第二章。新しい仲間と次の街へ。
地図には不思議な魅力がある。
見知った土地や地名には思い出がよみがえり、見知らぬ土地や地名には探究心がわきあがる。
足跡であり、道しるべであり。
過去と未来。その交わらぬ二つが同居する奇跡の紙だ。
「では、どうやって行きましょうか」
宿の食堂。テーブルの上、僕達は地図を眺めていた。
旅の目的地は、彼女達の故郷テヘペロ村。もちろん、そこに至る道は一つじゃない。
「うーん。折角だからこっちも行って見たいんだよね。帰り道とは違うけどさ」
「そうですね――。でもそこまでいくのなら、領境を越えてこっちまで足を伸ばすのもよろしいと思いますよ」
「でも日にちがねぇ――それだったら――」
と、こんな感じで三十分程悩んでいる。
事の発端は、この宿の主人、トートさんの娘を救出した事と関係する。
ヴィクトラードと言う貴族が、親友だったトートの娘を売った。
手違いと見込み違いが生んだ悲劇だったが、ドラーシュとして売られた少女を僕達は助け出した。
そのお礼として、荷馬車を一台譲ると言われたのだ。
娘はお金で買い戻した事になっており、その代金を丸々僕達が手にしているので、新たにお礼を貰うつもりはなく、宿代と食事だけで済まそうと思っていたが甘かった。
相手からすれば、全財産を投げ打つほど大切な娘の恩人。
いくら僕達が断っても、それでは気がすまないと。
どうしてもと懇願されて、僕達はそれに応じることにした。
そんな感じで、お金と移動手段を手に入れたことによって、行動力と余裕を手に入れた僕達は、再び旅の計画を練り直す事にしたのだ。
このまま真っ直ぐ帰るんじゃ味気ない。
それならこっちはどうだ、あっちはダメだ。
あっちはどうだ、こっちはダメだと、巡る前から堂々巡りだ。
主に、ニーヤとモミさんが。
「お兄ちゃん! これあげる!」
とてとてと駆け寄ってきた幼女が、僕の目の前にくるなりそう言った。
土で汚れた小さな手に握られているのは、色とりどりの小さな花を纏めた花束だ。
「お。綺麗だね。ありがとう」
そういうと、彼女は満足げに微笑む。
一度は奴隷として売られた少女が、そんな事実は無かったかのように、瞳を輝かせて笑う。
その光景を喜ぶ反面、どこか複雑な気持ちだった。
「ケンセイさんは、どこか行きたいところありますか?」
突然話を振られた。
「えっと……」
何処に行きたいかと言われても、僕には何処に何があるかなんて全く分からない。当てはない。
この世界はまだまだ知らないことばかりで、色々と見てみたい気持ちは確かにあるけど、だからといって、率先して動こうとは思わない。
あくまでもこれは彼女達の旅であり、僕は付き添いに過ぎない。
少なくとも、テヘペロ村に帰るまではそうだと思っている。
別の道を行くのは、多分それからでも遅くは無い。
「ウイリアに寄ってみたい――かな」
小さな花束を見ながらそう答えた。
「現地妻を思い出したのね。ホント、口を開けば女の子の事ばっかり」
「何でそうなるんだよ!? 僕に変な特徴をつけるな!」
女の子の話なんて殆どした事はない。
現地妻どころか正妻もいない。彼女すらいない、いたこともない。
「嘘だめ」
突然、ペロ様が口を開いた。
僕をじっと見つめるその表情から真意は読み取れないが、どこか責めるような瞳で、
「妻――いる」
そう言った。
――心を読まれた!?
