのなら徒歩の方が楽ですし、先に宿をおさえましょうか」
「そうですね。お任せします」
何も言わずとも、僕が行きたい場所の名前を出してくれたモミさんの気遣いに頬が緩んだ。
無神街。
それはここウイリアの片隅にある一角の名前だ。
朽ち果てた古い建物が立ち並び、今日を生きるにも必死な者達が集まる場所。
神にさえも見捨てられた場所と皮肉をこめて、その名がついたとか。
初めて訪れた時、僕はそこで二人の少女に出会った。
母を亡くし、頼る身内もなく、それでも必死に生きる姉妹に出会った。
彼女達が今どうしてるのか、僕はとても心配だった。
「ここも空いてないみたいですね……」
宿から戻ったモミさんが困った表情を浮かべる。
これで五件目。僕達はいまだに宿を見つけられずにいた。
街の中も、前より人が多いように感じる。
「最悪の場合、宿が取れない可能性もありますね。話を聞く限り他もこんな状況みたいですし……」
「じゃあ――っと。とりあえずアタシ達で行ってみようか? 乗ってるのも飽きちゃったし」
馬車から飛び降り、背伸びをしながらニーヤが言った。
「では、私とペロ様はもう少し探してみますね。噴水前で待ち合わせましょう」
「わかりました。よろしくお願いします」
「さ、ほらさっさと行くわよ」
馬車で退屈していたのか、ニーヤが足早に歩き出す。
苦笑いをするモミさんに別れを告げ、ニーヤの後を追った。
「そう言えば、初めて来た時もニーヤと二人で歩いたよね」
「そうだっけ? 忘れちゃったわ」
素っ気ない返答に、少しだけ悪戯心がわきあがる。
「そっか。僕は覚えてるけどなー。ヌールの声真似が可愛かったのとか――」
「なっ!? わっ、忘れなさいよ!」
肩を叩かれた。
ヌールと言うのは食用の動物で、羊のように『メ~』と鳴く。
それを知らなかった僕に、ニーヤが鳴いて聞かせたのだ。
普段ツンツンしているニーヤが『メ~』となく姿は新鮮で、ちょっと可愛くて、聞こえない振りをして何度も言わせたのを覚えている。
彼女も多分、覚えているんだろう。
奥に進につれ、華かな街の表情が少しずつ変わっていく。
綺麗に舗装されていた地面には穴が空き、汚水が溜まりはじめると共に、漂う悪臭が鼻をつく。
「何度来ても――嫌な場所ね」
無神街の入り口。ニーヤが呟いた。
「ねぇ。もしあの子達が居なかったら、あんたはどうするの?」
「居なかったら――」
どうするんだろう。
「質問を変えるわ。居たとしても、最後に会った時より状況が悪くなっていたら? ひどい生活をしていたとしたら――どうする?」
その質問は、僕が目を逸らしていた現実を突きつけるようだった。
全てが上手くいくだなんて思っていない。
姉妹に出会ったきっかけは、妹が僕の剣を盗もうとしたのがきっかけだった。
スリに身を堕とす程、幼い子供が犯罪に手を染める程。彼女達は必死に生きていた。
それに対して、僕がした事と言えば僅かな食料とお金を渡しただけ。ただの一時しのぎにしか過ぎない。
だから可能性は十分にあった。
いや、彼女達が無事に、元気で暮らしている可能性の方が低い。
でも僕は、その現実に気づかない振りをしていた。
「まぁ。もうしょうがないんだけどね。ほら行こう」
あの時。ニーヤは僕が彼女達を助ける事に反対した。
関わってしまえば、知らなくていい事も知ってしまう。
しなくてもいい後悔をしてしまう。
家畜に名前をつける行為と同じだ。
根拠のない希望は、一瞬で絶望に変わる。
「大丈夫」
彼女はそう言って、僕の手を握った。
「泣いたら慰めてあげるわ。拳でね」
その言葉は、握られた手と同じく力強い。
「お手柔らかにお願いします」
僕は、何度救われただろう。
いつだって、彼女は心強かった。