「あ、いや。あれはあっちが勝手に言っていることだし……。そもそも本気にしてないって言うか……」
その純粋さゆえ、時にペロ様は冗談を真に受けてしまう。
なんせキスで子供が生まれると信じていたくらいだ。いくら見た目が幼女だとしても、僕と同じ十八歳としては世間知らずすぎるだろう。
「いや、まぁとりあえず! ちょっと気になるなぁとは思っていたんだよね」
女の子の話はしてないが、思い出した。
町の雑踏に紛れ、花を売っていた幼い姉妹の事を。
「ウイリアねぇ――まぁ二日もあればつくと思うけど……」
「帰り道ですからね、問題はないと思いますよ」
「問題はないんだけどね……」
ニーヤは不満気だ。
「あ、いや。僕は別にいつでも良いんだ。帰りに少し寄れたら嬉しいなって。だからあんまり気にしないで」
あくまでもついでだ。寄れるなら寄って行きたいだけで、もし別のルートを進むならそれでもいい。
あくまで僕は同伴者なのだ。
「ではウイリアでよろしいんじゃありませんか? 元々帰るつもりだったんですから、馬車を手に入れて遠回りするのは本末転倒な気もしますし。どうでしょうか?」
「まぁ……それでいいならいいわ」
しぶしぶニーヤも了承する。
こうして、次の目的地は決まった。
「お……おぅ……」
宿を出た僕達を待っていたのは、引き締まった真っ白な身体に、赤茶色の長いたてがみを髪の毛のように垂らしたイケメンの馬だった。
まるでもこもこのブーツを履いているにも見える足毛もお洒落だ。
お洒落のイケメンだ。
「どうだね。気に入ってくれたね?」
ヴィクトラードさんが誇らしげに言う。
馬も凄いが、それだけじゃない。荷馬車だと思っていたが、それは幌馬車で、まさに貴族が乗るのに相応しい装飾がなされた立派なモノだった。
立派過ぎて――僕達は引いた。
「き、気に入るわけないでしょ! 馬はともかくとして、こんな恥ずかしい馬車に乗ってなんていられないわ。さっさと取り替えてもらえる?」
「何……だと……? こ、ここを良く見てくれ! シキラバの上質な部分だけを使った御者台だ! 長時間乗っても疲れる事はない! それにこの幌だって、タップリと油を染み込ませた革を使っている。例え大雨に打たれようとも――」
「無理。恥ずかしい」
必死に馬車の素晴らしさを力説するヴィクトラードさんを、ニーヤが一蹴した。
彼女に心を折れない相手はいない。
馬車が交換されるのに、大して時間はかからなかった。
馬車が質素な物に交換されたが、イケメンの馬はそのままだった。
逆に後ろが質素な分、馬のイケメンさが一層際立っている。
ちょっと嫉妬した。
馬に嫉妬とか、馬鹿じゃないかと思うけれど。馬だけに。
ともかく、これから一緒に旅を続ける仲間が増えた。その事実は僕のテンションを上げる。
「この馬、名前なんていうんですか?」
「名前? いや、名前はないが」
ヴィクトラードさんが不思議な顔で言った。
「じゃあさ、名前考えようよ。かっこいいやつがいいな。男らしくて、強そうなやつ!」
トウカイテイオーとか! ホワイトフォンテンとか! 白王とか!
そんな僕をよそに、彼女達の反応は薄かった。
まるで温度差が違った。
「名前をつけるのは……その……」
モミさんが少し困惑した様子で言葉を濁す。それにニーヤが続く。
「馬に名前をつけるのは止めたほうがいい」
真面目な顔で、諭すように。
「名前をつけたら情が沸く。犬や猫はともかく、家畜に名前をつけたりしないわ」
「そう……かな? でもさ、名前がなきゃ可哀想じゃないか?」
「可哀想――ね。もし馬が途中で怪我をしたら、アンタは自分が名づけた馬の首を落とせる?」
ニーヤの言葉は、とても薄情で意地悪に聞こえるけどそうじゃない。
割り切らないと、この世界で生きていくには辛すぎるんだ。
彼女達が普通で、当たり前。
「そっか。そうだよね。ごめん、変な事言った」
「そもそも、男らしい名前っておかしいけどね。牝馬だし」
牝だった。
そういわれると、今度は貴婦人の様に見えてくるから不思議だ。
「牡馬の方がいいかとも思ったんだが、生憎いい馬がいなかったんでな」
ヴィクトラードさんはそう言うと、小声で僕に耳打ちする。
――山羊や羊と違って、馬は危ないからな。ムラムラしても我慢するんだぞ。
「そんな事しませんよ! 何を言ってるんですか!」
まんまエロ親父じゃねーか! 貴族の仮面外しすぎだろ。
……山羊や羊ならいいのか。
こうして、僕達は町を後にした。
次の目的地はウイリア。
新しく出来た仲間のお陰で、道中は楽になるだろう。
名前をつけるなと言われていたけれど、僕は勝手に、こっそりつけていた。
愛と美を司る、ミロのヴィーナスのモチーフになったと言われる女神アフロディテ。
美神と称された神の名を借りた。美しい彼女にぴったりだと思う。
――これからよろしく、ディーナス。
心の中で彼女に言った。
僕のネーミングセンスがイマイチだなんて、自分では気づいていなかった。




